サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 健康医療産業の育成を大きな目標に掲げるファルマバレー構想。そのカギを握るのが県東部地域における産業クラスターの形成だ。近年、欧米では、国の競争力の源泉として「産業クラスター」効果が認識されていて、技術革新を生み出す産業集積こそが、地域、国の競争力優位を生み出すとされている。わが国でも平成13年から経済産業省を中心に、世界に通用する新事業の育成を目的とした「産業クラスター計画」が進んでいる。
 「風は東から11月」では、県東部活性化の切り札として期待される健康医療分野の産業クラスター形成にスポットを当て、クラスター型の商品開発にいち早く取り組んでいる事例を紹介しながら、その可能性を探る。
風は東から
[ファルマバレー構想特集]
シリーズ8
バックナンバー


イノベーション育む産業クラスター 地域力高め、世界レベルのものづくりへ
「ファルマバレー宣言」
私たちは、患者・家族の視点に立ち、叡智を育み、結集し、共に病と闘い、支えあい
健康社会の実現に貢献することを宣言します。

インフルエンザ診断薬で国内シエア約5割。分析技術を核に試薬市場を開拓
「インフルエンザ診断薬」クラスター
「インフルエンザ診断薬」クラスター

 沼津市に本社を置く(株)ビーエルは環境、医療の分野でさまざまな分析法を考え、その試薬を開発する。社長の野中浦雄氏の専門は薬の分析化学。大手製薬メーカーの商品開発部を経て、ビーエルを設立した。地元の製紙会社、プラスチック加工会社などと提携しながら、画期的な製品を次々と生みだしている。
 冬になると猛威をふるうインフルエンザの簡易測定キットがその代表例だ。ビーエルが企画・開発し、製造は野中社長のもう一つの会社である(株)タウンズが手掛ける。基礎研究はつながりのある大学や企業の研究機関に委託し、販売は微生物研究で世界的に有名なベクトン・ディッキンソン社と提携する。
 インフルエンザ簡易測定キットはいくつものパーツで構成される。特殊な試験紙、それを入れるプラスチックの型、試薬を入れるボトル、患者からサンプルを取る綿棒といったように素材、材質など多岐にわたる。紙は県内の製紙会社の中から、満足のいく技術を持った会社に巡り会った。プラスチックメーカ―も県内、綿棒やアルミ包装、包装機械、容器、ほとんどすべてが県内産。当然、外箱も県内。それぞれのパーツは最終的にタウンズに集まり、組立・製造を経て出荷される。
 「1から10まで全部やるというのではなく、できない部分はできる企業に依頼する。最もコアの部分さえ押さえていれば、あとはできるだけ身軽なほうがいい」と野中社長はクラスター型開発のメリットを指摘する。積極的に外部に委託することで、研究開発に経営資源を集中。その結果、短期間で優れた商品開発が可能になったという。


交流から生まれた救急マスク。医療現場のニーズを産学官連携で商品化
「救急マスク」開発クラスター
「救急マスク」開発クラスター

 一方、クラスター化を目的とした交流会から誕生した商品がある。「富士山麓医療関連機器製造業者等交流会」から派生した「呼吸補助システム」のプロジェクトチームが開発した救急マスクだ。従来の製品が利用するのに熟練した技術が必要なのに比べ、だれでも簡単に呼吸補助ができることをコンセプトにしたものだ。救急マスクが必要とされる災害時や緊急時、必ずしもその場に熟練者がいるとは限らない。人命にかかわるだけに失敗も許されない。マスク部に特殊なシリコンを使い人間の顔にぴったりフィットさせることで、扱いやすさと酸素供給率を飛躍的に向上させた。
 全体のシステム構成を作り上げたのは東海大学開発工学部の金井直明助教授。金井氏のアイデアを元に、医療機器の開発を手掛ける(株)スカイネットの指導で、横浜ゴムがマスクを作成した。組立・製造は富士市の(株)北里サプライ。プラスチック成型、呼吸弁も県内のメーカーが製作にあたる。
 この交流会はもともと、大企業依存型の地域中小企業が生き残るには異業種間で交流し、その中から次々と新たな技術革新を起こすほかない、と富士市の企業を中心に中小企業団体中央会東部事務所が呼び掛け、富士市工業振興課がバックアップして始まった。本来、クラスター形成では、開発計画に応じて関連企業を集めるのが一般的だ。しかし、この会は交流の中からテーマを決めていこうという逆のパターン。そこで、医療現場に一番近い人が一番ネタを持っているということから医療現場の経験が長い金井氏に白羽の矢が立った。
 「交流会は、医療機器を実際に作るにはどういう問題があるかを理解してもらおうという実験的なプロジェクト。製品化にこぎつけたのは予想以上の成果」と金井氏は語る。富士山麓医療関連機器製造業者等交流会が一つのクラスターとなり、そこからワーキンググループができ、さらに必要なメンバーだけが選抜されて救急マスクの開発につながった。クラスターをどんどん小さくして、適材を絞っていった形だ。
 「会をまとめるのは容易ではなかった。中央会の植田勝智さんのような優れたコーディネーターがいればこそ、マスクの開発にこぎ着けたと思う」と金井氏はプロジェクトマネジメントの重要性を強調する。また、ファルマバレーセンター(PVC)も情報提供などで一役買ったという。
 


地域経済の自立を促す産業クラスター化。幅広い波及が期待される健康医療産業分野
 産業クラスターのクラスターとは本来「ブドウの房」の意。ハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授が提唱した理論で「特定分野の関連企業、大学などの関連機関が地域で競争しつつ協力し相乗効果を生み出す状態」とされている。従来の大企業・系列企業といったトップダウン型の産業構造ではなく、一つのテーマに、関連するさまざまな分野の機関や企業が有機的にネットワークを形成する。内部では常に情報が交換され、ニーズやシーズが発見されるたびにプロジェクトチームを構成し、商品開発にあたる。こういった商品やテーマごとのミニクラスターが次々に生み出される状態を産業クラスターと呼ぶ。ファルマバレー構想は、健康医療分野に特化した県東部の産業クラスター化を目指している。
 もともと県東部は医療・福祉・健康関連産業の集積地。本格的な高齢化社会を迎え、医療・福祉関連産業は今後の大きな成長産業の一つと目されている。製薬は言うに及ばず、医療機器や食品などの製造業、在宅福祉開連サービスなどのソフト産業、ITを活用した医療情報関連産業、リハビリ機器・福祉機器産業など、幅広い波及効果が期待されている。
 長引く不況、とりわけ地域産業の停滞が著しい中で、地域産業のクラスター化へのシフトが求められているのである。
 


求められる研究拠点整備とネットワーク強化。県東部発、世界レベルのモノづくりへ
 産業クラスターの形成に欠かせないのが開発の元となる「基盤技術」や「基礎研究」、そして「ネットワーク」だ。ビーエルの野中社長は「基礎的なことを研究している大学や大企業の研究室などとの連携がうちの財産。東工大や沼津高専とはすでにいろんな仕事をしているが、今後、静岡大、県立大をはじめ、静岡がんセンターやPVCとどうつきあっていくか、これが非常に大きな課題と認識している」と語る。
 また、救急マスクの開発にあたった金井氏は試作にかかわるコストと手間の問題を指摘する。「機器開発には試作が欠かせない。中小企業や学校の参画を促すためには、試作の手間とコストをいかに抑えるかがポイント。試作費への補助や工業技術センターなどの支援を受けられれば、より短期間での開発が可能になるだろう」と制度面や支援機関の充実を期待する。
 平成17年に開業予定の静岡がんセンター研究所。すでに東京工業大、早稲田大、東京大の研究室の参画が決定し、健康医療産業クラスターの研究拠点として一刻も早い誕生が待たれるところだが、ここで生み出される研究成果、すなわち商品開発のヒントをいかに県東部の産業界が活用できるかも大きな課題。次々に新商品や技術革新を生み出していくための素地となるネットワークづくりが重要だ。
 東部地域のモノづくり技術、医療関連産業のレベルは高い。金井氏が東海大学に移って来た理由も、野中社長が本社を沼津に置くのも、東部のポテンシャルの高さに魅力を感じたからという。こうした企業群の力を引き出すためにも、現在、PVCが中心となって構築中の、東部市町村、商工会議所などを通じた地域産業ネットワークの一日も早い稼動が待たれている。
 「構想が進む中で、がんセンター、東工大、早大の共同研究と、PVCのコーディネートの中から、静岡発の非常にユニークなものが生まれれば、それこそ静岡県から世界に発信できるものになる」と野中社長は期待する。ファルマバレー構想を軸に、世界を相手にしたモノづくりに向けて、県東部の胎動は確実に始まっている。
 

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