サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から  昨年8月に開設した県の先端農業研究開発拠点「AOI-PARC(アオイ・パーク)」は「オープンイノベーション」を合言葉に、研究成果を応用し、農業の生産性向上と農業を軸とした関連産業のビジネスにつなげることが役割だ。本年度、県庁内の先端農業推進室が同施設に常駐し、拠点化が着々と進んでいる。10月の「風は東から」は、開設から1年余が経過したAOI-PARCを取り上げる。どのような研究開発が進み、今後どう展開していくのかを県経済産業部の津久井剛理事と県の外郭団体AOI機構の岩城徹雄専務理事に聞いた。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ7

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農業に新たな商機を体制強化し世界目指す
■次世代の農業をしっかり支える

■慶応大と理化研のアイデアと設計で作られた次世代栽培実験装置

― 開設から約1年がたった手応えをお聞かせください。
津久井 本県の農業は、農芸品とも言える農産物を数多く産出しており、非常に高いポテンシャルを持っています。そこに、本県製造業の高いものづくり技術と科学技術を活用することで、飛躍的な生産性の向上と農業産出額の増加に取り組んでいます。
 このAOI-PARCは、産学官金の多様な参画によって研究開発を進める拠点として整備しました。「次世代栽培実験装置」という最先端の設備を導入した他、慶応大、理化学研究所に入居いただき、世界レベルの「知の集積」が実現し、革新的な栽培技術の開発や品種開発の取り組みが進められています。
 また、農業及び関連産業のビジネス展開に取り組む民間事業者など10社が入居し、AOI-PARCの拠点機能を活用して研究開発を実施しています。
 さらに、こうした民間企業の研究開発支援や成果の実用化を推進するAOI機構では、コーディネーターを増員し取り組みを強化しています。
 県としても、県農林技術研究所に新設した次世代栽培システム科や施策の企画調整を担う先端農業推進室を常駐させており、AOI-PARCの機能や体制が整ってきていると感じています。
― 世界に一つの「次世代栽培実験装置」に期待が集まりますね。
岩城 この装置は、植物をさまざまな環境下で育てることができます。温度、湿度、CO2、光量(質)などをそれぞれ細かく設定できます。つまり、どのような条件下で育てると機能性の高い成分が多くなるのか、早く育つのかなどの栽培の仕方、料理でいうところの「レシピ」ができます。現在、機能性成分が多く含まれ、生で食べても苦みやえぐみの少ないケールの栽培の仕方を開発中です。
 また、新しく開発した品種や「栽培レシピ」の事業化について、いろいろなアイデアを出し合って着地を想定しながら、開発段階から企業や研究機関と協力して進めています。そこがこれまでの県の研究機関と違うところです。
 


■産地が抱える課題を解決
―地域への波及効果についてはどうお考えですか。

■AOIーPARCを支える県の津久井剛理事(左)と機構の岩城徹雄専務理事

岩城 AOI機構のコーディネーターが企業や農業生産者、研究機関を回って研究開発中のシーズはもちろん、農業生産者や企業と研究機関をつなげたり、企業同士のマッチングをしたりと、1年間でだいぶ下地づくりが進みました。現在、高機能性品種の育成や完全閉鎖型植物工場での生産技術の向上など、12社が研究開発を進めています。具体的な成果も年度末には見えてくると思います。
研究成果をビジネスにして社会に広げる仕組みの一つが会員組織「AOIフォーラム」で、AOI機構が運営しています。10月末で35業種146企業・団体となりました。農業生産者だけでなく、金融機関、製造業、建設業などさまざまな業種の方が集まって交流をしています。
津久井 設備面では、本年度中に太陽光利用型の高度複合環境制御施設を整備します。次世代栽培実験装置で作った「栽培レシピ」を、より現場に近い環境で検証する施設です。ここで取得したさまざまなデータを、実際の現場でどのように活用するかを研究するもので、来年度当初には稼働予定です。
 個々の農家が稼ぐ力をつけるのはもちろん、産地が抱えている課題、例えばイチゴ農家を悩ませる炭疽(そ)病を私たちAOI-PARCが解決していくことや、実際に産地に入り込んで研究テーマとして取り組むという方法も有効だと思います。

AOI-PARCの「知の集積」を支える、慶応大、理研の研究
斎藤徳人
理化学研究所 光量子工学研究センター上級研究員
「光学分野で農業に貢献」

【研究内容】

 イチゴの葉や果実を侵し、枯死を招く炭疽病を、早期発見することで被害防止につなげる。イチゴ苗の葉の周辺に微量に発生するガスをレーザー光で計測し、罹患(りかん)しているか否かを見極める。本年度は実際の親株の圃(ほ)場で約4カ月にわたり、計測実験を行った。

病害の早期発見を可能に
 実験の結果は統計処理などの分析過程を経て、病害の有無の診断につなげる。今後、実用に向けて、適用可能かどうかの見極めを、改めて実験室に持ち帰って行う。年度末には、現状の方法にさらにアレンジが必要かどうかも含めて結果をまとめたい。この計測法、分析法、それらの組み合わせが適切かどうかは研究の命なので、丁寧に進めなければならないと思っている。
 実験を進める中で、初めてイチゴ苗の圃場に入った。ご協力いただいた韮山営農センターの皆さまも期待されているので、こちらもやりがいを感じている。

野菜の健康診断にレーザー活用
 ライダー(LIDAR)という計測手法がある。たとえば、5メートル先の壁にレーザーを当て、跳ね返ってくる光の強さで表面の状態を調べるもので、トンネル内壁面上のクラック探しなどに用いる研究も進んでいる。
 初期の病気の葉は、表面からでは分からないが中が傷んでいる場合がある。光合成をするクロロフィルという物質にレーザーが当たると健康な葉は赤く光るが、病気になると発光しないか、発光強度が著しく低下する。光らない部分ができて、それが大きくなれば、この葉は傷み始めているというのが分かる。
■イチゴの苗や葉から出る微量のガスの検知作業
 また、ライダーの技術は葉の輪郭や葉脈の形などの外形も把握できるので、葉の内部のどのあたりから病害が発生しているかが分かるようになると考えている。いわば「野菜の健康診断」だ。このように農業分野でのレーザーの活躍の場を広げていきたい。
神成淳司
慶応義塾大 環境情報学部教授
内閣官房 副政府CIO 情報通信技術(IT)総合戦略室長代理
「経験と勘を次世代につなぐ」

【研究内容】

 IT技術を活用し、熟練農家の優れた技能を学習するシステムを開発している。イチゴの栽培やミカンのせん定・摘果の様子をアイカメラで撮影し、聞き取りを行った結果を、スマホやタブレットなどで学習できるようにする。10月からJAなんすんの協力を得て取り組みを進めている。

水やり10年を3年に

 農業の世界では「水やり10年」というが、経験と勘の世界に情報技術を入れる「AI農業」を10年前から提唱している。
 ミカンはどの実を摘果するかで味が変わる。摘果しないと甘くならないし、しすぎると収量が落ちる。どのミカンを摘果するのかが、農家の経験と勘だ。
 こうした熟練農家のノウハウを、新規就農家らが短期間で学べる支援システムを開発している。スマホやタブレットを使いゲーム感覚で学べ、経験値が小さくても圧倒的に失敗が減る。
 今は、JAみっかびでの研究成果を、JAなんすんの寿太郎みかんでバージョンアップしている。県内のミカンの栽培ノウハウを県内で共有して、本県のミカンを強くしようと横展開を図っている。

■熟練農家の摘果をアイカメラで撮影した画像
世界的な研究拠点化へ
 われわれが目指すのは、付加価値の高い生産物を安定的に栽培することだ。次世代栽培実験装置は農家の栽培方法を特殊な環境で再現でき、さらに高度化できる。あるいは、足りなかったり未経験だったりする環境をつくることができる。稼働が本格化すれば、世界中から研究者が集まりこの地域の研究レベルが上がる。この設備を使った新しい研究が出てくる可能性もあるだろう。
 農業は装置を作る産業でもあるので、すそ野が広がる。また、ベンチャーが参入するチャンスになる。農業は夢がある産業だ。いろいろな分野から人が入ってくるべきだし、入りたいと思える環境をここ、静岡から創っていきたい。


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