サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
トップ 最新情報 政策提言 活動内容 サンフロント21懇話会とは 飛躍 風は東から

 県立静岡がんセンターが開院年を迎えた。静岡県が進めるファルマバレー構想の拠点施設として、国内トップレベルのがん治療を行うのはもちろん、4月に開設されたPVC(ファルマバレーセンター)とともに構想をリードしている。
 「風は東から」10月では、開院1年を経過し、実績を積み重ねるがんセンターの状況や、構想における役割をとらえ直すとともに、構想の二本の柱である健康医療産業の集積と、ウエルネス産業の振興を図る上での具体的な方法について、静岡がんセンターの山口建総長にうかがった。
風は東から
[ファルマバレー構想特集]
シリーズ7
バックナンバー


対話が生み出す21世紀の地域づくり 産業クラスター育成が活性化のカギ
土居弘幸 静岡県理事
山口 建 
静岡県理事兼県立静岡がんセンター総長
静岡がんセンターの取り組みとファルマバレー構想への貢献
 ― まずは、昨年9月の開院から1年が経過した静岡がんセンターの現状についてお話をうかがいます。
 山口 この1年で、静岡がんセンターでは9200余人の患者さんの診療を行いました。このうち、がんと診断された患者さんについては治療を実施し、少なくとも1000人の命をお救いできたと考えています。プロ意識の高い数百名のスタッフとともに、最新の医療機器やその患者さんにとって最善の医療を実施するための新たな部門を駆使しながら診療を進めているところです。

 ― 静岡がんセンターは「患者とその家族の視点に立った医療」を掲げていますが、1年を経過して医師や看護師の意識の変化は見られますか。
 山口 より患者さんの側に立った医療を目的に新たに導入した多職種チーム医療(※1)や、ときに看護師が医師の上に立って患者さんのケアにあたる業務の切り分けと責任の分担も定着しています。その結果、看護師はさらにレベルアップし、一方、医師の方も診療に集中できるなど、確実に変化しています。
 静岡がんセンターは、患者さんや家族を徹底支援することを目標としています。患者さんや家族と、医療従事者との間の”心通う対話“を進めるために設置したよろず相談、患者図書館、そして、苦情やご意見をうけたまわる患者代弁者制度やご意見箱も、よろず相談の年間件数7223件、苦情・ご意見の年間777件を見れば、期待を大きく上回る成果を上げていると言えるのではないでしょうか。

 ― よろず相談への相談件数からも静岡がんセンターが県民や県内の医療機関から高い支持を集めていることがわかります。同時に、東部で進められているファルマバレー構想への参加も期待されていますね。
 山口 構想実現に向けてのけん引車的役割というのは静岡がんセンターの重要な使命と認識しています。昨年4月からは、最新の医療の現状を地域の医療・健康産業に携わる方々や行政関係者に知っていただくための交流会を開催しています。参加者から医療の現状が理解でき、どの分野に参入すればよいかの良いヒントを得たなどの感想をいただいています。
 同時に、がんセンターに勤務する数百名の医療スペシャリストがファルマバレー構想参加者の相談に乗れるようなシステムの構築を進めています。病院で、”心通う対話“がキーワードであったように、21世紀の新しい産業興しには、”対話に基づくブレインストーミング“が重要だと認識しています。


医療・健康産業クラスターの構築
 ― ファルマバレー構想には二つの大きな柱、医療健康産業の集積と、ウエルネス産業の振興という大目標があります。特に一つ目の柱での静岡がんセンターの役割は重要と思いますが、いかがですか。
 山口 確かに、先端的な研究開発や医療の質の向上といった部分に関してはがんセンターがけん引役を担うと思います。しかし、近い将来、期待通りの成果が上がるにつれて、構想全体から見たがんセンターの存在意義はより小さなものになっていくでしょうし、それが理想的な形です。それほどファルマバレー構想というのは大きな構想なのです。今後はまず、医療・健康産業の分野でこの地にものづくりの産業クラスターを形成することが重要です。

 ― 産業クラスターとは、特定の産業分野について資材供給・生産・流通・販売などの関連企業や、金融・教育・研究などの支援機関が地理的に集中し、それらが競合しながら有機的に結びついている状態のことですね。情報産業におけるシリコン・バレーなどが代表的な例ですが、総長のお考えになる医療・健康産業クラスターとはどのようなものですか。
 山口 今までに、関係者の間で議論されてきた内容をまとめると、期待されるクラスターの本体は、1.本社機能を他県に持つ企業や地元企業、ベンチャー企業などの研究所や工場、2.国立遺伝学研究所・がんセンター研究所・工業技術センターなどの研究機関、3.県立大学・東海大学・日本大学・沼津高専などの研究に携わっている教育機関、4.がんセンター病院などの医療機関、5.資金を提供する金融機関、6.作られたものを国内、国外に販売する販売機関―などです。これらをこの地域に集積していくことが目標です。その結果、世界中から情報が集まり、ものづくりにおいても生産性、開発力が向上し、付加価値の創造につながります。この構図は、健康に関わる農産物や海産物にも当てはまります。

 ― 環境にも大きな負荷がかからない医療・健康関連産業は、東部地域にふさわしいプロジェクトですね。この地域のポテンシャルはどのようなものでしょう。
 山口 きれいな水、温暖な気候、交通インフラについては申し分ない土地柄ですし、人材についても県内あるいは首都圏からの供給が見込まれます。しかし、基盤技術については、全国、世界から見て見るべきものがありません。そこで、それを補うために住民や患者さんのニーズをしっかりと把握し、その情報を地域の企業、研究機関に伝えることでそれらが持っているシーズを掘り起こし、適正なマッチングを実現させることを目指しています。

 ― その実現に重要な役割を果たすのが支援機関や支援制度ですね。
 山口 そのためにはファルマバレーセンター(※2)を中心に置いた強力な情報ネットワークが必要不可欠で、現在、その構築に取りかかっているところです。また、県や市町村が中心になって実施する様々な企業優遇措置、規制緩和もこれからの重要な課題です。

 ― クラスター形成の過程では優秀な人材がこの地に集まって来ると考えられます。そうした人たちをこの地域に定住させるための良質な住宅、ショッピングセンター、文化施設、子育て・教育環境、癒しの環境といったニーズが今後この地域で大いに高まっていきますね。
 山口 医療・健康産業は現時点で60兆円の事業規模を持つ、疑いなく”超“右肩上がりの産業です。高齢化社会が本格化するにつれてその規模はさらに大きく膨らんでいくでしょう。静岡県としては、医療関連産業クラスターを形成することでそれらの大きな部分を積極的に取り込みたいと考えています。医師という立場からは、最新の医療・健康増進の技術が速やかに導入されるという点で、地域の住民が大きな恩恵を受けられると考えています。

 ― 構想を推進するために、地域がなすべきことは何だとお考えですか。
 山口 ファルマバレー構想は、公共事業的プロジェクトとは異なり、21世紀型の知財優先型プロジェクト(※3)です。構想を推進する東部28市町村からはすでにリサーチパークなどの土地利用を念頭に置いた案が出されていますが、その前にクラスター形成についての積極的な提案が必要だと考えます。その第一歩として商工会議所などと協力し、自らの市町村にどのようなシーズが存在しているかを知ることが重要です。中には富士市のように以前から医療技術関連の活性化を目指している自治体もあり、頼もしい限りです。企業進出に関する優遇措置も緊急に検討していただきたい。一番必要なことは”地域が自ら考え、様々な提案をしていく“ことです。


ウエルネス産業の振興
 ― 次に、第二の柱、健康・癒し産業のクラスターとはどのようなものでしょうか。
 山口 これは伊豆全域あるいは御殿場、富士宮周辺を中心に、観光産業活性化を目指した計画です。とはいえ、この課題については専門家ではありませんので、あくまで一市民として申しあげたい。
 まず、年あまり暮らしてみて感じるのは、県東部は日本の他の地域にはない、多彩で素晴らしい観光資源を有しているということです。富士山、そして温泉。さらに、海、山、川、朝日、夕陽、文学と歴史といった要素が近接して存在しています。ここ数年、観光客の減少を心配する向きもありますが、この圧倒的な観光資源、そして首都圏に近いという利点にまずは自信を持つことが大切です。その上で、これからは一地域としての主張、すなわち点としての魅力のみならず、伊豆全域を面としてとらえ、その魅力を語ることが必要なのではないでしょうか。

 ― しかし、「点から面の観光」ということは今までも幾度となく言われてきています。2000年の「伊豆新世紀創造祭」でも「伊豆はひとつ」をスローガンに地域の魅力を掘り起こし、ネットワーク化する試みがなされましたが、必ずしも十分な成果に結びついていないのが現状です。
 山口 ご指摘のとおり、伊豆を面として捉えるためには、単なるキャッチフレーズだけではなく、「伊豆はひとつ」を内外にメッセージするための共通した理念が必要です。そこで、これは一つのアイデアですが、例えば温泉資源にフォーカスを当て、伊豆全域をいくつかのエリアから構成される面としてとらえ、それぞれの地域に”かかりつけ湯“という癒し重視の湯治場を置くというプランを考えてみました。社会には健康人、半健康人、半病人、病人の4種の人々が暮らしています。このうち、不健康な生活を送っている半健康人、症状はあるが病気とは言えない半病人には、癒しの環境で養生することが有効だと考えます。病院にかからなくても治ってしまうことも多い。このような人々に、「癒し」と「おもてなし」を提供するのが”かかりつけ湯“です。当然、健康人も対象になります。
 癒しを求める人々に対し、伊豆全域の”かかりつけ湯“というイメージを強調する。その上で、変化に富む観光資源を際だたせながら個々のエリアが持つ魅力を高め、交通インフラも含めた観光クラスターのネットワークを構築するといったイメージです。

 ― 伊豆の最大の魅力ともいえる温泉を手がかりに地域全体を「ウエルネス」という新たな価値観をベースにした質の高いおもてなしで統一し、そこに地域ごとの魅力を加えていく。まさに伊豆ブランドの再構築ですね。
 山口 ”かかりつけ湯“に限らず、全く別のイメージでもかまわない。大事なことは、伊豆の総合力を武器に、ブランド力を高めることだと思います。
 具体的には、プロジェクトを固めていく過程で、何よりも地域の人々がしっかり主張し、提供できる資源を明確にし、他の地域との連携を強く意識することが大切です。それを踏まえて、戦略をきちんと立て、実行するリーダーシップが求められます。例えば、今月初めのJR新幹線品川駅の開業は、東京の南西部の住民の、伊豆へのアクセス時間を30分近く短縮させるものでした。しかし、これにあわせて伊豆地域をアピールしようとする動きを東京で耳にする機会はほとんどなかったように思います。

 ― 観光地にとって交通網の整備はある意味、死活問題。今回の場合、外因による好機を生かしきれていない現状が浮き彫りになってしまいました。
 山口 数年後に控えた伊豆縦貫道の部分開通、静岡空港、第二東名の整備など、今後、伊豆へのアクセスは大きく変化すると思います。この変化に備え、伊豆全域という広い視野で今から徹底的に議論し、必要な準備を進めるべきです。従来通り市町村が個別に検討していては、せっかくの好機を逸することになりかねません。縦貫道は伊豆に大きな魅力を付加させる可能性も高いが、下手をすれば今以上に素通り客が増えるという結果を生むかもしれません。
 数年後には、がんセンターの活動もさらに活発化します。センターで治療を受けた多くの患者さんやその家族が伊豆の魅力に触れ、癒されるようになることを期待しています。



※1 「多職種チーム医療」
一人の患者に対して、医師・看護師・薬剤師・臨床心理療法士・栄養士などで構成される医療チーム。
※2 「ファルマバレーセンター」
ファルマバレー構想の支援機関としてことし四月に設置された。構想を支える人材育成、ネットワークづくりをはじめ、この秋始動する治験ネットワークの中核を担う。
※3 「知財優先型プロジェクト」
大学、企業などが持つ知的財産を戦略的に管理・活用することで、世界的な競争力ある技術開発を推進し、産業・経済の発展を促進することを目的としたプロジェクトのこと。
土居弘幸 静岡県理事
県立静岡がんセンター

■企画・制作/静岡新聞社営業局

▲ページトップ
入会案内お問い合わせ事務局案内リンク Copyright(c) SUNFRONT21.ALL RIGHTS RESERVED.