サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から本県は代表的な産業クラスターが三つある。医療健康産業のファルマバレー、食品を扱うフードサイエンスヒルズ、光技術のフォトンバレーだ。さらに、農業の先端研究拠点AOI-PARCができ、地域の特色を生かした取り組みが進んでいる。12月の「風は東から」は、本県が進める地域プロジェクトの可能性や課題、また、新たに始まった海洋資源活用プロジェクトについて、本県出身で東京工業大環境・社会理工学院の橋本正洋教授に聞いた。(聞き手・編集部)

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ9

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産業クラスターに新顔 海洋バイオの拠点始動
■現場のニーズを応用し実績づくり

 

■橋本正洋氏
東京工業大環境・社会理工学院教

1980年東工大卒、82年同大学院修了。2008年東京大大学院工学系後期博士課程修了、博士(工学)。1982年通産省(現経済産業省)入省、2004年サービス産業課長。09年特許庁審査業務部長。12年早大理工学術院教授、14年経産省を退官し現職。ファルマバレープロジェクト第3次戦略計画検討委員、MaOI機構理事・統括プロデューサ。
― 新たな段階に差し掛かったファルマバレープロジェクトについてお聞かせください。
橋本 ファルマバレーに期待するのは、まず静岡がんセンターの山口建総長が進めているがんゲノム医療(※1)です。6000を超える症例の、質の高いデータベースがあるため、AI(人工知能)を活用・分析できれば、治療への成果も期待できます。
現在、国立がんセンターを中心に、全国のがんのデータベースとその活用を進める話も進んでいるようですが、静岡がんセンターにはゲノム情報と医療診療情報の相関関係が、高い質で相当蓄積されていること、一つの病院でそれを持っているというのは日本では数少ないことから、山口総長に指導的役割を担ってほしいと思います。
また、医療機器、介護機器の開発は、現場のニーズを上手にくみ上げています。通常、われわれアカデミアが行うイノベーションは、シーズ発が多くアプローチが異なります。現場のニーズ発は一見地味ですが、患者や医療者真の要求を基にしているので、既存の技術を組み合わせることにより、着々と実績が積み上がると思います。

― 新たに始まる「終の棲家(ついのすみか)プロジェクト」についてはどうですか。
橋本 これも現場のニーズから出ています。病院や終末医療などで働く現場の人は、患者さんのニーズを分かっていますが、ではそれを住宅にどう応用するか。実は、こういった着眼点は今まであまりありませんでした。
私の母は老人ホームに落ち着きましたが、住んでいた家は段差があり、古いし寒いし、転倒して寝たきりになるリスクも高かった。終の棲家プロジェクトで山口総長がおっしゃるのは、居間のすぐ横にトイレや風呂場があり、あまり動き回らなくて済む広さの部屋をつくろう、居住スペースは狭くてもあればいい。普段はそこで過ごし、食事や運動は別の場所に行く、といったものです。
 
■ファルマバレープロジェクト
富士山から世界へ、「健康寿命」を発信
ニーズは分かっていますから、今後、人間工学の専門家や建築家が協力することで、もっと良いものができてくると思います。ファルマバレーは、医療・介護の分野に特化していましたが、これを機に、イノベーションの裾野が一般住宅に広がるといいですね。
 


■技術革新の出口は起業化精神
 
■AOI-PARC 
革新的な栽培技術開発で、農業生産を飛躍的に向上

― 次にAOI-PARCはいかがでしょうか。
橋本 AOI-PARCは、農業の先端的な研究をする拠点です。慶応大、理化学研究所などが研究室を持ち、遠いジャンルだった農業とITを組み合わせ、生産性を高める研究をしています。
利益が上がらない部分にITを使い、もうかる農業を提案する、今の農業に非常に重要な視点だと思います。
AOI-PARCもインキュベーションを作る予定があるようですね。ファルマバレーもAOIも研究開発の出口はスタートアップ企業(※2)です。成功するのは1000社のうち3社を意味する「千三つ(せんみつ)」と言われがちですが、それしかありません。県や国は地元企業や国内企業の再活性、あるいは大企業がどう生きていけるかをまず考えますが、それが行き詰まっているのが現在です。
本当にやるべきなのは「スタートアップへの支援」。スタートアップ企業の中から、グーグル、アマゾンに匹敵する会社が1社出ればいいのです。第二のホンダやソニーがでてくれば、国を救う。新たな製品やサービスは、最初は市場性が不透明なため、大企業ではリスクが高くなかなか踏み込めません。そこにリスクをとれるスタートアップの価値と意義があります。

― アマゾンも設立当時は赤字続きでしたね。
橋本 グーグルの創設者であるセルゲイ・ブリンは、米スタンフォード大在学中に日立アメリカの検索エンジン開発に携わり、後に「商売にならない」と同社がその特許を放棄してしまいました。その後、セルゲイはグーグルを起業しました。もし、日立に検索エンジンの市場性を見通せる人物がいたら、今頃、日立はグーグルの親会社だったかもしれません。
アイフォンの開発チームもビル・ゲイツがアップルを離れている間、表舞台には立てませんでした。新しいデバイスの市場性が分からないからです。しかし、分からない中で信念を持って進まないとイノベーションは起きません。イノベーションの出口はアントレプレナーシップ(起業家精神)です。険しい道ですが、そこをあえて行かないと本当のイノベーションは起きない。AOI-PARCにはそこを期待したいですね。


■駿河湾の 恵みを活用
 
■MaOI-PARC
マリンバイオテクノロジーを核とした技術革新

― 海洋資源に着目し、県が立ち上げた「プロジェクト」をどう見ていますか。
橋本 今年7月に立ち上がったばかりです。MaOIとは、「マリン・オープン・イノベーション」の略で、マリンバイオテクノロジーを核に、イノベーションによる産業の振興と創出を図ります。私は統括プロデューサーを拝命しました。同プロジェクトの推進役となるMaOI機構の理事長は、松永是元東京農工大学長です。世界の海洋バイオの有識者の一人です。松永理事長は国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の理事長も兼任されていますので、今後の連携が楽しみです。
また、国立遺伝学研究所副所長を歴任された五条堀孝教授に、研究所長に就任していただきました。つまり、日本の海洋バイオの第一人者とゲノムの第一人者がトップにいるわけです。
海洋は可能性が大きい。というのは「よく分からない」からです。海洋の図面などはありますが、細かな部分までは分かっていません。どこに桜エビがいるのか、なぜ近年減っているのか。サンマの不漁もよく聞く話題です。
今、日本中で起こっているこうした問題を、科学的なデータを集め、解明していきます。世界中の海は難しいでしょうが、駿河湾は県で調べようと、水産試験場の船を最新型にする予定です。
当面中心となるのは「養殖」です。養殖漁業は持続的な食糧開発として世界の潮流です。しかし、技術的には、なぜ金目鯛が大きくならないのか、現在は分わかっていません。ヒトの腸内細菌の研究は最近急速に進んでいますが、魚も腸内細菌があります。調べれば面白い発見があるでしょう。新しい科学を既存のものにどんどん入れ込むことで、産業を生み出したいですね。

― 海洋フロンティアに視点を置いた「ブルーエコノミー」ですね。
橋本 当初MaOIでは、「水産」「食品」「創薬」の3分野を軸に研究開発を進めることとしましたが、機構設立に先立ち、先進地である米サンディエゴなどの海洋研究拠点を視察調査して、視野を大きく海洋と水に関する技術「ブルーテック」に広げています。現地で驚いたのが、当地は大学と研究所、造船会社、政府などがブルーテック・クラスターを作っていたことです。静岡でやりたいのが実はこれです。
研究機関があり、行政が支援し、その成果を産業に持っていく。その際、出口は既存産業だけではありません。静岡にはベンチャーがたくさんあり、先日、事業化促進事業を公募したところ、ベンチャー企業からも多くの応募がありました。中には、医薬品開発の話もありました。
本県の最大の資源は、富士山と駿河湾です。富士山に降る大量の雨とそれをもとにした清新な伏流水、駿河湾の海水。両方の水が使えるのが海洋です。
海洋をもっと意識して、既存の産業もどのように駿河湾の恵みを現業に生かすかを、本気になって考えるチャンスでしょう。一方で、米国で教えられましたが、海洋資源は無尽蔵ではありません。海洋プラスチックごみの課題解決につながる研究も積極的に行いたいですね。

※1 主にがんの組織を用いて、多数の遺伝子を同時に調べ(がん遺伝子パネル検査)、遺伝子変異を明らかにすることにより、一人一人の体質や病状に合わせて治療などを行う医療。
※2 新たなビジネスモデルを開発する企業で、市場を開拓する段階にあるもの。一般的に、創業から2〜3年程度の企業を指すことが多い。




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