サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 雄大な富士の裾野に広がる富士宮市。古くから富士山信仰の町として多くの人々が訪れる一方、その豊かな自然と富士の水を活用した酪農や農業、養鱒(そん)などが盛んに行われてきた。こうした文化・歴史を背景に、特色ある「食」にスポットを当てることで、地域の活性化を図る「フードバレー構想」が今、進んでいる。
 11月の「風は東から」は、静岡県の土居弘幸理事、富士宮市の小室直義市長、矢内原研究所の矢内原千鶴子所長に、フードバレー構想の背景や、構想推進に必要な市民の役割、また構想から派生する観光面への期待などを伺った。聞き手は静岡新聞社・静岡放送の篠原光秋東部総局長。
風は東から
[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ8
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キーワードは地食健身のまちづくり 食文化創造のカギ握る市民参画革
矢内原研究所所長 矢内原千鶴子氏
矢内原研究所所長
矢内原千鶴子氏
大阪薬科大学学長。夫の故・矢内原昇博士が平成7年、富士宮市粟倉にバイオマーカー測定やキット製造などを行う矢内原研究所を設立、13年から所長を引き継ぐ。平日は大阪、週末を富士宮で過ごす生活を続けている。
見直される食の意義。富士の恵みを生かして健康づくりのまちへ
 篠原 富士宮といえば、やきそば。「食」をテーマにしたまちおこしの成功例として全国的な知名度を獲得していますが、今進められているフードバレー構想は、この「食」を切り口に、さまざまな産業も含めた地域づくりに発展させていくものだと聞いています。まずは構想の狙いについてお話しください。
 小室 少子高齢化社会を迎え、今、まちづくりは従来のインフラ整備主体から、人間の健康、心と体を大事にするものへと大きくシフトしています。世の中のシステムが循環型社会へ移行していると言ってもいいでしょう。そこで改めて問われるのが食べるものの重要性です。幸い、富士宮には富士山の豊かな自然と清らかな水という質の高い農業を営むための優れた土壌がある。同時に、富士山は日本人の心のふるさと、シンボルでもあるわけです。このかけがえのない資産を地域づくりに生かしたい。その土地で採れたものを食べ、心も体も健やかになること、私はそれを「地食健身」と名付けました。これを具体化するのが「食」のまちづくりであり、フードバレー構想の狙いでもあります。
 篠原 東部で展開されるファルマバレー構想と軌を一にしている感がありますが、富士宮にどんな印象をお持ちですか。
 土居 富士山が日本人の心のふるさとであることは誰もが認めるところです。しかし一方で、一般の人々が「さあ、富士山へ行こう」という気にならない現実もあります。では、富士宮、富士山麓に何もないのか、というと決してそうではない。そこでクローズアップされてきたのが「食」なのだと思います。
 健康であることは誰もが望むことですが、健康はツールであって目的ではない。ですから食も、単に体にいい物を作るというのではなく、人間の文化的生活をより豊かに支援するものとして取り組んでいってほしいですね。
 篠原 食について二つのキーワードがあると思います。一つは健康、もう一つは安全。富士宮市に研究所をお作りになって十余年。生活者、科学者の視点ではいかがでしょうか。
 矢内原 常にこちらにいるわけではありませんので、なおのこと大阪との違いを感じます。関西のほとんどの方が富士山に行きたい、富士山を見たいという気持ちを持っていると思います。昨日もあまり愉快でない出来事があったのですが、こちらに来て富士山を見ると心が洗われるようにすべて忘れてしまう、それほどこの山は私たち日本人にとって大きな存在です。
 富士宮の魅力を一言で表すと汚染されていないこと。大規模な開発が行われてこなかったがために、本来の土が残っている。水も汚染されていない。人を中心とした、心につながる健康を中心とした取り組みを行うに当たってこれほど優れた財産はないと思います。そういった大きな希望が抱ける、そんな印象を受けています。


守りながら生かす。求められる市民、消費者の積極参加
富士宮市長 小室直義氏
富士宮市長 小室直義氏
昭和46年富士宮市役所入所、市議を2期務め、平成15年市長に当選。『地食健身』をキーワードに、日本一元気な富士宮づくりにまい進している。
 篠原 皆さんのお話から共通する言葉が出てきました。一つが富士山、もう一つがここに住んでいる市民の方々も含めた、土地や素材、食べ物の豊かさです。「地産地消」「スローフード」といった言葉が注目される背景には、現在の生活と食とのあり方が大きく変化していることが挙げられますね。
 土居 われわれには、高度経済成長時代の価値観が本当に大事なものを見落としてきたという反省があるわけです。ではその反省をどう21世紀に生かすか、この富士宮、富士山を見ているとそんなことを考えずにはいられません。それを食にあてはめると一つがスローフードであり、日本古来の食文化を見直すことになると思います。ここで重要なのが、食文化はそこで生活する市民が作るものだという視点です。「富士宮のやきそば」はその好例でしょう。食文化と呼ぶにふさわしい質の高い食は、生産者が作るのではなく、市民、消費者が作り上げる。食のまちづくりの目的が、生産工場を造りましょう、大量販売しましょうでは、他の工業団地と一緒になってしまいますし、それでは富士宮でやる意味がないと思います。
 矢内原 日本の経済活動は利潤追求を優先するあまり何でも規格品にしてしまい、手作りのものや本当にいいものは効率が悪いというだけで切り捨てられる、これが現状です。今後、構想が発展していく中で、食を量産し地域の活性化を図るのか、それとも少量でも特徴をもった富士宮ならではのものづくりを目指すのか、大きな岐路に立たされると思います。その意味でも、まちづくりとして進めていく上で、生産者や市民が何を望むのか、そういった根本的な問いに対する答えが必要になるのではないでしょうか。単に、大量生産、効率化を目指すのであれば自然や水もやがて汚染されていくでしょうし、生活環境そのものに変化が出てくる。富士宮らしさが次第に薄れていくことが懸念されますね。
 小室 国民の意識はBSEと産地偽装表示問題などで大きく変わってきています。手にとって産地を確認するということを消費者の皆さんが普通にやっている。生産手法や生産者の理念が見える、安心・安全な食材がより求められるようになっています。富士宮には以前から、農協やJASなど規格大量型の生産枠にとらわれず、自分たちの目の届く範囲でいいものを作ろうとがんばっている生産者がいます。例えば、ジャージー牛の乳製品、銀形ニジマス、富士朝霧牛などの優れた製品の生産、加工、小売業者それぞれが緩やかにネットワークを組み、駿州逸品会として活動しています。同時に、先駆者と呼ばれる人たちが、次にやりたいと言った人たちに教えている。農場が分場化しているのです。非常に良い形で、生産者の中に自発的な動きが生まれていると思います。


静岡県理事兼健康福祉部技監 土居弘幸氏
静岡県理事兼健康福祉部技監
土居弘幸氏
厚生省健康政策局指導課救急医療専門官、同省健康危機管理調整会議幹事を経て、平成12年から現職。東部で展開中のファルマバレー構想の中心的な推進役を務める。
徹底的なこだわりの追求で観光の質の転換を図る
 篠原 先ほど一般の人はなかなか「富士山へ行こう」という気持ちにならないとの指摘がありましたが、今後は構想で磨き上げていくさまざまな資源をどう観光面に生かしていくか、といった課題も浮上してきますね。
 小室 近代都市に象徴される高度経済成長を経て、今までの価値観があらゆるところで揺らいでいる現在は、自分はどこへ行くのだろうと誰もが模索する時代、オーバーな表現ですが人間回帰の時代です。言い換えれば日本人の誰もが心のよりどころを求めている。その意味でも、富士山の存在は非常に大きいと感じています。そうした時代性に加え、健康につながる富士宮の優れた水と食材が結びつくことで心身両面の豊かさが実現できる。また、それを内外に情報発信することができれば、日本中、世界中の人にこの富士宮をアピールできると考えています。
 例えば「いでぼく」という牧場では、牛を飼育し、そこで搾乳した牛乳をその場で加工して販売している。同じ所で、生産・加工・販売と、1次、2次、3次産業を行っています。足しても掛けても6になることから、私は6次産業と呼んでいます。まかいの牧場は搾乳やポニーの試乗など動物とのふれあいや自然体験が楽しめる、いわば産業観光の先駆けです。昔からの観光地である白糸の滝などもすばらしいが、6次産業のようにむしろ何か新しく掛け合わせたものの方が、富士山や朝霧の魅力をより深く楽しんでいただけるのではないかと思います。
 土居 地元の方はお感じにならないでしょうが、外からやってきた人間にとって、朝霧で富士山を見ながらおにぎりを食べる、この充足感たるや比類がない。そのおにぎりが地元でとれた素材、あるいは何らかの形で自分も生産に加わった、あるいはそれがどのような工程で作られたかを知っているものであればなおさらです。まずはどういう観光のイメージなのか、観光客が何を求めているかを知る必要がある。極端なことを言えば、単においしいものを食べてよかった、というのならここでなくてもいいんです。その意味でも、ターゲットをあまり広げず、本物を一番わかってもらいたい年齢層、すなわち子どもたちに的を絞って提供してほしいですね。彼らにこそ富士山を見ながら、富士山の豊かな水で、そして真心込めてはぐくまれた食材を味わってもらいたい、本物の価値を体験してほしいと思います。
 矢内原 おっしゃる通りです。観光が前面に出ると全国どこに行っても同じ、特徴のないものになってしまう恐れもあります。富士宮の独自性ができ、それに人々が引きつけられるというのがこれからの観光地であると思います。以前、登山に来た友人が、なんて田舎なんだと驚いて帰りましたが、田舎であること、大規模な開発が進んでないことの価値は大きく、今後ますます大きな意味を持ってくると思います。東部で進むファルマバレー構想も米国シリコンバレーも外部から類似の企業や研究所などが集まって人工的に一つのクラスターが形成されています。しかし、このフードバレーはその名の通り、バレー、土地そのものが持つ力を人々の豊かで健康な生活に生かし、ひいては富士宮の活性化と反映につなげることであり、そのために外の力もうまく活用していくことが本質であるように思います。
 土居 最も大事なのは市民が食文化を育てるという視点です。技術であれ、サービスであれ徹底的にこだわってほしい。そして市民には常に生産者へのフィードバックをお願いしたい。逆に、富士宮でできるものは私たち市民が保証しますという気持ちで。JASや特定機能食品といった画一的なものでなく、市民が作り上げた富士山にふさわしいものだとなれば、まさにこの地にマッチしたフードバレーが実現するのではないかと思います。
 小室 経済性だけではだめだという認識は誰もが持ってます。人間回帰と盛んに言われているのはこうした反省からだと思います。それと対極のものを体験したい、味わいたい、という感覚は世界中の人が持っています。一つのテーマがそこに住む人たちのポテンシャルを高める、スキルアップさせるということを、この食をテーマに、富士宮から発信していきたいですね。

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