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地域に眠る文学資源を発掘する広域的な取り組み |
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『洪作は今まで彼が知っている場所では、ここが一番美しいところではないかと思った。あるいは日本で一番美しいところかもしれない。
めったにこれほど美しい景色を持っている場所はないだろうと思った』(井上靖「しろばんば」より抜粋)。
この「日本で一番美しいところ」がどこだかおわかりだろうか。これは、県道伊豆長岡―三津線沿いの藪の中に今も残る隧(ずい)道を抜け、洪作少年が見た三津の集落の様子だ。現在も石積みのトンネルがあり、旧天城トンネルより8年古く、同じアーチ型の美しい工法で作られている。重要文化財級のトンネルだが、今は訪れる人もなくひっそりと落ち葉に埋もれている。
東部県行政センターは、東部地域に数多く存在する、魅力がありながら知られていない文学資源に着目。それらを掘り起こすことで、多くの人が訪れ、感動し、楽しむことができるような地域振興に結びつけようと、平成15年度から2年にわたり伊豆文学散歩事業を行った。
きっかけは、県立静岡がんセンターの山口建総長が発案した「ファルマバレー構想観光産業活性化プロジェクト」。がんセンター総長就任を機に沼津に住むことになった山口総長は、長年愛読している井上靖の「しろばんば三部作(※1)」を改めて読み返すうちにこの構想を思いついたという。(1)団塊の世代の愛読書である井上文学に光を当てる(2)付加価値の高い新たな観光施策を考える(3)広域行政実現の素地を作る(4)ファルマバレー構想のウエルネス戦略に寄与する―を目標に、平成14年にアイデアを東部県行政センターに提供した。
以前から文化資源の活用を通じた地域振興を考えていた同センターは、関連市町村の職員や、井上靖文学にかかわりのある文学館職員、井上靖に詳しい民間団体などで構成する「井上靖文学散歩研究会」を発足。今回、知名度があり文章が平易で、読者数が多いことなどから、井上靖の自伝的小説で、主に県東部が舞台となっている「しろばんば」「夏草冬濤(なつぐさふゆなみ)」を取り上げた。作品にかかわりの深い63カ所を選定し、その一つ一つについて現状や魅力、活用方策を調査・研究、その成果を「洪作少年の歩いた道」として1冊の報告書にまとめ(15年度)、市町村、図書館、学校などに配布した。これは各方面から高い評価を受け、一般の方からも問い合わせが相次いだという。 |
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