サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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 富士宮市が取り組む食のまちづくり「フードバレー構想」が浮上し6年あまり。富士宮やきそばの知名度とあいまって、食といえば富士宮というほど、地域のブランド力が高まっている。10月の「風は東から」は、フードバレー構想を取り上げる。今までの経緯や活動内容、同構想が地域に与える効果を関係者に聞いた。 風は東から

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ7

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フードバレーが目指す循環型社会 市民を主役に6次産業化図る
手探りで始まった「食」のまちづくり
フードバレーのイベントには、市内外から多くの人が訪れ、交流する。そこから新たな取り組みが生まれることも少なくない。左下はフードバレー構想が目指す「食の循環」のイメージ図
■フードバレーのイベントには、市内外から多くの人が訪れ、交流する。そこから新たな取り組みが生まれることも少なくない。左下はフードバレー構想が目指す「食の循環」のイメージ図
 「フードバレー構想」は恵まれた地域資源である「食」を見直し、まちづくりに生かす富士宮市の取り組みだ。基本コンセプトは「食の循環」。食を通じ、(1)産業振興(2)経済の活性化(3)安全・安心な食生活(4)富士宮ブランドの確立(5)地食健身(※1)・食育による健康づくり―を目指している。
 同市はフードバレー推進室を立ち上げ、食に関する豊富な知識やネットワークを持つ地域住民、団体でつくる「フードバレー推進協議会」を発足、2006年からは同構想を市の総合計画にも盛り込んだ。
 同構想をリードする小室直義市長は「市議会議員時代から、富士山のトイレや畜産から出る排せつ物などが環境に与える影響の大きさに危機感を持っていた。昔なら、農産物の肥料になっていたが、今はそのバランスが大きく崩れてしまっている。目指すのは環境に負荷をかけない循環型社会。これを一番分かりやすい食をテーマに進めてきた」と語る。
 04年に、市民に食を題材にまちづくりを始める意思表示として、フードバレーキックオフ大会を開催した。だが、同協議会の増田恭子会長は「最初の1、2年は何をしたらいいのか、戸惑いの連続だった」と当時を振り返る。市民として市長の思いを“翻訳”し、実行するのが協議会の役割と理解していたが、その方策を探し、関係者の意見を吸い上げ、調整するのに苦労したという。
 手始めに、当時ブレークし始めていた富士宮やきそばに、地元産のキャベツや肉かすを使うことを提案。「富士宮イコール焼きそばというのが定着してきたころで、市民がおもしろがって協力してくれる下地ができていた」と増田会長は言う。
 今では「フードバレー推奨農産物認定制度」や食品企業のリスク対応セミナーなどを通じた農産物のブランド化をはじめ、産業フェアや食育まつりなど、年間15以上のフードバレー関連行事をこなす。また、食育基本計画の策定や地元食材を使った「レストラン長屋門」もオープンした。



地域ブランド化で変わる産業構造
  「フードバレーとちぎ」を推進する福田富一栃木県知事との会談の一コマ。左は小室市長
  ■「フードバレーとちぎ」を推進する福田富一栃木県知事との会談の一コマ。左は小室市長
 同構想の推進には、富士宮やきそばを一躍全国区にしたNPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗の存在が欠かせない。富士宮やきそばが10年間で地域に与えた経済波及効果を439億円とはじく。
 同NPOの最も大きな特徴は、生産者がPRするのではなく、市民有志が応援団を作り、加工、販売、プロモーションを行っていること。活動は焼きそばにとどまらず、ニジマス、豚、酪農製品、地酒に広がり、まちづくりシンクタンク「富士宮市地域力再生総合研究機構」を設立するに至った。同機構の代表を務める渡辺英彦氏は「われわれの活動とフードバレー構想は、まちづくりの方向性が一致している。行政が本腰を入れたおかげで相乗効果も出ている」と語る。
 “相乗効果”は同市の産業構造も変化させた。一昨年のリーマン・ショックは工業、特に製造業を主とする多くの市町を深刻な税収減に追い込んだが、食品加工業や食品サービス業などの食関連産業が好調なため、市民一人当たりの工業出荷高が富士市より多いにもかかわらず20億円の減収にとどまったという。
 フードバレー推進室が行った市民アンケートでも、景気が横ばいか、上向いていると答えた人が60%を超えた。小室市長は「早くから食に関する6次産業化(※2)を目指していたが、今回、その成果を目の当たりにできた。市内の加工者や生産者が個別に工夫してやっていることが総じて富士宮のブランド力を上げているようだ」と手応えを語る。
 こうした「富士宮方式」をモデル化し、行政の施策に取り込もうと考えているのが北海道帯広市と栃木県だ。富士宮市と交流都市宣言を行い、地域ならではの資源を生かした食に関する新技術、新製品の開発や、地場産品の販路拡大・ブランド化による地元農畜産物の高付加価値化を図っている。



東農大に「もう一つの富士宮」
子どもたちの柔軟な発想が新しいニジマスのレシピを生み出す
■子どもたちの柔軟な発想が新しいニジマスのレシピを生み出す
 大学との連携も活発だ。04年に東京農業大学と「フードバレー推進に向けた包括的連携協力協定」を締結した。
 フードバレー推進協議会の活動の一つに、東農大での「フードバレーショップ」がある。世田谷区にある同大の「食と農の博物館」内で毎月1回、富士宮の物産展を開いている。採れたての野菜や農産加工品などが並び、世田谷区民に人気が高い。最近では、館内のセミナールームで一般向けにニジマスのセミナーやお菓子作り講座も受け持つ。増田会長は「東農大は富士宮に一番近い東京。とても気楽に行ける場所。物産を販売するだけでなく、農産物やセミナーを通して富士宮のことを知ってもらい、誘客にも結びついている」と語る。
 また、小室市長は同大の中村靖彦客員教授が会長を務める日本食育学会の理事に、自治体の長として唯一名を連ねている。同学会は、食育基本法が制定され、食育に関心が高まる中、欧米の要素が大きい栄養学ではなく、日本の伝統的な食文化を盛り込んだ「食育学」を体系付けようとする団体だ。「今後は食育学を構築していく中で参考事例として富士宮が登場するだろう」(小室市長)という。
 日本大学国際関係学部・短期大学部とも連携協力協定を締結しており、芝川のりの調査研究や、特産品の機能性調査などで連携した取り組みを行っている。



食育生かし「生きる力」を育む
  「フードバレーは子どもからお年よりまで、みんなを元気にする。関わる人と人との結びつきが魅力」と語る増田会長
  ■「フードバレーは子どもからお年よりまで、みんなを元気にする。関わる人と人との結びつきが魅力」と語る増田会長

 産業化とともに力を入れているのが食育だ。08年に策定した「食育基本計画」には感謝の気持ちや礼儀作法、食卓を大切にすることなどが盛り込まれている。家庭の食卓を食育の原点と位置づけ、毎月第3日曜日を「食卓の日」と定めた。家族そろって食卓を囲み、地元の食材を使った料理を食べる機会を増やす取り組みだ。
s また、市内の小中学校では月に1度、特産品のニジマスが給食に登場する。前年度は市内三つの中学校でニジマスのアイデア料理に取り組み、レシピ集を作成。その中から春巻きとシュウマイを地元食品加工会社が商品化することが決まった。
 今年3月には、食を通じた交流を行っている福井県小浜市から中学生の修学旅行を受け入れた。中学生たちは自分の町のPRをテーマに、小浜の特産品を富士宮の商店街などで販売した。富士山や田貫湖なども見学し、「おかみさんの会」との交流会では、富士宮やきそばやニジマス、手打ちそばを味わったり、小浜の歴史の寸劇を披露したりしたという。
 増田会長は「机に向かう勉強でなく、社会的な活動に参加することで自分たちの地域に特別な思いが生まれ、地域のために何ができるかが分かってくる。ある意味この構想の最終的な目標は、食を通じて社会的な活動にかかわったり働いたりできるか、というものかもしれない。そうした生き方の勉強につながれば」と期待する。
 同構想は経済効果、教育効果にとどまらず幅広い分野に波及する。今後は食を通じてがん・急性心筋梗塞(こうそく)・脳卒中の3大疾病を少なくするのが目標だ。関係者の熱い思いを原動力に食のまちづくりはこれからも続く。

※1 地食健身…その土地で採れる食材を食べることで健康な体を作ること。小室市長が提唱
※2 6次産業化…農業などの第1次産業が食品加工や流通販売にも多角的に展開する事業を指す




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