サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 医療からウエルネスまで、世界レベルの研究開発を進め、健康産業の集積を図るファルマバレー構想が推進されている県東部。構想の成果を地域の産業振興に結び付けようと、地元ものづくり企業のネットワーク化が進んでいる。ことし11月に予定されている静岡がんセンター研究所の開設で、医看工連携がいよいよ本格化。患者・家族のニーズを吸い上げ、ベッドサイドクラスターをいかに形成し、成果を地域経済に波及させるか、地域企業の期待は高まる。
 8月の「風は東から」は、構想の成果を地域に発展に結び付ける方策について、富士山麓産業支援ネットワーク会議の活動を中心に考える。
風は東から
[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ5
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研究所開設で医看工連携に弾み カギ握る地域ネットワークの充実
がんセンター研究所の小倉研究員
「臨床に生かせる研究が最後まで見られるのが大きなメリット」と話す、がんセンター研究所の小倉研究員
医療関連分野の製品開発を後押し
 患者・家族と医師・看護師・臨床検査技師など医療従事者との対話が生み出す「あったらいいな」を形にする”ベッドサイドクラスター“の形成を進めるファルマバレー構想。11月のがんセンター研究所開設で、クラスター実現のカギを握る医看工連携の本格化が期待される。すでにがんセンターでは遺伝子、タンパク質解析による診断技術の開発や免疫細胞療法の研究、患者と家族支援のための支援ツールの研究開発が始まり、研究棟の完成でこれらの研究に弾みをつけたい考えだ。
 研究所には東工大、東京農工大、早稲田大のほか、静岡県立大や民間企業など多数の機関が進出し、産学官の垣根を越えてさまざまな共同研究が行われる。東工大で腫瘍マーカーの開発に取り組み、現在は共同研究スタッフとしてがんセンター研究所の免疫治療研究部に勤務する小倉俊一郎研究員は「民間企業と大学が共同研究をする場合、企業側の情報開示がスムーズに進まなかったり、他の企業との研究が制限されたりするケースが多い。官が介入することで、信頼性や透明性が増し、自由な研究活動ができる」と、ファルマバレー構想のメリットを評価する。今後はより臨床に近い場所で、今まで行ってきた基礎研究を応用研究に進める段階に移行する。
 医療関連の新しい製品開発も構想の大きなメリットだ。医看工連携における先端技術や手法の開発が、新しい発想や技術の融合を促し、今まで実現できなかった製品を形にする。県富士工業技術センターの大竹輝徳研究主幹は「高齢化社会を迎え、医療関連市場は今後も拡大していく。しかし、医療分野では工業分野の常識が未知の技術という場合も多い。センターが開発した医療用バサミは、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)という金属硬質皮膜技術を応用し、従来品に比べ耐久性と切れ味が格段に向上した。今回の開発で、分野の壁を乗り越える付加価値の高さを実感した」と構想の可能性を評価する。今後はDLC技術を持っている企業や興味のある企業を対象に、技術移転を進めていくという。


新たな発想、技術を新産業の創出に
諏訪部社長
「構想推進を契機に、中小企業のレベルアップを図りたい」と語る諏訪部社長

 こうした構想が生み出す付加価値を広く地域全体に浸透させるカギとなるのが地域ネットワークの形成だ。医看工連携から生まれる新しい発想や技術を新事業・新産業の創出に結び付けようと、東部各地で製造業を中心とした企業のネットワーク化が進む。
 中小企業団体中央会東部事務所の呼びかけで昨年度に設立された「ものづくり支援ネットワーク」もその一つ。がんセンター研究所の成果の受け皿として、東部の中小企業49社を調査。昨年度はものづくりのシーズ・ニーズに対応できるオンリーワン企業や、独創性の高い技術、設備を持つ企業のデータが集まった。本年度は参加企業を対象に、大学、行政などの研究機関を招いたテーマ別研修会や懇談会を行い、具体的な研究開発グループの育成に発展させていく。
 一方、三島商工会議所は会員を対象にしたネットワーク「医工連携・ミシマ」を立ち上げた。参画する企業も機械メーカー、部品加工、電子、食品、建設、木工、素材、印刷など多岐にわたる。会長の諏訪部光市丸善工業社長は「『ビス一本から先端技術まで』『ロウテクからハイテクまで』をスローガンに、ファルマバレー構想のものづくり分野をすべて引き受ける意気込みで臨みたい」と、幅広い受注を目指す。
 ほかにも、富士市主催の富士山麓医療関連機器製造業者等交流会や、富士と沼津の工業技術センターが主催するテクノサロン、ファルマバレーセンター(PVC)の研究開発フォーラムなど、現在、県東部各地では、構想を地域産業に根付かせるためのネットワークが次々と誕生している。
 こうした個々のネットワークをより大きなネットワークで結ぼうという動きも出ている。PVC、沼津、富士の工業技術センター、沼津、富士、三島の商工会議所、御殿場市商工会、中央会東部事務所、ぬまづ産業振興プラザを中核メンバーに、ことし5月に発足した「富士山麓産業支援ネットワーク(NW)会議」がそれだ。当面は、個々のネットワークがそれぞれ行っているセミナーや事業の重複をなくし、ネットワーク相互の効率的な情報の発信や集約を進めていく。「将来的には縦割り、地域割りをなくし、各企業のデータベースを有効活用したい。東海大開発工学部や沼津工業高等専門学校などにも呼びかけ、産学官の本格的な連携を通じて、東部地域の企業ポータルサイトの構築を目指していきたい」とPVCの植田勝智副所長は語る。
 


DLCコーティングをした医療用ハサミ
DLCコーティングをした医療用ハサミ
医療・介護のニーズを「ものづくり」の現場に
 NW会議の狙いは単なるネットワーク間の効率化にとどまらない。構想推進の大きな課題は、医療・健康分野に取り組む、あるいは取り組もうとする地元企業の「ものづくり」活動と地域産業振興とを、いかに有機的に結び付け、支援していくかだ。「せっかく地域の企業をネットワークしても、構想でどのような成果が生まれたかを企業にアナウンスするしくみがなければ何も進まない。NW会議のメンバーには、がんセンターやがんセンター研究所、東海大、工業技術センターなどから情報が集まる。新しい腫瘍マーカーの検出に使う機材がほしい、あるいは微細な血管を容易につなぐ器具を開発してほしい、といった要求に応えられる地元企業がないか、逆に企業群のシーズをがんセンター研究所で共同研究する大学に紹介することも可能だ」と植田副所長。NW会議そのものが、医療・介護現場のニーズを効率よく地域のものづくり現場に提供する媒体となることを期待する。大竹主幹も「医療や介護現場に積極的に出向き、ニーズを拾い上げることも今後の工業技術センターの責務と考えている」と語る。
 NW会議では、メンバーがもつノウハウを生かしたコーディネートや各種支援の拡充も計画する。例えば企業から医療機器開発の相談を受けた場合、検討している機器がどのレベルかによってアドバイスの中身が異なるなど、極めて高い専門性が要求される。
 とりわけ医療機器の開発には、人体に直接影響を及ぼすだけに、安全性に関する数多くのハードルが存在する。ことし4月に施行された改正薬事法では、医療機器の国際的な名称を基に整理・細分化し、この名称に応じたクラス分類の見直しが行われた。クラス分類はリスクに応じて、人の生命や健康に重大な影響を与える「高度管理医療機器」、影響を与えるおそれのある「管理医療機器」、影響を与えるおそれがほとんどない「一般医療機器」に分かれる。このため、治験が必要な心臓ペースメーカーなどの高度管理医療機器の開発には、莫大な時間と費用がかかる。体に埋め込む人工骨など日本人の骨格に合った製品開発も、こうした高いハードルが存在するため、国内ではなかなか着手できず、多くが輸入に頼っているのが現状だ。
 「当面、NW会議が狙うのは、治験の必要がない一般と管理医療機器の両分野。第三者認証機関の認定(JIS規格を基に厚生労働省が定める検査基準)が必要だが、工業技術センターの協力を得て、JIS規格に準拠した試験データの収集は可能ではないか」と植田副所長。NW会議を通じて医療機器の評価をがんセンターなどの地域医療機関で行うことも視野に入れる。DLCコーティングをした医療用ハサミは、開発当初からがんセンターの医師にアドバイスをもらい、使用感などの評価をしてもらったという。


構想推進へ
NW会議の役割に大きな期待
静岡がんセンター医師のアドバイスを聞く工業技術センター職員
静岡がんセンター医師のアドバイスを聞く工業技術センター職員

 県は構想が生み出す成果を地域産業に結び付けようと、商工労働部を中心に情報提供、コーディネート、研究費助成、経営・技術指導といった各種支援を用意、地域企業へ積極的な活用を呼びかけている。しかし、目に見える成果にはなかなか結び付かないのが現状だ。「今まで独自の企業活動を行ってきた中小企業経営者にとって、いきなり工業技術センターやがんセンターにアプローチしろといっても敷居が高い」と諏訪部社長はものづくりの現場の声を代弁する。「まずは一つの方向性を決めた上で、異分野の人同士がそのテーマに向かって徹底的に議論する場を設けること」と小倉研究員も情報交換の場づくりの重要性を強調する。
 こうした状況を打破するために大切なのが、産学官の橋渡しを自由に行えるコーディネーターの活動だ。産学官協働が生み出す医看工連携の成果を、効率的に地域に落とし込む重要な役割を担う。NW会議が進める双方向コミュニケーション型の情報ネットワークは、まさにこの産学官のコーディネート機能を発揮することが狙いだ。NW会議の構想推進に果たす役割は極めて大きい。一刻も早い本格稼働を期待したい。
 

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