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 ことし1月に文化庁長官に就任した河合隼雄氏は、京大卒業後、高校の教壇に立つものの教育問題を契機に心理学を志し、京大大学院、ユング研究所、京大教授、国際日本文化研究センター所長を歴任した異色の経歴を持つ。心をキーワードに独特の視点で文化や家族、教育問題などをわかりやすくひもとく河合氏の著作にファンも多い。
 サンフロント2懇話会特集「風は東から」では、先月8日に開かれたサンフロント2懇話会全体会での河合氏の講演を紹介し、グローバリゼーションの進展により明らかになる日本の文化の特徴と、我が国が抱える家族の問題、そしてモノの豊かな時代にこそ必要な心の工夫について考える。

サンフロント21懇話会第8回全体会
記念講演「グローバリゼーションと日本の文化」
文化庁長官 河合隼雄氏

風は東から
 
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モノあふれ薄れる家族の絆 心を工夫し、真の豊かさを
河合 隼雄 氏
河合 隼雄 氏
 昭和3年、兵庫県生まれ。京都大学卒業後、スイスのユング研究所に留学し、日本人初のユング派精神分析家の資格を取得。ユング派にとどまらず、日本の臨床心理学及び心理療法に画期的な新展望を開いた。著書に「中空構造日本の深層」他多数。


グローバリゼーションが明らかにする世界の多様性。
原理が異なる欧米文化と日本文化
 グローバリゼーションという言葉をよく耳にする。その勢い、力は皆さんも感じていることでしょう。ITの進化によって日本にいながらロンドンで、ニューヨークで何が起こっているかが瞬時にして分かるようになった。
 もともとグローバリゼーションとは世界が一様になってしまうという意味はなく、世界中のコミュニケーションが非常に早くなるという意味だ。グローバリゼーションが進むと最も影響を受けるのが経済で、株価などを見ても分かるようにどうしても世界経済が一体化してくる。アメリカの勢力がどんどん強くなって、経済交渉で圧力をかけてくる。
 しかし、そのように地球が一体化して面白いはずがなく、良いはずもない。元来、文化とは非常に多様なもの。多様な国があって多様な生き方があるから面白い。一方で、グローバリゼーションの発展は日本と外国との考え方の違いも明らかにしている。
 以前スイスに住んでいた頃、息子が通っていた幼稚園に一人の背の高い子どもがいた。聞けば、本当は小学校一年生なのだという。勉強ができないから幼稚園をやり直しているそうだ。私が驚いていると先生はこう言った。「日本では勉強ができなくても落第させないんですか。そんな不親切な教育をするんですか」。
 ここで「不親切」という言葉が出てきたので私はさらに驚いた。年齢的には一年生だが、勉強ができないから幼稚園をやり直させてあげよう、これがスイス流の親切。日本はどうだろう。何もできないけれど、入学して一年経ったら二年生にしてあげよう、それが親切というものだ。
 「公平に」、この考え方も欧米と日本では全く違う。まだ日本の商社が海外に支店を出すのが珍しかった頃の話だ。ある日本のビジネスマンが現地の女性を三人採用した。一年経ったので三人を同じように昇給させた。するとその中の一人が「三人の中で私が一番よく働いている。なのに、なぜ全員同じように給料を上げるのか」と抗議した。彼は困って、一年経ったから公平に昇給させたんだと言うと、彼女はかんかんに怒って「能力によって給料に差をつけるのが公平というものだ。あなたのやっていることは不公平だ」。このような場合、日本人は「公平」という。欧米とは全く正反対の考え方といえる。
 この違いはどこから来るのか。私は、これらは考え方の「原理」が違うからだと考えている。欧米は斬る力、区別する力が強い「父性の原理」、勉強ができるか、できないかで区別する。できる子は一年生から三年生に進級させましょう。でも、できない子は幼稚園に戻しましょうと考える。一方、日本は包み込む力が強い「母性の原理」。一度一年生にしたら勉強ができなくても二年生にしてあげようという考え方だ。


心のアンバランスに起因する現代社会の問題。
表面的な欧米化から日本文化をかした個人主義に


会場の様子・演壇
 
 斬る力、区別する力、すなわち欧米の「父性原理」から科学が生まれた。つまり、ものの形や色などを区別し、その差を考えるところから自然科学が発生し、それを組み合わせて技術が生まれた。近代ヨーロッパを発祥とする自然科学と技術がアメリカに渡り、その強さが今世界を席巻している。科学技術のおかげで日本はどんどん豊かで便利になった。しかし、それに心が追いついていっていない。そのアンバランスが児童虐待などの社会問題を引き起こしている。
 では日本人の心がだめなのか、というと決してそうではない。むしろ日本人は素晴らしい文化を持っている。欧米の絶対確実な、しかしいつでもだれにでもできるものではなく、豊富な経験や伝統に裏打ちされた、細かな感性と気配りの妙なる技。日本人はそういった感覚をまだまだ相当持っていて、日本の伝統の中にはそういうものがたくさん残っている。それはまた人と人との関係でもそうで、いちいち細かく言わなくても、「おい、頼むぞ」と言っただけで分かる。
 しかしこれは世界では通用しない。ここが日本人は分からないと言われるゆえんだろう。グローバリゼーションの中では日本文化というものをしっかり持ち、また説明できなくてはならない。そして、自分の意見を持たなければならない。これは日本人にとっては難しいことだ。
 よく個性を尊重すると言う。しかし、日本では個性と身勝手の境界線があいまいだ。アメリカやヨーロッパなど個人主義が出てきた国の背景にはキリスト教があった。聖書に悪いと書いてあることは悪い、これがはっきりしている。例えば、嘘をつかないというのも、神様が「汝(なんじ)うそをつくなかれ」と言っているからだ。
 欧米人と付き合う中で常に感じるのは、彼らが非常に厳しい倫理観を持っているということだ。簡単な言い方をすると、個人主義だけれど利己主義にはならない。ここを日本人は見落としている。神様がしてはいけないと言っていることはしないが、好きなことはしよう、というのと、何もなしに勝手にやろうというのは違う。
 明治以降、西洋文明に追いつけ追い越せでがんばってきた過程で科学技術を取り込み、生活様式も変えた。しかし欧米化の背後にあるものまで考えずに表面だけ取り入れてきた結果、今、日本人はいろんな失敗をしているのではないか。やりたい事をやると言う時に、倫理のよりどころがない日本人の場合、極端ないい方をすれば殺人にまで発展しかねない。このところを日本人はよく考える必要がある。日本で本当に個人主義を伸ばそうと思うのなら、何を背景に伸ばしていくのか、日本人全体で考えなければならない大きな問題だ。


会場の様子・客席
 
モノに埋もれる日本の親子。
必要なのは心を磨き、工夫するコミュニケーション
 日本人は今まで家名というものを大事にしていた。しかし、戦後マッカーサーが来日し、日本の憲法が変えられて、家名より個人を大事にしようということになった。ある意味これは良いことだったが、一方で「家族のあり方」が変化してしまった。私はこれが日本の一番大きな問題ではないかと思っている。しかも日本の家族を圧迫しているのはモノだ。モノがありすぎると父親、母親の価値が分からなくなる。
 モノが豊かになった分、それにつり合うだけ心も豊かにしなければならない。例えば、私の家ではデコレーションケーキを子どもの誕生日以外食べないと決めてある。それだけでものすごく盛りあがる。しかし、そうするためにはいくら買う機会があっても普段は絶対に買わない。時にはお客さんが持って来ることもある。その時は両親が責任をもって全部食べる。幸福に生きるためにはそんな努力が必要だ。
 子どもに本を買う時も心を働かせる。値段をいくらまでと決めておく。ところが子どもの欲しい本がそれ以上だった場合はどうするか、親としては難しい。そこで足りない分をどうするか一緒に考える。小遣いから出せと言うのもいいだろう。心が揺れ動き、悩んだ揚げ句とうとう手に入れた本というのは子どもの方も一生忘れないし、大切に読む。そうすることで親子関係ができ、お父さんはすごいなぁ、という気持ちが芽生えてくる。
 だが今は豊かな分だけ心を使わず、金で解決しようとしている。子どもが何か言ってくると、うるさいから買ってやろうか…となってしまう。すると子どもは親が本当に自分のことを好きで買ってくれたかどうかが分からない。だからますます高いものをねだるようになってくる。お金を使わなくてもうれしいこと、楽しいことはたくさんある。しかし、それには心を使う工夫が必要だ。
 例えば五月の節句。柏もち一つでも工夫次第で心が踊るようになる。
 うちでは子どもたちに、せめて柏の葉を取りに山に行こうと誘う。そして、わざと弁当を忘れてくる。仕方がないなぁと言いながら腹を減らして帰ってきた後に食べる柏もちのうまいこと。単に腹が減っていただけなのだが、それを演出する親父の工夫が必要だ。
 そういった工夫をみんなが少しずつ考えていくと、モノに匹敵して心も豊かになり生活が楽しくなる。また、人間関係もできてくる。そうやって我々の持っている豊かな文化を守っていかなければならない。
 それは自然科学や科学技術、ITを否定するというのではなく、どんどん取り入れながら、それにふさわしい豊かな心を磨く努力をする。そうすることで、我々が持ち続けてきた日本文化の素晴らしい面がまだまだ生きていくように思う。


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