サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 高齢化が進み、医療費の負担が自治体に重くのしかかる中、医療費の軽減と住民の健康を両立させる新たな手法が今、求められている。2月の「風は東から」は、地域における社会的なつながりが住民の健康に与える影響を長年研究している米国・ハーバード大学のカワチ・イチロー教授と、裾野市の大橋俊二市長、伊豆の国市の望月良和市長、伊豆市の菊地豊市長を迎え、3市で始まる共同研究について聞いた。進行は岡山大学大学院の土居弘幸教授。 風は東から

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ11

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「長寿の謎」解き明かす共同研究、地域のつながり高め住民を健康に
カワチ・イチロー ハーバード大学教授
カワチ・イチロー ハーバード大学教授
日本に生まれ、12歳まで過ごす。健康の社会的決定因子を研究する社会疫学分野の第一人者

大橋俊二  裾野市長

大橋俊二 裾野市長
長年、小児科医として活躍。平成6年に初当選し、現在4期目

住民の健康づくりが行政運営の柱に
 土居 医療費の縮減はいまや自治体の大きな課題の一つ。治療から予防に施策の軸足が移っていますが、市民の健康づくりにどのように取り組んでいますか。

 望月 旧大仁町時代から健康診断の受診率を上げることに取り組んでいます。都市部以外は受診率が低い、申し込みはするが受けないなどの問題があり、思い切ってがん検診などを無料にしました。すると20%台だった受診率が60%に上がりました。
 また、介護予防の取り組みとして、市内23地区で高齢者とその地区のボランティアが協働で運営する地区サロン活動があります。地域の仲間づくりができると同時に貯筋運動(筋肉を貯蓄するための屈伸運動)で体力づくりもできると好評です。サロン活動は参加者、ボランティア双方の生きがいにもつながっているのではないかと感じています。

 菊地 伊豆市は比較的診療所が多く、スムーズな健診が受けられるよう連絡協議会を設置しており、受診率もおおむね目標に達しています。市民の死亡率の1位を占めるがんは、早期発見・早期治療を目指して、個別健診と集団健診を併用しています。また、4つの支所に地域包括支援センターを設置し、疾病予防、歯科予防、感染症予防の保健事業とともに高齢者の健康づくりをしています。
 特に、今年は健康のもとである食について食育推進計画を策定中で、世代ごとの食のあり方や地産地消なども含めた地域づくりにつなげる広い意味での計画を作成したいと思っています。

 大橋 裾野市は、東京大学の小林寛道名誉教授が提唱する認知動作型トレーニングを取り入れています。歩行に重要な大腰筋を効率的に鍛えるマシンを導入し、理学療法士、健康運動指導士などが中高年の筋力増強を指導しています。

 土居 住民の健康に自治体の積極的な関与が求められるようになりましたね。

 大橋 昨年4月に、住民の特定健診・特定保健指導が保険者である自治体に義務付けられました。40歳から74歳までを対象に特定健診を行い、生活習慣病の予備軍を探し、改善に向けた指導をするものです。当市は健診結果を3つのリスク領域に分け、程度に応じて健康情報の提供、面接・指導、3カ月ないし5カ月ごとの再健診といったきめ細かな保健指導をしています。
 


個人の健康にも影響する社会
望月良和 伊豆の国市長
望月良和 伊豆の国市長
旧大仁町長。平成17年、合併で誕生した伊豆の国市の初代市長

菊地豊  伊豆市長
菊地豊 伊豆市長
陸上自衛隊第5普通科連隊長、内閣官房主任分析官を経て、昨年4月市長に当選
 土居 国は今まで、健康を個人のリスク、個人の生活習慣の結果ととらえ、さまざまな事業を行ってきました。特定健診・特定保健指導も個人に着目したものです。とはいえ、なかなか成果に結びつかないのが現状です。カワチ先生は、そもそも健康は個人だけの問題なのか、個人が生活している社会からも何らかの影響があるのではないか、という点に着目し、健康を支える要因について研究されていますね。

 カワチ なぜ日本人は長寿なのでしょう。日本人男性の喫煙率は高く、女性はアメリカの1.5倍。それにもかかわらず長生きですし、ましてや健診が理由でもない。長年、いろいろな国と比較した結果、日本の長寿命は経済発展や食生活だけではないことがわかってきました。私はその要因を「ソーシャルキャピタル」と考えています。
 ソーシャルキャピタルは社会関係資本と訳されますが、地域における人間関係、日本でいえば近所づきあい、地域のネットワークや他人への信頼など、幅広い意味で使われます。真夜中に東京のど真ん中を酔って歩いても襲われる心配はありません。これは信頼関係というソーシャルキャピタルがあるからです。沖縄の人が長寿なのも一般的には食生活ではないかと言われますが、沖縄の方言で「ゆいまある」と言われる“助け合い”が関連しているのではないかと思います。同じく長寿県の静岡県にもソーシャルキャピタルがあるのではと考え、岡山大学の協力を得て3市と共同で研究することになりました。

 土居 地域が持つ規範、人とのつながり、人間性の豊かさが直接個人の健康に良い影響を与える、というカワチ先生のご研究ですが、行政運営をする中で実感はありますか。

 望月 地区サロンの参加者アンケートでは、サロンに参加するようになって「元気になった」36.4%、「参加が楽しみ」54.5%、「以前より健康になった」22.7%と、おおむね好評です。75歳以上の医療費は、この事業が本格化した平成17年度を100とした場合、以降2年間は県内全市平均(97%)より低い95%程度に抑えられています。サロンとの因果関係はまだわかりませんが、何らかの効果が出ていると考えられます。

 土居 伊豆市の地域コミュニティーの状況はいかがですか。

 菊地 自治会や老人会、消防団活動では、確かに集団から個人の時代へという、日本全体で言われるような変化は見られます。他方、時代に合わせてコミュニティーの性質が変わっているとも感じています。
 例えば、月ヶ瀬地区の梅組合の役員さんは皆さん70歳以上ですが、県の「協働による農山村づくり表彰」の知事賞を受賞するなど主導的に活動されていて、忙しくて老人会なんて入っていられない、とおっしゃる。また、65歳以上が50%を超える西海岸の土肥地区で、市外から転入される方のお世話をする人をお願いしたところ、「農業が忙しくてそれどころではない」と断られる。こういう方は老人会にこそ所属していませんが、コミュニティーが崩壊しているわけではありません。
 やや個人的な活動になって組織率が低下している面もありますが、別な形でのコミュニティーができつつある。これがどちらの方向にいくのか、潤沢な財力がない伊豆市では地域力を考える上で期待も、心配もしているところです。

 大橋 市内の企業に市外から通勤している方が多い地域はコミュニティーができにくい。けれど場所によってはコミュニティーがきちんと守られていて、中でも人口2400人の須山地区は3世代、4世代の家も多く、目上の人を大事にする、子どもたちも礼儀正しいなど、住民相互の信頼が厚く安心して住めるところです。そして、やはり長寿な方が多いですね。


土居弘幸  岡山大学大学院教授

土居弘幸 岡山大学大学院教授
厚生労働省救急医療専門監、静岡県理事を経て現職。ファルマバレープロジェクト技術顧問

ソーシャルキャピタルを高めるには
 

 カワチ 先ほどのサロンやそれを支えるボランティア活動、また公民館など、日本には実にさまざまなソーシャルキャピタルがあります。私自身、子どものころに隣組によるお祭りや行事を経験しました。それらが日本のソーシャルキャピタルのベースではないかと思います。
 共同研究では、1市につき40歳以上の男女1000人をランダムに選び、地域の結びつきや地域に対する考え方についてアンケートを行います。その結果と住民の健康度を掛け合わせ、関連性を調べます。

 土居 すでに海外ではこうした調査に基づき、ソーシャルキャピタルを高める取り組みが行われているそうですね。

 カワチ アメリカでは退職した方をボランティアで、都市部の幼稚園や小学校に先生として派遣しています。彼らから教育を受けた子どもは成績が上がり、高齢者は生きがいを見いだせると、双方にとって良い結果が出ています。こうした具体例はたくさんあります。今回の共同研究を通じて、日本社会にふさわしい方法論を考えたいと思います。

 望月 平成の合併は良かった面もありますが、同時に、地域の結びつきに格差が生まれたように思います。当市も学校や幼稚園、保育園におじいちゃん先生を派遣しています。一緒に作った野菜で子どもの野菜嫌いがなおったり、世代間交流を図ったりしています。こうしたことはたくさん求められているのに、コミュニティーに格差があることでそれが十分にできない地域がある。次の時代を担う子どもたちに何を教え、良いものをどう残していくかを、教育の場だけでなく行政の立場で考えていかなければならない。これらの答えが共同研究で明らかになってくれればと思います。

 大橋 須山地区のような事例を他の地域でどうしたら構築できるか。イベントや祭りなどの大きなことも必要ですが、もっと小さな結びつきを地域に作りたいと、おじいちゃん、おばあちゃんが子どもたちに竹とんぼやお手玉を教えたり、餅つきなどをしたりする「ふれあい塾」を開催しています。先生のお話を聞き、世代間の交流が地域のきずなを強め、それが健康につながるのではないか、という思いを強くしました。この研究成果を、ファルマバレープロジェクトと連携したまちづくりに結び付けていきたいですね。

 菊地 3月で81歳になる私の母は、一昨年まで30年間一人暮らしでしたが全く不幸そうな顔をしていない。土肥の八木沢地区で天草採りをしているおばあちゃんも全然寂しそうに見えません。自分の居場所があることがどれだけお年寄りに力を与えているか、それを実感しつつあったところです。地域の力や人と人との関係、まさにソーシャルな財産が健康に直結するという考え方は非常にわくわくします。伊豆市のキャッチフレーズ「人あったか まちいきいき 自然つやつや 伊豆市」を具現化できる試みが目の前にあるという感じがしています。

 土居 これからハーバード大学、岡山大学、3市による、ある意味世界最先端の研究が始まります。県のファルマバレープロジェクトにも合致する取り組みでしょう。地域の人が幸せを実感し、それを共有でき、ほかの地域にも展開可能なこのプロジェクトに期待しています。





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