サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2025.9.26 静岡新聞掲載」

モビリティから日用品、食品、化粧品に至るまで──植物由来の次世代素材、セルロースナノファイバー(CNF)の活用が広がり始めている。軽くて強く、リサイクル性に優れる特性から、脱炭素社会の切り札として期待される存在だ。世界的にも北米・北欧と並ぶ研究・実装拠点として日本は注目されており、特に富士市を中心とする県東部では産業界と研究機関が連携し、多様な分野で実証が進む。9月の「風は東から」は、こうした技術革新と地域連携の動きを取り上げる。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ6

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未来素材CNF(セルロースナノファイバー) 実装広がる地域戦略
■自動車から日用品へ 実装事例続々
■CNFを使った多様な製品群

県・静岡大・トヨタ車体が産官学連携で開発したコンセプトカー「しずおかもくまる」。車体の大部分に県産木材などを使ったセルロース素材を使用。軽さと強度、リサイクル性を兼ね備える。車体の床や天井、内装パネルには、県内企業10社が製造したパーツが採用された。昨年10月にふじさんめっせで行われた「ふじのくにセルロース循環経済国際展示会」で初お披露目され、注目を集めた。
ナンバーを取得し、公道走行も可能となった点は、これまでの研究段階から一歩進んだ「社会実装」の象徴だ。県富士工業技術支援センターの深沢博之研究統括官兼CNF科長は「ナンバーを取得して走れる車は、市民や企業にとってわかりやすい。多少高くても環境に優しい車なら買いたい、という意識を呼び起こす。コスト論議を超える意味を持つ」と強調する。
富士市の丸富製紙は、国内最長356メートルの芯なしトイレットペーパー紙をセブン‐イレブン・ジャパンと共同開発。輸送中につぶれやすい芯なしの弱点をCNFで克服した。長さだけでなく紙質にもこだわり、薄くても強度があり滑らかな使い心地にしたという。
食品や化粧品にも応用は広がっている。富士市商工会女性部とNPO法人富士山ひららは、ご当地グルメの米粉麺「富士山ひらら」にCNFを添加することで、麺が割れやすいなどの弱点を克服。乾麺やフリーズドライ化も検討され、家庭の食卓から観光土産まで広がりが期待される。
同じく富士市のエフピー化成工業は、テーブルウェアブランド「Mawal」を開発。CNFを配合することで耐熱性は通常のプラスチックの1.5倍、剛性は5〜6倍(同社調べ)となり、ホテルや百貨店からの引き合いが来ているという。



■量産化への壁を越える 支援の最前線
■CNF強化プラスチック部材の試作を行う「射出成形機」

普及を阻む大きな壁は、製造コストと量産化だ。初期には1キログラム数万円という価格がネックだったが、技術革新で徐々に下がりつつある。とはいえ中小企業にはなお高い壁だ。
県富士工業技術支援センターは、その壁を乗り越える仕組みを用意した。昨年12月に始まった「サンプル提供制度」だ。化学処理でナノメートルレベルにしたCNFと繊維幅がやや太い機械処理CNFなど、3種類を用途に応じて提供する。導入以来20件以上の企業・団体が利用し、農業や食品など、従来想定していなかった分野からも問い合わせが相次ぐ。渡邊雅之CNF科上席研究員は「研究者からの問い合わせもあり、こちらが教えられる場面も多い。想定外の発想が新たな用途に繋がり、販路拡大にも結び付くのではないか」と期待を寄せる。補助金を得て製品化を目指す企業も出てきた。
取り組みの広がりの背景にはCNF自体が量産化できる環境が整ってきたことが挙げられる。深沢科長は「油と水のように性質が異なる樹脂とセルロースをどう混ぜるか。われわれ研究機関や各社の工夫と混合する技術の進展で可能性が広がった。さらにファイバーのサイズも、必ずしも最も細いナノサイズだけでなく、やや太めの繊維を活用することでコストを下げつつ性能を出す道が見えてきた」と説明する。
さらに、サンプル提供にとどまらず、用途に応じたアドバイスや実験支援も行う。センター内の共同研究施設「CNFラボ」には丸富製紙、TENTOK、ヤマハ発動機の3社が入居し、実用化に向けた研究を進めている。
販路の開拓も大きな課題だ。県は来年パリで開かれる、欧州最大級の複合材料見本市「JEC World」に初出展する。欧州は環境規制を強化しており、石油由来製品より二酸化炭素の排出量が少なく、リサイクル性に優れたCNFの特長を売り込む絶好の機会だ。環境意識の高い欧州市場での需要を取り込めれば、国内開発にも弾みがつく。



   
■東部クラスターが 切り拓く新市場
■富士市CNFブランド認定マーク。
すでに18品目が認定されている
富士市は2019年に「CNF関連産業推進構想」を策定し、30年までの長期ビジョンを掲げた。現在は第3期アクションプランに入り、「産業エコシステム拠点の形成」を目標に、研究・販路・人材育成を組み合わせた施策を展開している。中核は「富士市CNFプラットフォーム」だ。会員は223に達し、企業・大学・研究者を結ぶ場となっている。同市はデジタル共創プラットフォーム「AUBA(アウバ)」を活用し、スタートアップや異業種との連携を促進。プラットフォームに加盟する12社にアウバ内のプロフィールページ制作や、面談・進捗管理などを支援した結果、3年間で113社とのマッチング、共創開始も6社に及んだ。同市産業政策課の平野貴章主幹は「スタートアップなど、リアルの展示会では出会えない相手とつながれるのが魅力で、意外な発想や技術との組み合わせが生まれている」と説明する。そして「知っているだけの認知から、実際に使われる段階へ進むことが重要。コストを超えて『活用することのうれしさ』をどう提示するかが鍵になる」と語った。
多くの企業に使ってもらうだけでなく、一般消費者への認知拡大も欠かせない。同市が進めるブランド認定制度もそのひとつ。トイレットペーパーをはじめ、和菓子、化粧品、CNF素材など18品目を数え、認定製品は展示会やふるさと納税で優先的にPRされる。先の、丸富製紙の芯なしトイレットペーパーも認定マークが付いている。平野主幹は「認定マークを付けて店頭に並ぶことで、消費者にCNFを身近に感じてもらいたい」と話す。
海外に目を転じると、CNFの取り組みは北米・北欧・日本が世界の三大拠点。中でも日本は研究・製品化ともトップレベルにある(同支援センター調べ)。さらに、CNFは水分が90パーセント以上を占めるため、輸送コストは大きな問題だ。その点富士市を中心とするこの地域は、原材料の供給から製品開発まで地産地消で循環できる体制が整いつつある。川上から川下まで県内で完結でき、SDGsの観点からも優位性が高い。
先のふじさんめっせの展示会にはトヨタ車体の「しずおかもくまる」をはじめ、スズキは車のパーツに、ヤマハ発動機は水上バイクのエンジンカバーにCNF素材を使っている。大手企業が参入することで、中小企業の参入への心理的ハードルが下がる。深沢科長は「トヨタ車体やスズキ、ヤマハ発動機の実績は『自分たちも挑戦できる』という後押しになる」と強調する。
生活必需品から最先端モビリティまで、県東部のCNFは社会実装へと確かな歩みを進めている。今後は海外市場の開拓とコスト低減を両立させ、地域資源を生かした新市場を切り拓けるかが焦点だ。産業と暮らしを結ぶ新たな価値の創出へ─挑戦は東部クラスターから世界へとつながっていく。

■国際展示会でのしずおかもくまるのお披露目(写真右は鈴木康友知事)

■「ふじのくにセルロース循環経済国際展示会」チラシ


■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

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