サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2026.07.24 静岡新聞掲載」

県東部・伊豆地域には、富士山、海、山、温泉、食、歴史文化など多彩な地域資源がある。これらを次世代につなぎながら観光地としての魅力を高めるには、環境への配慮と地域経済への循環の両立が欠かせない。7月の「風は東から」は、宿泊と移動の取り組みを事例に、持続可能な観光地づくりの可能性を探る。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ4

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地域資源を未来へ 観光と環境の両立図る
■環境配慮を滞在価値に

西伊豆の海や山を望む絶景地に、電気と水を自給する宿泊施設がある。宿泊や地方創生を手がける東京のベンチャー企業「ARTH(アース)」が運営する「WEAZER(ウェザー)西伊豆」(沼津市戸田)だ。既存の電気・水道インフラに依存しないオフグリッド型の宿泊施設として、国内外から注目を集めている。太陽光発電と蓄電池、雨水の濾過・滅菌、排水処理などを組み合わせ、環境負荷を抑えながら快適に滞在できる仕組みを備える。
同施設は、西伊豆の海や山、集落の風景を生かした一棟貸しの宿泊施設として、環境配慮を「我慢」や「制約」ではなく、宿泊体験そのものの価値に変えている。ARTHは、西伊豆で古民家を再生した宿泊施設「LOQUAT(ロクワット)西伊豆」(伊豆市土肥)も展開しており、空き家や遊休資産を、滞在を通じて土地の魅力を伝える場へと変えている。
同社の高野由之社長は、西伊豆の魅力を「観光地化されすぎていないところ」という。「アクセスなどの不便さはあるが、逆に街並みの素朴さや自然の美しさがありのまま残っている」と語る。
WEAZER西伊豆の発想の根底にあるのは、旅行者としての高野社長自身の想いだ。快適だが同じようなデザイン、似たような体験の宿泊施設ではなく、そこにしかない自然や建築、食に触れる旅を求めてきた。「インフラが整った場所にホテルをつくるより、インフラはないけれど、ありのままの自然と自分が向き合える場所で時間を過ごしたい」。
オフグリッドの仕組みは、環境負荷の軽減だけでなく、防災や地域のレジリエンス向上という面でも可能性を持つ。高野社長は「災害が起きて停電や断水が起きる時でも自立できる。避難的な機能も兼ね備えられる」という。
しかし、出発点は防災や二酸化炭素(CO2)削減そのものではなく、自然の絶景の中で過ごすという純粋な体験価値だ。「インフラがなくて他社が進出できないような場所にも、そこを壊すことなく、過ごせる場所を提供できる」。
自然や地域の歴史を尊重し、自分が大切にしているものを仕事の中でも大切にしたい。その思いがWEAZER西伊豆の仕組みに結びついている。同社が持つ事業的価値や技術的価値には、日本のみならず世界中から引き合いが来ているという。

■ARTH 高野由之社長


■伊豆の自然に包まれて非日常を満喫できる「WEAZER西伊豆」。
2名1室15万円?と決して安価ではないが、環境負荷を抑えながら快適に滞在する新しい宿泊体験を提案している


■周遊を支える移動の力

県東部は、新幹線駅を起点に、富士山周辺へ向かう観光の玄関口でもある。車利用が中心となる一方、インバウンドや運転しない旅行者にとって、公共交通や二次交通の役割は大きい。
富士急シティバスの井原一泰社長は、三島駅を中心にインバウンドを含めた観光ルートができていると話す。「西から新幹線で来て三島で降り、富士五湖方面へ向かう。逆に、東京から富士五湖へ来て、バスで三島を経由して西へ向かう人もいる。御殿場、箱根から富士五湖、富士五湖から御殿場へ来て箱根など、御殿場のアウトレットも含め、多くのルートができている」と説明する。一方で、三島駅に降り立った観光客を、そのまま富士五湖方面へ送るだけでなく、「三嶋大社や柿田川、三島スカイウォークなど県東部の観光資源へどう回遊させるかが課題」という。
環境面では、富士急グループ全体でEV車両の導入を進めている。富士急シティバスは、4年前から毎年1台ずつEVバスを導入し、現在は4台を運用している。燃料価格の高騰や供給不安も、EV化を進める理由の一つだ。電動化は環境対策であると同時に、事業継続や防災の観点からも意味を持つ。
環境対策はEV化だけではない。観光客がマイカーではなくバスを利用すること自体が、交通量やCO2排出の削減につながる。しかし、バスを選んでもらうには利便性が欠かせない。同社は、バスの現在地や遅延情報を確認できる「バスロケーションシステム」を導入し、利用者の不安を減らすDXにも取り組んでいる。
また、路線バス、貸切バス、高速バスを運営しており、観光客を広域から運ぶ高速バスや貸切バスと、地域内の移動を担う路線バスを組み合わせることで、観光交通と生活交通の両立を図っている。
井原社長が参考例として挙げるのが、河口湖周辺の周遊バスだ。河口湖駅を起点に、忍野八海や本栖湖方面へ向かう複数の周遊ルートがあり、観光客の移動を支えている。井原社長は、かつて外国人観光客が少なかった頃の富士五湖地域を振り返り、「昔は路線バスに誰も乗っていなかった。それがインバウンドが増えて本数も増えていくと、地元の人も使いやすいから乗るようになる。そういう好循環を生む」と語る。

■富士急シティバス 井原一泰社長


■環境負荷の軽減に加え、事業継続や防災の面でも期待される富士急シティバスのEVバス


■地域資源を経済循環へ

静岡経済研究所の阪口瀬理奈特任研究員(懇話会TESS研究員)は「環境に優しい取り組みだから少し我慢しなければならない、という時代から変わってきている。快適で、エコにもつながって、誰かに共有したくなるような体験を、ARTHは生み出しているのではないか」と語る。
さらに、県内の参考事例として、静岡市の南アルプス地域にある井川蒸溜所の取り組みを挙げる。静岡駅から車で片道4時間ほどかかる場所にあるが、ウイスキー蒸溜所を訪ねるバスツアーは人気で、発売後すぐに売り切れるという。
南アルプスの水をペットボトルに詰めても、500ミリリットル150円。その価値を上げるには、おのずとウイスキーや香水のような形になる。つまり、「ウイスキーを作ることが目的というより、南アルプスという土地を守るために、自然資本を最大限生かす商材としてウイスキーがある」と阪口氏。「自然資本を守るために、そこから価値の高い商品や体験を生み出している」。観光客はウイスキーだけでなく、その背景にあるストーリーを知り、現地へ足を運びたくなるのだ。
こうした考え方は、東部・伊豆地域にも応用できる。クラフトウイスキー、クラフトビール、ジン、わさび、温泉、ジオパーク、歴史文化など、地域資源は多い。それらを単なる商品として売るのではなく、土地の物語と結びつけることが、結果的に持続可能な観光につながる。
環境配慮は、単にCO2を減らすことだけを意味しない。宿泊では、自然や地域資源を損なわずに滞在価値へ変えること。移動では、公共交通を生かして周遊を広げ、観光客の利便性と住民の足を両立させること。そして地域全体では、土地に根差した食や暮らし、歴史文化を物語として編集し、観光消費を地域経済へ循環させることでもある。
ARTHの取り組みは、環境技術を宿泊体験の価値に変える可能性を示している。富士急シティバスは、移動のあり方が観光地の持続性を支えることを教えてくれた。阪口氏が指摘するように、豊富な地域資源をどう結び、どう伝えるかが、これからの東部・伊豆地域の観光地づくりの鍵となる。
高野社長は、観光業の役割についてこう語る。「観光業が社会課題を解決する一番のメリットは、楽しいとか美しいとか美味しいとか、そういう人間が根源的に求めるものを入り口にして、その社会課題解決を体験してもらったり、知ってもらったりできることだ。
CO2を減らす取り組みに寄付はしなくても、最高に美しい海と小鳥の声を聞きながらCO2ゼロの滞在にはお金を払っていただける。観光業は、こうした社会課題を伝えたり、理解してもらったりする入り口として一番いいと思っている」。

■静岡経済研究所 阪口瀬理奈特任研究員(懇話会TESS研究員)


■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

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