サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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幼少時代を過ごした伊豆を多くの文学作品に残した井上靖(1907-91)。伊豆人の人情と豊かな自然が育んだ井上文学の根強いファンは多い。天城や伊東、沼津など、伊豆を舞台にした映画「わが母の記」は静岡県でも多くの人が見た。2月は、文学を入り口にした伊豆の新たな楽しみ方を取り上げる。あわせて懇話会が昨年行った全体会での、原田眞人監督を招いたトークショーの模様をお伝えする。 風は東から

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ11

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官民一体で文学の郷づくり
井上靖をしのぶ「あすなろ忌」
 1月27日、伊豆市で作家・井上靖をしのぶ「あすなろ忌」が開催された。午前中は市内の井上家の墓参、「天平の甍」に登場する揚州市の鑑真和上ゆかりの花・瓊花(けいか)を記念植樹した後、午後からは天城会館で湯ヶ島小学校児童による詩の朗読や井上靖作品読書感想文コンクールの発表・表彰式が行われた。続く座談会には、井上靖の長男修一氏、次男卓也氏、次女黒田佳子氏、孫の浦城義明氏が登壇。「子どもが語る 父のナイショばなし」と題し、在りし日の井上の姿や母・八重との関係などが語られた。会場には県内外から井上ファン約200人が訪れ、熱心に聞き入った。
 「あすなろ忌」は旧天城湯ヶ島町時代から続く行事。井上靖の命日に近い日曜日に開いていたが、合併で一時途絶えた。2007年、伊豆市の「井上靖生誕100年記念祭」に合わせ地元有志が「ふるさと会」を結成。その後は同市教育委員会と共催であすなろ忌を続けている。同会副会長の鈴木基文さん(伊豆市)は「あすなろ忌を単なる観光イベントにするのではなく、井上靖ゆかりの人や地域と地元がどのように関係性を育み、作家と作品の魅力を語り伝えていくかに力点を置いている」と語る。
■座談会では井上靖の家庭での様子や映画に登場したシーンなどが語られた


文学は伊豆を楽しむ新たなツール
 伊豆で井上靖の文学を楽しむ、あるいは井上文学を通じて伊豆の奥深さを知る方法はいくつもある。2005年に井上靖文学散歩研究会が編纂(さん)したガイドブック「洪作少年の歩いた道」は、伊豆を舞台に書かれた自伝的小説「しろばんば」「夏草冬濤」に登場する場所を詳しい解説付きで紹介している。白壁荘(宇田治良社長)は、「しろばんば」の主な舞台をめぐる「文学散歩」を行っている。地元でなければ分からない話が聞け、井上靖ゆかりの場所を案内してもらえると好評だ。
 昨年、小説「わが母の記〜花の下・月の光・雪の面〜」が、沼津市出身の原田監督により映画化された。伊豆市や沼津市など各地でロケを行い、美しい伊豆の景観を切り取ったこの映画は、第35回モントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリを受賞、全国で約130万人を動員した。


伊豆を文学の郷へ
 伊豆市を昔から多くの文士たちが訪れた。道の駅天城越えの「伊豆近代文学博物館」には、井上靖直筆の原稿、愛用品をはじめ川端康成の「伊豆の踊子」の生原稿など貴重な品々が展示されている。
 今年は県の伊豆文学フェスティバル(※)にあわせ、「伊豆文学まつり」を開催(2月1日〜3月3日)。文人ゆかりの旅館での秘蔵品の特別展示や、文学塾、天城を題材にした映画の上映会などを行っている。
 伊豆文学フェスティバルとの連携は今回が初めて。あすなろ忌をフェスティバルのプレイベントとして広報に努め、3月3日の伊豆文学賞授賞式当日は修善寺、土肥、湯ヶ島を回る「伊豆文学散歩」も行う。
 同市の大石勝彦副市長は「井上家から生家跡地を市に寄付していただき、瓊花の植樹も行った。伊豆文学まつりには市内の旅館、市民団体などに多数協力いただいている。地元の盛り上がりを通じて文学の郷づくりに力を入れたい」と抱負を語る。
 少子高齢化が進み、物の豊かさより心の豊かさが大切と感じる世代が増えている。人が動くきっかけも、都会では失われてしまった自然景観や、地域が生んだ文学、歴史などだろう。自然と文化・歴史が息づく伊豆にはまだまだ多くの可能性が秘められている。

(※伊豆文学フェスティバル…川端康成や井上靖などが優れた作品を数多く生み出した県東部・伊豆の特性を生かして、伊豆をはじめとする静岡県を題材とした文学作品を募集する「伊豆文学賞」などを開催している)

【井上 靖】 略歴
1907年、北海道旭川生まれ。父の任地転換により、幼少時には静岡県の湯ケ島で育てられた。
京都大学卒業後、毎日新聞社に入社。1950年「闘牛」で芥川賞を受賞。51年同社を退社して以降、次々と名作を生み出す。芸術選奨文部大臣賞、野間文芸賞など、受賞作多数。76年に文化勲章を受章。91年逝去。享年83歳。数々の作品がドラマ化・映画化されている。

写真:井上靖文学館提供


幼少期を伊豆で過ごした井上靖と伊豆の関係について、 長男・修一氏と井上靖文学館の松本亮三館長に聞いた。
井上靖長男・修一氏
(筑波大学名誉教授)

「三位一体の文化運動」

 読書感想文コンクールには、全国から655もの応募があった。選ぶ方はうれしい悲鳴だ。ただ、入選するのはみな東京の子。地元の子どもはめったにない。伊豆の子どもたちも賞が取れたらなあ、と思う。
それは、逆に言うと「しろばんば」の世界がこの地には残っているからだ。東京などでは完全になくなっているので、夢の世界として人気が高い。
「しろばんば劇団」は、毎年といっていい程、しろばんばの劇を上演している。父が亡くなって20年、演じた回数も15回は越えているだろう。内容も面白いが、特に素晴らしいのが、子ども役で出演した人の子どもがまた出ていること。毎年必ず地元の子どもたちが出て、家族が見に来ている。この劇団の活動は素晴らしい財産だ。
「あすなろ忌」は、湯ヶ島という共同体―作家とこの地を舞台にした作品と、この地にすむ人々―が三位一体になって続いている幸せな例だと思う。言い換えれば、一種の文化運動だと思う。

井上靖文学館松本亮三館長
(長泉町クレマチスの丘)

「心のよりどころを映す鏡」

 井上靖の考え方は伊豆で培われた。幼い頃の天城の自然と、良いことも悪いこともひっくるめた人と人とのつながりが、後の井上文学の礎となった。
 3・11以降、行方不明の方はまだまだ大勢いる。故郷を捨てざるを得ない人が何千、何万人いるのか。その人たちの魂はどこに帰るのか。菩提寺が流されてしまった人もいるだろう。
 井上文学は自分のよりどころがあった方がいいのでは、と問いかけてくれる。それは、「しろばんば」や「幼き日のこと」のような自分が育った場所をいいなと思う気持ちだ。東京では分からない、ネットでも分からない。縁の深さと広がりが都会では限定される。それを求めて人は伊豆へ向かう。
 自然の中に自分を置いてみよう。伊豆ではゆっくり雲が動く。風の冷気が感じられる。光と風の古里へ帰ってきたのだ。
 井上作品に出てくる風景や人物は、読む人の心のよりどころを映す鏡となっている。


サンフロント21懇話会は昨年12月、沼津市内のホテルで、映画監督原田眞人氏を招き「映画『わが母の記』を語る」をテーマに全体会を行った。

映画監督 原田眞人さん

「伊豆の風景 世界に発信」

 鑑賞者数全国トップ10の映画館に静岡県の3館が入った。県内の多くの方に見ていただき、ありがたい。
「わが母の記」の原作は欧米で多く読まれ、特にヨーロッパで人気が高い。海外の映画祭でも、あの場所はどこだ、行ってみたいと反応が大きかった。ラストシーンは沼津市の小浜海岸。千本浜からの眺めや沼津の風景が子どものころからの記憶に残っていたから、この場所は外したくなかった。市民総出で協力してごみを片付けていただいた。美しい映像のベースには、スタッフだけではなく、地域住民の協力が息づいている。
あらためて動き回ってみて、ワサビ田や滑沢(なめさわ)渓谷の美しさも初めて分かった。この先に撮りたいのは「しろばんば」。今度は1920年代の伊豆を描く。峠道、ワサビ田、この伊豆の世界を残しておいていただければ、5年以内に何とか作り、世界に発信する映画にしたい。


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