サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から誰も経験したことのない「超高齢社会」が進む日本で、医療から地域の在り方までを変革するプロジェクトが進んでいる。7月の「風は東から」は開院から15年が経過した県立静岡がんセンターの取り組みと、ファルマバレープロジェクトが目指す理想の地域づくりについて、同センターの山口建総長に聞いた。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ4

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和の心で理想のがん医療 老化現象克服へ知恵結集
■立を支援する システムづくり

■山口 建
静岡県立静岡がんセンター総長
(兼)研究所長(併任)静岡県理事
1974年慶應大医学部卒。81年東京大医学博士号取得。86年国立がんセンター研究所内分泌部部長、99年研究所副所長を経て、2002年より現職。1999〜2005年宮内庁御用掛。乳がんの治療や腫瘍マーカーの開発を手がける一方で、患者の生の声から「がんの社会学」を研究。「がんよろず相談」を設け、治療だけでなく患者の悩みや不安の相談にのる仕組みを創設した。6月末、政府のがん対策推進協議会会長に就任

 2002年に静岡がんセンターが開業してから、理想のがん医療を追究し、実現した15年だったと思います。
山口 静岡がんセンターを開院するにあたり1994年頃から検討を始めました。理想のがん医療をどのように具現化するか、また、21世紀のがん医療とは何かについて、世界中を回りました。
米国の国立がん研究所の友人を訪ねた際「研究志向か、患者志向か明確にした方がいい」というアドバイスを受けました。ちょうどその頃、国立がんセンターのプロジェクトも手掛けていたので、国立がんセンターは研究志向、静岡がんセンターは地域に立脚した患者志向‐という明確な目標を立てました。
それから15年、患者家族支援に関しては「朝日がん大賞」をいただき、当初考えていた理想のがん医療に近づいていると思っています。
 静岡がんセンターのマークは富士山と心をモチーフにしていますね。
山口 私が主治医を務めていた高松宮妃喜久子殿下が「日本人には和の心がある」とよく話されました。シンボルマークの「心」には患者の心、職員の和の心、ファイティングスピリットという意味を込めています。
また、全国の病院に先駆けて「多職種チーム医療」を進めてきました。医師、看護師、コ・メディカルが対等の立場で、自分たちのやれることを行う。患者家族が中心に置かれているので、満足度が高まります。これも「和の心」の表れです。
 今後の静岡がんセンターが目指すところを教えてください。
山口 最初に考えた目標の8〜9割は実現したと思います。これを維持することが大切です。
もう一つ大事なのが「患者さんの医療への参加」です。患者さんというのは医療を実践する上で、重要な役割を担う存在です。今は、言葉は悪いですが「お任せ型医療」。十数年でそこは打破してきたつもりですがまだまだ足りません。
これから超高齢社会が進み、一人一人に手厚い支援ができなくなってきます。患者さんの自立が望まれる場面も増えるでしょう。ただ、単に「がんばれ」ではなく、支援のためのシステムやツール作りも必要です。
県東部に住むと、日々の生活において最後まで自立して暮らすことができる、そういう地域になればいいと思います。
 病気を抱えている方も地域で自立ができるということですね。
山口 多くの自治体が「健康増進都市」とか「健康寿命の延伸」を目標に掲げています。しかし、これからは、健康寿命が尽きた人が、最後の10年をうつうつと過ごすのか、健康寿命は尽きたけど数年は自立して生きたよ、となるのか。健康寿命と本来の寿命の間にもう一つ何かつくれないかー。いわば「半健康寿命」への対処も必要です。
 病気や体の障害はあるが、精神的には充実し、自立している。すべて介護のお世話になるのではなく、一部お世話してもらう。心の持ちようとしてはその方がいいのではないでしょうか。

 


■老化現象へ ファルマが一丸

■老化現象と老化関連病(作成:静岡がんセンター)

 そうしたことを実現するのが、これからのファルマバレープロジェクトですね。
山口 ファルマバレープロジェクトの行政的仕組みが、「ふじのくに医療城下町推進機構」として独立したこともあって、「超高齢社会における自立支援のものづくり」という観点での検討を進めています。
 ひとくちに「老化現象」と言っても種類や程度はさまざまです(図)。老眼、難聴、高血圧、糖尿病、更年期障害。排便機能異常、排尿障害、不眠ー。今までは個々の現象を対象にスポット的に開発してきましたが、これからは関係者全員がこの図を前に考えようとしています。そうすれば、ツールや薬、あるいは生活習慣の改善など、幾つかの克服方法が見えてきます。周りの企業が解決できる技術を持っていたら、ファルマバレーとして取り組みましょう、と決めました。
 また、これらの情報を集めることで、ファルマバレーセンター(PVC)が情報の中心にもなります。ここに聞けば信頼のあるものが分かるし、嘘は排除できる。
 超高齢社会の課題を解決する市場は右肩上がりです。日本が一番困っていることであり、グローバル的にも日本がリードする分野であるのは間違いありません。
 すでに幾つか開発されているそうですね。
山口 がん患者に必要なものは高齢者にも役立つことが多く、今までに開発したものもこのテーマに合致します。要介護の人がベッドから車椅子に移るときの移乗装置は開発途中です。
 今、眼鏡型の拡大鏡が良く売れていますが、より良いものの開発も必要です。難聴のための補聴器の最高峰は片方が50万円程度ですが、満足できない方が多いと思います。しかし、発想を変えて、大きな機器でも、普段いる部屋では不自由なく聞こえるシステムなどの開発は容易でしょう。生活の不自由さを感じさせない高齢者の住む部屋をどう設計したらいいか、となれば建築業界も参入できます。
 例えば6畳ほどの広さにベッドやテレビが置いてあって、今はやりのAIスピーカーに「これしてくれ」と言うと何かが出てくる。また、天井からクレーンを下げて、ベルトをパチッとはめただけで部屋中移動できるといったものもあると便利でしょう。最後に残るのは多分、排せつ、特に排便です。宇宙飛行士が宇宙服の中でどうしているのかをヒアリングしましたが、なかなかいいものがありません。


■大切にしたい 豊かな心づくり
■高齢者を支えるものづくりが進む(イラストは移乗装置のイメージ)

 ものづくりだけでなく、医療のシステムを社会の変化に合わせる必要がありますね。
山口 高齢者は、老化現象が進み、病気に罹(かか)る機会が増します。自家用車を運転できる間は良いが、交通手段を奪われると医療機関に通うことも困難になります。在宅医療は、対象者の自宅を訪問することが基本ですが、この分野も人手不足で、対象者がこれ以上増えると自宅への訪問にもいずれ支障を来します。また、訪問に要する行き帰りの時間を考えると効率的なシステムとは言えません。
 現在、地域包括ケアシステムなどの整備が進められていますが、いずれ、医療・福祉・介護の提供システムの大幅な見直しが必須となるでしょう。全ての機能を1カ所にまとめた医療・福祉・介護モールを商店街や大型商業施設に隣接して造り、公共交通機関の整備を図るなど工夫が必要です。
 超高齢社会では心のありようも大切な要素です。交通や情報基盤が整う中、東部の文化レベルはなかなか上がらない印象ですね。
山口 宮沢賢治は「イーハトーブ」という理想郷を夢見ていました。「岩手(いはて)」とロシア語で地名を表す「オブ」を合わせた造語です。静岡県「東部(トーブ)」も理想郷を目指す十分な資格があります。
 まず、この地は自然環境が素晴らしく、暮らしやすい場所です。その上で、高齢者の心構えとして、「豊かな心」を鍛えることが大切です。同時に、「この地域に住んでいて良かった」と思える暮らしの環境整備にも力を注がなければなりません。
 しかし現実には、住民の流出が続いています。県東部が住民にとっての理想郷に至っていない理由の一つとして、静岡市や浜松市に比べて文化レベルが追いついていないことが挙げられます。先日、小田原・箱根に行ってきたのですが、沼津・三島・伊豆とはどことなく違いますよね。私は「洗練度」と「素朴さ」の差ではないかと思っています。若いうちは、大きな可能性を秘めたこの地の「素朴さ」も必要ですが、人生経験が豊富な高齢者には、外見・内面を合わせた「さりげない洗練さ」が心を落ち着かせてくれると思います。
 人生100年時代の静岡県民が、80歳になっても90歳になっても自立し、自分の意見を言い、趣味を生かせる地域になるよう努力していきたいと思います。



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