サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から   伊豆半島の豊かな自然と温泉、そして旅館のおもてなしは昔から多くの文人墨客を引きつけ、数々の名作を生みだした。今、地域に残るこうした資源を「日本遺産」に登録しようという機運が高まっている。8月の「風は東から」は先月の伊豆地区分科会パネル討論を取り上げる。パネリストに、伊豆市の菊地豊市長、NPO法人全国街道交流会議の古賀方子専務理事、「伊豆の踊子」の舞台となった福田家(河津町湯ケ野)の女将稲穂照子さんを迎え、日本遺産登録に向けた課題と可能性について議論した。コーディネーターは企業経営研究所の中山勝常務理事(サンフロント21懇話会TESS研究員)。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ5

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日本遺産登録目指し 地域の物語を再発見
■「文豪と老舗旅館」 テーマに登録検討

 中山 昨年の伊豆地区分科会で古賀さんから「『文豪と老舗旅館』で日本遺産の登録を目指したらどうか」という投げ掛けをいただきました。まずは伊豆の観光動向についてお話しください。
 菊地 伊豆市の総生産額は2009年から緩やかな回復基調にあります。これは道路開通の効果が大きく、新東名が東駿河湾環状道路を経て修善寺温泉までつながった結果、修善寺温泉の宿泊客は前年比9%増となりました。
 また、土肥、湯ヶ島ともにウオーキング、ハイキングのお客さまが伸びています。「水恋鳥広場」という川遊びができる場所は有料ですが、口コミでどんどん利用者が増えています。また、天城山ハイキングに年間10万人が訪れます。こうした要素に加え、食と日本文学がありますので、日本遺産登録を目指さない理由はありません。
 中山 稲穂さんは「伊豆の踊子」の舞台となった福田家を経営されていますね。
 稲穂 今の湯ケ野に昔の面影はありません。旅館は3軒となり、湯ケ野温泉のシンボルだった国民宿舎も取り壊しが決まっていま す。ただ、共同風呂は健在です。作品の中で14歳の踊子が真っ裸のまま飛び出してくる、あの共同風呂は大切にしていきたいですね。  数年前まで中高年のご夫婦が利用の中心でしたが、インターネットの関係でしょうか、20代、30代のグループ、カップルが増えました。源泉かけ流しを目当てのお客さまが7割、あとの3割が「伊豆の踊子」巡りです。外国客に限っては9割が「踊子」です。
 外国の方向けに伊豆の踊子の着付けサービスを始めました。皆さん写真をすぐにツイッターなどで友達に送っています。
 古賀 高度経済成長期を過ごした子ども時代、家に日本文学名作全集があり、岡本綺堂、川端康成、井上靖を読んでは伊豆の風景を空想していました。
 名だたる文豪を育てた白壁荘の「先生の間」では仕事もさせていただきました。同じ場所で仕事をすることができ、感慨深かったです。
 こうした、文豪たちが伊豆に残した文化的な遺産やゆかりのある温泉旅館を何とか残してほしいという思いから日本遺産登録をご提案しました。

■稲穂 照子 氏
福田家女将

「伊豆の踊子」の舞台となった川端康成ゆかりの宿、河津・湯ケ野温泉「福田家」の女将。川端のノーベル文学賞受賞後は、引きも切らない鎌倉の川端宅への訪問客らへのお茶出しや揮毫の手伝いなどを行った。
昭和女子大理事

 



■足元の宝をストーリー化

 中山 稲穂さんは若いころ川端先生の鎌倉の自宅でお仕事をした経験をお持ちです。先生はどんな方だったのでしょう。
 稲穂 川端先生は伊豆をよくご存じでした。地図やガイドブックなど見るわけでなく、今日は大滝に行きましょうと言って、運転手には北に向かってくださいとか、南下してくださいと言っていました。
 茶目っ気のある方で、私は運転が下手なのですが、先生はそれを知っていて命じるわけです。やむを得ず運転をすると案の定、店の日よけをバリバリ壊したり、店先の人形を倒したり…。そのたびに先生はごめんなさいね、と言って相手にお詫びの修理代を手渡していました。ある時は鍵を車内に閉じ込めてしまって、JAFが来るまで長い時間外で待っていました。それでも怒るわけでなく、面白いねと言って楽しんでくださいました。
 中山 湯ヶ島では川端康成学会や檸檬(れもん)忌の復活など、文学にまつわるイベントが盛り上がっています。これらをどう観光振興に結び付けますか。
 菊地 落合楼村上、白壁荘、湯本館は伊豆の文豪を語るうえで貴重な施設です。梶井基次郎が逗(とう)留した湯川屋も建物は残っていますし、世古の湯も営業しています。美しい湯ヶ島の風景の中を川端も井上靖も歩いて楽しんだと思います。
 一方、幾つか課題もあります。廃墟になった旅館が湯ヶ島に6軒ほどあり、解体に2億円かかります。地元のわれわれも、お客さまも歩く場所ですので、空き家対策特別措置法、伊豆市の景観計画などを上手に活用して改善していきたいですね。「しろばんば」に出てくる「上の家」も個人で所有・保持するのは難しいでしょう。行政に管理をさせていただくべきと思います。井上の生家も今は移築されていますが、元の場所に戻すべきです。
 古賀 全国街道交流会議は国交省、文化庁、観光庁、経済産業省に主務担当窓口を置いてもらっています。日本遺産の話は文化庁から早い段階で話を聞いていました。一つは世界遺産を目指したいと手を挙げた自治体を拾いたい、また、東京五輪を通じていかに地方にお客さまを運ぶか、文化面でいかに地方創生を進めるかも大きな目的です。
 選定基準は、あまり知られていない魅力があるか、専門的な知識がなくても理解できるか、地域ならではの文化がストーリーにいかに表れているか―などです。
 温泉地の事例では、鳥取県の三朝(みささ)町があります。これまで三朝温泉は単体で観光PRをしており、近くの国宝「三徳山投入堂(みとくさんなげいれどう)」とは連携していませんでした。
 三徳山と三朝温泉をつなぐテーマはないだろうかと資源を掘り起こしたところ、白いオオカミによって三朝温泉が発見された伝説が三徳山にもつながっていることを突き止めました。功労者は三朝町の文化財課長です。
 日本遺産に向けて地域の宝を掘り起こし、自分たちが気づかなかった資源や物語が見つけられる、この効果は地域にとって大きいと思います。

古賀 方子 氏
NPO法人全国街道交流会議
専務理事

編集者、プランナー。2002年有志で「全国街道交流会議」を設立。各地のまちづくり、みちづくりへの支援や国への政策提言などを行っている。昨年7月の伊豆地区分科会で、伊豆地域と文豪たちの関わりの活用を提案


■菊地 豊 氏
伊豆市 市長

1981年防衛大卒。陸上自衛隊に入隊。防衛大教官を経て国連モザンビーク平和維持活動に携わる。在ドイツ日本大使館防衛駐在官、第5普通科連隊長などを歴任し、1等陸佐で退官。2008年伊豆市長。現在3期目


■発展の鍵は 地域のやる気

 中山 次に今後の進め方について説明をお願いします。
 菊地 文学の里づくりを強化していきたいと思います。県の伊豆文学フェスティバルを湯ヶ島で開催したとき、湯ヶ島の人たちがあすなろ忌から1カ月間、地元でさまざまな事業をしてくれました。フェスティバル自体は表彰式だけですので、現代作家を呼んだシンポジウ
ムなども開催したいですね。
 東京五輪も文化プログラムが義務付けられているのでより裾野の広い活動にしたい。その中の一つとして文学は大きなテーマになるのではないでしょうか。
 稲穂 川端先生が伊豆序説で「伊豆は大きな公園である」と言いました。自然の恵みがあり美しさがあると絶賛しています。東北の旅館から見たら恵まれすぎてあぐらをかいている、と言われます。
 伊豆は無色透明、無味無臭の素晴らしい温泉です。これをかけ流しで提供することは大切ですし、食も海・山・川と何でもあります。こうした宝を地域の皆さんに再認識・理解してもらい、皆さんを味方にして心からのおもてなしをしていったら、素晴らしい地域になります。
 古賀 日本旅館は外国の方を迎えても恥じない本物の体験があるべきで、日本人にとっては本物に目覚めてもらう装置になる役割があると思います。
 周辺に観光客が増えるだけではだめで、旅館に泊まり、若き文豪にそういう体験をしてもらいたい。そこには世界に誇る伊豆の旅館のおもてなしがある。それがあって、伊豆の文豪にまつわるストーリーがあるとすべきですね。
 ではどう残していくのか、それが皆さんで議論すべき課題です。
 中山 会場から意見をお願いします。 
 土屋優行副知事 日本遺産は登録が目的でなく、地元の方々が歴史文化自然を踏まえてどういう地域にしていきたいかを考える作業です。
 今後、伊豆縦貫道が南や西海岸までつながります。しっかりした高規格道路ができればできるほど、素通りされないような光る地域づくりをしないとならない。伊豆地域は県の宝ですのでわれわれも努力したいと思います。
 相馬宏行河津町長 先日、長野県塩尻から2泊3日の旅の最中、奈良井宿で地域の方がはたきをもってちりを払っている光景に出合いました。行政が施設を作ってもそれをいかに守り、後世に伝えるかは地域の方々の努力次第です。歴史を顧み、文化を育まない地域に発展はないと思います。素晴らしい提案をいただいたので、伊豆市の関係者をはじめ、今日ご参加の方々のお知恵を借りながら、ぜひ日本遺産登録を目指したいですね。

■中山 勝 氏
企業経営研究所 常務理事
(サンフロント21懇話会TESS研究員)

慶大大学院経営管理研究科修了。スルガ銀行入行後、企業経営研究所出向。主席研究員を経て2008年5月から常務理事。県、沼津市、三島市などの委員や日大国際関係学部非常勤講師などを務める


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