サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 ファルマバレープロジェクトの一環で、地域力と健康に関する大規模な研究が県東部を舞台に進んでいる。裾野市、伊豆の国市、伊豆市が米国・ハーバード大学、岡山大学と共同で、市民を対象に、地域における人間関係と健康の関連を調査するためのアンケートを実施した。12月の「風は東から」は、11月末、来日したハーバード大学のイチロー・カワチ教授が裾野市須山地区を視察した様子と、研究の進ちょく状況について紹介する。 風は東から

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ9

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健康に影響与える住民の絆、地域づくりの新たな手法を研究
「地域ならではのソーシャルキャピタルを見つけたい」と語るカワチ教授。専門は疫学。12歳まで日本で育つ
■「地域ならではのソーシャルキャピタルを見つけたい」と語るカワチ教授。専門は疫学。12歳まで日本で育つ
地域のつながりに関する国際共同研究始まる
 社会疫学の世界的権威であるカワチ教授は、地域における社会的なつながり(ソーシャル・キャピタル)が住民の健康に与える影響を長年研究している。健康は個人の問題だけでなく、個人が生活している社会からも何らかの影響があるのではないか、という点に着目し、健康を支える要因について研究している。
 ソーシャル・キャピタルは社会関係資本と訳される。地域における人間関係、日本でいえば近所付き合い、地域のネットワークや他者への信頼など、幅広い意味で使われる。カワチ教授は「日本にはお互いさま、情けは人のためならずという言葉で表される独特の人間関係がある。また、深夜に酔っ払って歩いていても犯罪に巻き込まれることはない、というのも目に見えない信頼関係があるからこそ」と語る。
 調査は裾野市、伊豆の国市、伊豆市を対象に、各市から40歳以上の男女1500人をランダムに選び、10月にアンケートを実施した。内容は「ご近所の結束は強いと思いますか」「災害が起こったとき、ご近所の人たちと助け合えると思いますか」など、近所づき合いの度合いのほか、運動回数やアルコール摂取の頻度、喫煙習慣など健康に関するもの、学歴や家族構成など28項目に及んだ。岡山大学によると、回収率は7割近いという。この集計結果と住民の健康度を掛け合わせ、関連性を調べている。


健康的な地域の特徴を探し出す。疾病との関連も調査
 本年度は(1)地域のソーシャル・キャピタル評価(2)ソーシャル・キャピタルのタイプ検証(3)ソーシャル・キャピタルと健康指標との関連分析―などが主な研究テーマとなる。これにより、住民の健康度と地域とのつながりの強さの関係が分かるだけでなく、健康的な人が多く住む地域にはどのような特徴があるのかを調べるという。
 例えば、高齢化と過疎化に悩む人口5000人の徳島県上勝町は、日本料理を美しく彩る季節の葉や花、山菜などの「つまもの」を販売する「いろどり」という会社を設立した。商品が軽量なので女性や高齢者でも無理なく扱うことが出来、高齢者の生きがいづくりと経済的自立に役立っている。中には年収1000万円のおばあちゃんも。カワチ教授は「この地域は自然に恵まれ、きれいな葉っぱがたくさん採れる。地域のおばあちゃんが協力し合うことで、経済的自立が可能となった。そうした地域ごとの人と人とのつながりの特徴を明らかにしたい」と語る。
 また事例調査を基に、地域のソーシャル・キャピタルを高める研究も行う(注1)。「3市にどのようなソーシャル・キャピタルがあるかを調査した上で、どの部分ならほかの地域でも応用できるかを考え、まちづくりに生かしたい」(カワチ教授)という。次年度以降は3市の協力を得ながら、健康データとの関連についても調査を検討している。
 共同研究を行う岡山大の土居弘幸教授は「ソーシャル・キャピタルが豊かな地域は、他の地域に比べどれだけ糖尿病が少ないか、心筋梗塞が少ないか、といったことも将来的には検証したい」と語る。
 寝たきりの状態や認知症にソーシャル・キャピタルがどう影響しているのか、認知症が進む人の割合が多い地域とそうでない地域ではどう違うのか、なども関連性が出るかもしれないという。

注1 各地でソーシャル・キャピタルを向上させる政策的な取り組みが行われている。 カワチ教授と共同研究を行う日本福祉大学の近藤克則教授は、愛知県武豊町と共同で「憩いのサロン」事業に取り組み、住民の交流を活発化し、高齢者の引きこもりを減少することで、介護予防を目指している。また、韓国では「敬老堂」と呼ばれるコミュニティ施設が全国にあり、地域のお年寄りが毎日通っては、ダンス、マッサージ、歌、囲碁などのプログラムを楽しんでいる。昔から一部の地域に存在していたが、1980年代から政府主導で全国に広がった。


研究成果を地域づくりに。住民と行政が二人三脚で
土居教授は「この調査が地域力を高めるきっかけになれば」と期待する
■ 土居教授は「この調査が地域力を高めるきっかけになれば」と期待する
 この研究はファルマバレープロジェクトの一環で、3年をかけて行われる。地域の特徴を生かしながら、住む人も、訪れる人も元気になるまちづくりを推進する同プロジェクトの戦略に合致する取り組みだ。
 元来、この地域には人情が色濃くあった。それが高度経済成長やバブル経済などで競争が激化。特に伊豆では旅館が観光客を囲い込んだ結果、そぞろ歩く人の姿が街から消えた。こうした観光地は今も再生に苦労している。土居教授は「ソーシャル・キャピタルと健康の因果関係が科学的に証明されれば、地域の皆さんも人と人とのつながりをもう一度見直そうという気になってくれるだろう。昔ながらの伊豆の良さを取り戻し、訪れる人にもその魅力を感じてもらいたい。地域の特徴を生かし、住民のニーズに合った方法でソーシャル・キャピタルを高め、この地域から日本を変えたい」と意気込む。
 また、トップダウンの施策も同じように重要だ。「今まで研究した中で明らかになったのは、所得格差がソーシャル・キャピタルを損なうということ。日本でも格差社会が問題になっているが、格差が広がることで人々の絆が破壊されていく。行政も格差を縮める努力をしないと、住民の草の根運動だけではソーシャル・キャピタルは育たない」とカワチ教授は強調する。
 地域全体でソーシャルキャピタルを向上させ、住民の健康維持・向上を図る取り組みはまだ始まったばかり。地域のつながりが深まれば、健康への効果だけでなく、教育面、治安面、経済面にも良い影響が出ることが分かってきている。新しい地域づくりの方法として注目したい。


  三世代同居、活発な世代間交流─
地域コミュニティが色濃く残る 裾野市須山地区
 先月末、研究の進ちょく状況の確認と意見交換のため、イチロー・カワチ教授が来日し、岡山大学の土居弘幸教授とともに、裾野市須山地区を視察した。
 同市の中でも地域住民の結束が強いとされる須山地区で、両教授は団体職員の渡邉吉己さん宅を訪問。地元でれた野菜の煮物や手打ちそばなどを食べながら、地域の状況について話を聞いた。
 須山地区は約880世帯、人口約2400人が住む。市中心部から12キロあまり離れているが、小中学校、幼稚園などの公共施設や、日常生活に必要な商店、金融機関、ガソリンスタンド、コンビニエンスストアなどが一通りそろっている。診療所もあり、急病の場合の対応もできる。
 須山浅間神社の祭りが春秋2回、地区の運動会は老人から子どもまで世代間交流の場となる。小学校でのお飾り作りや、田植え、炭焼き体験などは地域のお年寄りが先生だ。このほか夏祭り、地区祭、盆踊りなど、多様な行事が行われている。同市健康福祉部の江川優子保健師は「ほかの地域と比べ3世代同居が多いので、母親の子育てに対する“困り感"が低い」と語る。日帰り温泉施設「ヘルシーパーク裾野」には須山地区からも無料バスが運行され、毎日、お年寄りが利用。仲間とのコミュニケーションを楽しむほか、独居老人の引きこもり防止にもなっている。
 活発な住民活動を支える財源は自衛隊や地区内の企業に貸す土地代など。区長会、須山登山道保存会、老人会、青年部、母親クラブなど24団体に配布され、住民自らが企画・運営にあたる。渡邉さんは「自治会費を相当額集めて、地域に還元しているのと同じ。よその地域に比べて恵まれている」と話す。
 視察を終えたカワチ教授は「地域活動、ボランティア活動、お祭り、消防団などの興味深い話をうかがい、住民同士の結びつきの強さに感心した。ソーシャル・キャピタルの研究にふさわしい地域」と感想を述べた。
昔ながらのいろりを前に生活の様子を聞くカワチ教授
■昔ながらのいろりを前に生活の様子を聞くカワチ教授
子どもたちにお飾り作りを教えるお年寄り
■子どもたちにお飾り作りを教えるお年寄り



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