サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 平成14年に開業した静岡県立静岡がんセンター。国内トップクラスのがん治療技術を背景に、地域医療の拠点として患者の治療に当たる一方で、より優れたがん治療の開発に当たっている。平成17年度には、静岡がんセンター研究所が独立棟として開設し、大学や企業の研究機関との共同研究がスタートする。特に注目されるのが医工連携による取り組みで、臨床の現場と密接に連携した静岡がんセンター研究所ならではのメリットを十二分に生かした成果が期待されている。すでに東京工業大学や早稲田大学などが施設内に研究室を設けることが決定しており、今後はさらに多くの研究機関との共同研究を模索していく予定だ。
 「風は東から」2月は、共同研究が決まった東工大生命理工学部の大倉一郎、赤池敏宏両教授のお話を交えながら、先端医療の共同研究拠点として大きな期待が寄せられる静岡がんセンター研究所と、その中心的なテーマとなる医工連携による共同研究開発の可能性について検証する。
風は東から
[ファルマバレー構想特集]
シリーズ11
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医工連携が切りひらく先端医療開発県東部を世界レベルのがん研究拠点に
医工連携、その限りない可能性
静岡県立  静岡がんセンター
静岡県立 静岡がんセンター

 大学の医学部と工学部の研究者が連携し、新たな医療技術や診断技術を開発する「医工連携」は近年、各大学で急ピッチで進んでいる。東京大学は昨年「疾病生命工学センター」を新たに設置、大阪大学も「未来医療センター」が始動し、ロボット手術などの研究に取り組んでいる。背景には、人工臓器づくりなどの再生医療やナノテクノロジー(超微細技術)研究の活発化や、これら先進技術開発の推進を目的とした国の支援が強化されたことなどが挙げられる。こうした動きに産業界も注目、各地で行われる「医工連携シンポジウム」は企業や各省庁の関係者が多数押しかける盛況ぶりだ。
 平成17年度に独立棟が完成する静岡がんセンター研究所。すでに病院内で研究活動はスタートしており、専任の研究員が免疫診療、遺伝子治療、患者家族の支援研究などを行っている。研究棟がオープンすることで、より多くの研究員が充実した環境で研究できるようになる。「患者とその家族のために役立つ研究」に的を絞り、基礎的な研究ではなく、より臨床に近い技術の開発、研究を目指している。
 20世紀後半の医学の進歩を見ると、医学のみの分野で一気に進んだという診断・治療技術は少なく、多くが医工連携から生まれている。心筋梗塞(こうそく)やがんの治療にしてもこの20〜30年の進歩は、画像診断など診断機器の開発によるところが大きい。工学部から出てきたMRIやCTスキャンなどの高性能機器が医療技術を飛躍的に高めている。内視鏡手術や内視鏡を腹部に入れて手術する腹腔鏡手術なども、内視鏡という本来の医学ではないところから導入された技術に支えられている。また、がん予防などについても、バイオテクノロジーの進歩によるところが大きい。研究所長を兼任する静岡がんセンターの山口建総長は、「研究所は体制、規模から言って当然、医学に非常に密接したものになる。大きな進歩というのはそれだけでは不十分だ。だから医学から全く離れた部門で、全く新規の技術がぽんと入ってくる、導入できる、そういう基盤技術の資源としては大学、医工連携というのは大変貴重な存在になるだろう」と期待する。


世界レベルの研究機関が集結〜東工大生命理工学部
東京工業大学 生命理工学部長 大倉一郎教授
東京工業大学 生命理工学部長
大倉一郎教授

 静岡がんセンター研究所に進出を予定している大学の一つが東工大の生命理工学部。科学技術の進歩であいまいになりつつある医学、工学、化学、生物学などの学際領域に挑戦する新たな学部として、90年に日本で最初に設立された。理学部系の純粋化学、工学部系の応用化学をベースに、対象をバイオテクノロジーとするのが特徴で、バイオ測定(生物反応の測定)、測定機器の開発、環境バイオ(バイオを使った環境浄化)など応用範囲は広い。
 がん治療への応用にも期待は大きい。生命理工学部長を務める大倉一郎教授が研究する光線力学治療は、がん細胞に光増感剤を注入し、それに有用な光を当て、がんを死滅させるというものだ。すでに陽子線や放射線を使った治療法は実用化されているが、大倉教授は人体にほとんど影響のない波長の長い光を使うことで、体の奥にあるがん患部をピンポイントで治療するための技術開発に挑んでいる。
 また同学部の赤池敏宏教授は再生医療の分野でいま最も期待されている人物の一人。細胞は浮いていては死んでしまう。足場がないと生きていけない。この細胞を培養するための足場(細胞マトリックスという)を人工的に生成し、細胞を自在に操る技術開発に取り組む。同時に、薬や遺伝子を体内の狙った場所に確実に届ける薬物送達システム(DDS)の研究も行う。必要な場所に必要な時間、必要な量の薬を配送できれば、副作用の抑止に多大な注意を払っている医薬の投与管理は格段に改善されるはずだ。
 こうした世界的にもトップクラスの研究者が、がんセンター研究所内に研究室を設けることになる。赤池教授は「今、医工連携で先んじている大学はほとんどが医学部を持つ総合大学だ。東工大は臨床に近い研究をしていながら、医学と直結する部分を持っていない。臨床現場とタイアップすることは大学の独立法人化が進む中、東工大の生き残り策にもなる。ここ(東工大すずかけ台キャンパス)は神奈川県の端で、距離的にも近い。始終行き来するには便利な位置にある」と今回の進出のメリットを指摘する。
 大倉教授は「病院に隣接した研究所で密着した形で基礎研究ができるというのが最大の魅力。われわれの研究テーマをどのようにモディファイ(一部を変更すること)したらより臨床に近づけるか、現場の”生の声“を常に聞きながら進められれば」と静岡がんセンターが持つトップレベルのがん治療技術を高く評価する。さらに、「現場からの要望にはかなりお手伝いできると考えている。例えば、手術中に血液の流れを測りたいとか、血液中の酸素濃度を測りたいといったことはわれわれの得意とするところだ」とさまざまな側面から、がんセンター研究所との連携を図っていく考えだ。
 


共同研究拠点整備のもう一つの側面〜県東部への波及
東京工業大学 生命理工学部 赤池敏宏教授
東京工業大学 生命理工学部
赤池敏宏教授

 静岡がんセンター研究所ができ、東工大が進出してくることによる地域への波及効果はどのようなものか。まず考えられるのが、これらの先端的な研究を支える周辺機器開発の側面だ。医療技術の進歩には、学際的な工学技術が必要不可欠。医療に適した測定機器やモニターなどの優れた電子機器は欠かせない。スピードが求められる現代の医療開発では、臨床と研究が密接なコミュニケーションを必要とするように、迅速な機器開発が求められる。幸い、静岡県東部はものづくり技術に定評のある地域。地場産業が地理的メリットを十二分に生かすことが望まれる。
 ファルマバレーセンターは、静岡がんセンターの医師・看護師が医療現場のニーズや研究成果を、医療関連企業や地域のものづくり企業へプレゼンテーションする中から新たな産業の芽を生み出そうと、交流会を主催している。しかし、医療という特殊性もあり、なかなか製造業が参入するきっかけにはなりにくい。こうした課題に対しても、ものづくり産業に分野が近い東工大が参加することで医療と製造業の橋渡しが可能になる。「トップレベルの技術は必ずしも大会社が持っているわけではない。中小企業でオンリーワンの技術を持っている会社は日本にたくさんある。中小企業の持っているノウハウこそ大事にしたい」と大倉教授は言う。
 また、研究拠点が整備されることで、今後、県東部には今まで以上に多数の研究者や関係者の交流が生まれることになる。この点について赤池教授は「もっと地の利を生かすべき。三島駅前に共通のカンファレンスルームや、徹底的にディスカッションしたり、週1回成果を持ち寄るための最低限の数のミーティングルームをもった研究者の集まる場所が必要だ。そこをがんセンターの基礎研究所とし、実質的には全国から研究者が集まるのが理想」と提案する。直轄型のテーマを研究所で行うことはもちろんだが、がんに全力で立ち向かうためには、がんに関する研究者を次々とプロジェクトに引き込む必要がある。そうした場合、東京から三島駅まで新幹線で45分という地の利が生きてくることは間違いない。
 メーンゲートとなる三島駅北口には、三島市が一部取得を予定している三共製薬の工場跡地があり、こうした交流拠点の開発も期待されている。周辺道路をはじめ各種インフラ整備が進む中、首都圏に1時間弱の「地の利」を生かし、県東部に人が集まるきっかけとなりそうだ。
 さらに大倉教授は独自の連携大学院構想も視野に入れる。東部にある大手企業の研究所に勤める研究員を対象に、社会人学生として東工大の博士課程に入ってもらい、がんセンター研究所で研究をまとめる。東部にいながらにして東工大の学位が取得できるというものだ。すでに大倉研究室は沼津高専や、インフルエンザや結核の診断薬開発で世界の先端を走る株式会社ビーエル(沼津市・野中浦雄社長)との共同研究をスタートさせている。国立遺伝学研究所、沼津・富士工業技術センター、県立大、東海大などの大学、大手企業の研究所など、今後はこれらの学術・研究施設との連携も積極的に図っていきたい考えだ。
 静岡がんセンター研究所の開設で、臨床と研究の二つの拠点が完成するファルマバレー構想。臨床と結びついた地域の研究拠点が強化されることで、これら研究機関との相互リンクによる、さらなる価値の創造が可能となる。

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