サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
トップ 最新情報 政策提言 活動内容 サンフロント21懇話会とは 飛躍 風は東から

風は東から「2025.10.24 静岡新聞掲載」

静岡県東部の医療をどう持続させていくか―。10月の「風は東から」は、伊豆地区分科会のパネルディスカッションを取り上げる。浜松アカデミック・メディカル・アライアンスの今野弘之理事長、慶応大大学院の伊藤由希子教授(医療経済学)、県地域医療課の伊藤正仁技監が、現場と研究、政策の視点から、地域医療の課題と未来について語った。コーディネーターはサンフロント21懇話会シンクタンクTESSの青山茂研究員(シード顧問)。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ7

バックナンバー


つなぐ医療、ひらく未来 伊豆の地域医療を模索
■総合診療医が支える地域医療の未来

青山 伊豆地域では医師の偏在や病院の統廃合が課題として指摘されています。今後の持続可能な医療体制づくりの鍵は、やはり「総合診療医」の育成にあるのでしょうか。
今野 そう思います。総合診療医とは、内科や外科など専門領域にとらわれず、患者さんの全体像を診て、必要に応じて専門医へ橋渡しする役割を担う存在です。人口が減り高齢化が進む地域では、この「総合力」が医療の質を保つうえで欠かせません。ただし現状では数がまだ少なく、各地域に十分に配置できていないのが実情です。
国の新たな施策として「かかりつけ医機能報告制度」があります。これは医師や医療機関が、自分がどの疾患に対応できるかを公示し、住民が自分の町の医療資源を見える化できる仕組みです。まずは地域の医療を「点から面」へとつなぐ第一歩になると考えています。
伊藤正 制度面の整備と同時に、現場ではすでに総合診療を実践している先生も少なくありません。小児科や内科の開業医が、地域の患者さんの幅広い症状に対応し、必要な場合に専門医につなぐという形です。そうした先生方を明確に位置づけ、評価する仕組みが必要です。総合診療医を増やすだけでなく、今いる医師の力を「見える化」して活かすことが大切だと思います。
伊藤由 お二人の話に加えたいのは、世代ごとのアプローチの違いです。中堅以上の医師が改めて総合診療を学び直すのは確かにハードルが高い。その一方で、グループプラクティスのように、異なる専門を持つ医師がカルテを共有し、互いに相談できるチーム医療の形は現実的です。たとえば皮膚科・内科・眼科の3人がグループを組めば、日常的な疾患の大半をカバーできます。地域の診療所が連携して「小さな総合診療チーム」をつくることが、現場の即戦力になるのではないでしょうか。
伊藤正 総合診療医を育てていくには時間がかかります。今すでに地域で活躍している先生方をきちんと明らかにしながら、その間に育成していくことも大切ですね。若い先生には、専門医か総合医かで悩みながらも、自分の軸を見つけて大きく育ってほしい。専門を持ちながらも、地域で幅広く診られる医師が増えることを期待しています。

■今野 弘之 氏
地域医療連携推進法人 浜松アカデミック・メディカル・アライアンス 理事長

慶応大医学部卒業。浜松医科大第2外科助教授、教授。2014年浜松医科大医学部附属病院病院長、16年浜松医科大学長。25年より国立大学法人浜松医科大特別顧問及び現職



■DXが拓く新しい医療連携

青山 もう一つの重要なテーマが、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。医療の情報共有や在宅医療への活用についてはいかがでしょう。
今野 総合診療医が地域を支えるには、情報の共有が欠かせません。専門機関あるいは、高度急性期病院、いわゆる大病院は最後の砦ともいえますが、これら医療機関との連携をスムーズにするには、DXの力が必須です。現在は法制度上の制約もありますが、いずれは在宅でのセルフケアや遠隔診療が当たり前になる時代が来るでしょう。
伊藤由 私が取り組んでいる「バーチャル・リージョナル・ホスピタル」という構想も、まさにその考え方に基づいています。北海道の中空知(なかそらち)地域では、現地の病院と協力し、医療機関同士がカルテ情報を共有できる仕組みを提案しています。
また、日本の医療データは世界でも質が高いのですが、病院の多くは「自院で作ったデータは外に出せない」と閉じてしまうことが多い。その壁を越えて情報を安全に共有できれば、地域全体の医療が大きく変わります。
青山 患者自身も自分の医療情報を持ち歩く時代が来るということですね。
伊藤由 そうです。自分がどんな治療を受けてきたかを正確に伝えられれば、より的確な診療が受けられます。診療情報を患者が主体的に活用できるようになれば、医療のあり方そのものが変わっていくでしょう。
さらに、こうしたDXは経営面でも大きな可能性を持っています。各病院のデータを共有して地域全体の需要を把握できれば、医療資源の配分を最適化できますし、災害時や感染症拡大時の対応にも役立ちます。
今野 まさにその通りですね。医療DXの導入は単なる効率化ではなく、面で支える医療を実現するための基盤です。かつてコロナ禍で、地域の病院と保健所が分断され、情報が行き交わなかったことを多くの人が経験しました。あの教訓を次にどう生かすか。デジタルによって、患者を中心にすべての医療機関がつながる仕組みを整えることが、これからの課題です。
伊藤由 最近では、それぞれの地域で積み重ねてきた医療や介護のノウハウを生かし、富士通さんの進める「デジタルリハーサル技術」の実用化に協力しています。人や物の情報に加えて行政の政策文書を分析し、予防から介護までの流れを可視化。政策を仮想的に試行できる仕組みをつくることで、社会的な失敗を減らし、地域に合った医療資源の提案を目指しています。

■伊藤 由希子 氏
慶応大大学院商学研究科 教授

東京大経済学部卒業。2006年米国ブラウン大経済学博士課程修了、同大経済学博士。06年東京経済大経済学部専任講師、09年東京学芸大人文社会科学系准教授。18年津田塾大総合政策学部教授を経て、25年より現職。専門は医療経済学、社会保障



■医療と経済の共創が地域を強くする

青山 医療は地域経済とも深く関わっています。医療を地域の産業としてどう生かすかお聞かせてください。
伊藤由 私は医療データの活用が、新しい産業を生む可能性を秘めていると思います。シンガポールでは、高齢者の自宅にセンサーを設置し健康状態をリアルタイムにモニタリングするサービスを発展させ、異変を察知するとすぐに医療機関に連絡がいくビジネスが普及しています。日本にも同じポテンシャルがありますが、病院内の活動と地域のサービスが分断され、地域や全国への展開に結びつかないのが課題です。病院・行政・企業がデータを共有し、地域単位で医療サービスをデザインできれば、それ自体が新たな経済循環を生み出します。
青山 懇話会でも「医療田園都市構想」を活動方針に掲げています。医療を地域の基盤産業の一つとして位置づけ、都市の活性化や雇用の創出につなげるという考え方です。伊豆地域には豊かな自然と温泉資源があり、観光と医療が共存するまちづくりは大きな可能性を秘めています。
今野 医療と地域性は切っても切れません。伊豆は自然と温泉、食など世界に誇れる資源があります。そこに医療が加われば、たとえば健康増進型の観光やリトリート、いわゆる医療ツーリズムにもつながります。もちろん、地域の医療を犠牲にするのではなく、地域住民を支える体制を前提に、観光や経済活動と両立させることが重要です。
伊藤由 もともと温泉地は湯治場でもあります。温泉があるというのは魅力の一つでしょう。この魅力を生かさない手はありません。
コロナ前でしたが、九州で要介護2や3で体が不自由な方に「何をしたいか」と聞きました。すると「旅行がしたい」と。医療従事者からすると危ないという結論になりがちですが、本人の生き甲斐ならいいのではないか。そこで当時関わりのあった整形の先生方と安全に旅行できるためのモビリティサービスというのを考えました。これは何も遠くまで行かなくても近距離移動でいいんです。地元民が何度も回遊できるようなツーリズムも必要ですし、インバウンドも活発ですから、地方都市の魅力をそうした側面から訴求するのも良いと思います。
伊藤正 コロナ禍の伊東市民病院のように、地域に根ざした病院が住民を守り抜いた例を見ても、地域と医療が一体であることを実感します。地域の人々に支えられ、地域を守る医療。その関係を経済や観光の分野とも共有しながら広げていくことが、結果的に地域全体の活力につながると感じます。
青山 東部地域の医療の現状を共有できたことは大きな意義がありました。これからは総合診療医が重要な鍵となります。経済界としても、DXなどを通じた医療連携の可能性に注目し、行政や地域と一体となって課題と可能性の双方に取り組んでいきたいと思います。

■伊藤 正仁 氏
静岡県地域医療課 技監

東海大医学部卒業。海老名総合病院、東京都立墨東病院(総合診療科立ち上げ)等を経て、15年東海大医学部総合内科学講師。18年静岡県庁入庁、富士保健所所長、熱海保健所所長(土石流対応、コロナ対応)を経て24年より現職(医師確保事業等)
■コーディネーター
青山 茂 氏

サンフロント21懇話会のシンクタンクTESS研究員
静岡県内外の企業および自治体のプロジェクトのコンサルティングから事業プロデュースまで幅広く手がける。静岡県東部地域スポーツ産業振興協議会会長、ふじのくにしずおか観光振興アドバイザー。シード顧問、スポーツ・ウエルネス総合企画研究所社長




■企画・制作/静岡新聞社地域ビジネス推進局

▲ページトップ
入会案内お問い合わせ事務局案内リンク Copyright(c) SUNFRONT21.ALL RIGHTS RESERVED.