サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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サンフロント21懇話会東部地区分科会 基調講演

 サンフロント21懇話会は本年度の活動目標に技能五輪国際大会の支援を挙げている。先月26日には、沼津市内で東部地区分科会が行われ、ユニバーサル技能五輪国際大会総合プロデューサーの残間里江子さんが基調講演を行った。11月の「風は東から」は、この基調講演の模様を紹介する。講演から、技能五輪国際大会を目指す若者のすばらしさや、技能に対する価値観の変革、技能を担う人材の育成などのヒントを読み解く。
風は東から

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ8

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次代に受け継ぐ技の
東部地区分科会
技能五輪国際大会をテーマに行われた東部地区分科会


残間里江子
残間里江子
技能五輪総合プロデューサー

静岡放送アナウンサー、「女性自身」記者、雑誌「Free]編集長などを経て、昭和55年潟Lャンディット・コミュニケーションズ設立。出版、映像、文化イベント等を多数企画・開催する。
日本人のDNAを見た。感動のヘルシンキ大会
 昨年、ヘルシンキで行われた国際大会では、感動的な場面をたくさん目にしてきました。文化的、情緒的な表現に過ぎるかもしれませんが、日本の若い人たちの中に、まぎれもなく日本人のものづくり、技を大事にするDNAが残っているという確信を持ちました。
 選手団は22歳以下の若者ですから、茶髪あり、ピアスありで、「これがものづくりの日本代表なの」とびっくりするほど。けれど、いったん技と向き合えば、本当に真剣な態度で、茶髪もピアスも忘れさせるほどすごい技を披露してくれます。
 例えば、建築大工職種に白装束で出場した畑山惣一君。競技は4日間、合計22時間で行われます。課題は三角形を組み合わせた立体の製作でした。
 初日、三十数カ国の選手の中で畑山君の作業台にだけ無数の線が引いてある。引き通し線という、尺貫法を使い自分で数値を編み出す宮大工の工法、日本だけのやり方です。他の選手の机には計算式がいくつも書かれた紙が載っていました。当然、数式の方が簡単に寸法が出ますので、1日目ですでに畑山君は2時間の後れを取っていました。
 そして、4日目。畑山君は1.5cmほど釘を打ち残したままで終了しました。未完のものは評価の対象としては非常に不利ですから、どうなるかと思っていたところ、外国の審査員が「彼のかんながけの技術は世界一だ。まるで人の肌のようになめらかだ」と絶賛したのです。それを聞いた他の選手たちは、甲子園の土を持ち帰るように、畑山君のかんなくずを拾ってビニール袋に入れ始めました。
 その様子を初老の男性がじっと見ていました。彼の親方でした。彼が近寄ってきて「すみません」と謝ると、親方は「良くやった」と言うようにうなずきながら一筋涙を流しました。その光景を見て、私も思わずもらい泣きをしてしまいました。
 結局彼は8位だったのですが、その雄姿たるや、やはり日本人のDNAが潜んでいるな。まだまだ若い人も捨てたものじゃないと思った次第です。
 こうしたDNAはあらゆる職種で見受けられました。
 菓子製造職種では、野菜や果物を作る課題が出たのですが、日本の選手はまるで仏壇に供えたくなるような、リアルな果物や野菜を作るのです。ところが、外国の選手はバナナに目鼻がついてダンスしていたり、りんごが寝転んでいたり、発想がとても自由です。どちらが優れているというのではなく、技というのはその国の文化が色濃く反映されるものだと思いました。
 フラワー装飾でも、緑の濃淡、あるいは紫色の花などを日本人は選ぶのですが、ヨーロッパの選手はまるでホテルのロビー花のような派手な種類を好みます。私から見ると、日本人選手の作品は、何と奥ゆかしい、何とかれんなのだろうと思うのですが、残念ながらあまり評価は高くない。しかし、こうした色合いを選ぶ選手に、たまらなく日本のDNAを感じてしまうのです。
 技の周辺には実にさまざまなドラマやストーリーがあります。私がヘルシンキの国際大会で目の当たりにした感動を、来年、ここ沼津でも見られるのではないかと思います。
 


技能と技術を融合。見直される日本の高度な技

畑山選手
白装束がまぶしい建築大工の畑山選手(ヘルシンキ大会)

ヘルシンキ大会閉会式
ヘルシンキ大会閉会式。各国の選手が健闘をたたえ合い、交流を深めた
 ところが、日本にもどってみると、ヘルシンキで私が受けたような感動を誰も知らない。日本ではほとんど報道されていませんでした。
 若い人たちが一生懸命技に立ち向かっている。しかしこの国では競技オリンピックと比べあまり評価をしない。技能者への敬意や、素晴らしいと感心する気持ちが足りない。ここに私のやるべきことがあると思いました。
 技能、技巧系の世界というのはバブル崩壊以降、なかなか価値が認められてきませんでした。技能というのは実際のものづくりの部分で、長い時間をかけ、経験から身に着けるものであって標準化が難しい。一方、技術は、ものづくりやそのプロセスに、学問や知識を応用する専門家のことを指し、通常は成果をきちんと出さなければいけないマネジメントが絡んでくる。
 アメリカでは技術者はエンジニア、技能者はメカニックといって完全に上流工程と下流工程に分かれていて、一流の理工系大学を出ていてもメカニックは企業のトップになれないという現実があります。
 こうした考え方がバブルのころ、日本にも伝わり、毎日努力しなければいけないにもかかわらず、あまり報われないという、いわば3Kというイメージで捉えられるようになってしまいました。
 一度根付いた価値観を急に是正するのは難しいのですが、これからの企業はマネジメントだけでなく、自ら試作ができる技能も必要です。今、海外へ移転した工場が再び日本に戻っているのは日本の高度な技の世界が見直されているからでしょう。今後は技能と技術が上手に補完し合いながら技に対する新しい価値観を生み出す時代が来ます。来年あたりから技能というものにもう一度スポットが当たるのではないでしょうか。
 国際大会には20万人が来ると予測していますが、一過性のイベントで終わらせることなく、このムーブメント、イベントを通じて技というものがいかに日本の”軸“になっているか、技能者に対する価値を見直す、また、新しい価値で捉え直すことが一番の眼目だと思っています。
 まずは、国際大会に出場する選手の中からスターを、ハンカチ王子は無理でも、手ぬぐい王子くらいは探さないといけないな、と思っています。代表選手のストーリーを丁寧に聞き取りながら、この人のここをスターのコアにしよう、ここを魅力の根源にしようというのを作っていくのがこれからの私たちの仕事だろうと思っています。


トップの判断がものをいう。技能向上のシステムづくり

冷凍技術の小長谷悠平選手(左)とれんが積みの杉本敏寿選手
先月の全国大会では静岡県から3選手が金賞に輝いた。メダルを手に国際大会への抱負を語る冷凍技術の小長谷悠平選手(左)とれんが積みの杉本敏寿選手

 技能は労働とだけつながっているのではなく、教育システムと大きくかかわっていることもヘルシンキ大会で実感したことの一つです。国際大会の開会宣言はフィンランドの文部大臣が行いました。日本の管轄は厚生労働省です。諸外国では教育の中に技能が組み込まれている。これは国のシステム、広い意味で言うと文化の違いだと思いました。
 個人的な感覚ですが、技能五輪国際大会がその国の経済活動と深い関係があると感じています。日本の経済が低迷した1990年代、国際大会の成績も低迷しました。昨年の大会で金メダルの数だけは34年ぶりに1位になりましたが、総メダル数では8位にとどまりました。国を挙げてものづくりに力を入れている韓国やチャイニーズタイペイなどに大きく差をつけられているのが現状です。
 国内大会を見ても、例えばトヨタが勝ち続けた職種で、ゴーン氏の就任以降日産が上位に来たりする。順位が動かないと思われた職種で予想と違うところが優勝したり、固いと言われていた企業がメダルを逃したりしました。新たに優勝したところを後でひも解いてみると、技能に対するトップの考え方が変わったというのが見受けられる。その国や会社のトップがどちらを向き、技をどう考え、社会、企業のシステムにきちんと落とし込んでいるかが問われることをつくづく痛感しました。
 来年の国際大会は沼津市門池地区が主会場となります。沼津という名前を日本中に、国際社会に知らしめるいい機会ですので、地元の力をぜひ発揮してもらいたい。世界中から訪れる人たちを、どんな企画で、どんな表情で迎えるのか、どんなつながりを持つのか、知恵を絞って考えてほしいですね。
 10年、15年後、気がつけば国際大会が静岡県で開催されたころから徐々に日本の若者が技の素晴らしさに目覚め、技能者に対する尊敬や尊厳が持てる社会が実現していれば、今回の仕事を引き受けた価値があると思っています。


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