サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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風は東から「2025.12.17 静岡新聞掲載」

南海トラフ巨大地震を想定し、自助意識と地域の防災力をどう向上させるかー。11月の「風は東から」はサンフロント21懇話会東部地区分科会を取り上げる。名古屋大名誉教授で、あいち・なごや強靭化共創センター長の福和伸夫氏、前湖西市長で浜名湖社中代表取締役の影山剛士氏、合同会社ソナエルワークスの高荷智也氏を迎え、行政・企業・個人がそれぞれにできる防災の形を探った。コーディネーターは懇話会のシンクタンクTESSの阪口瀬理奈研究員(静岡経済研究所特任研究員)。

[サンフロント21懇話会企画]
シリーズ8

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東部が描く新たな地域像 南海トラフ地震での選択
■公助の限界と「自助・共助」の再定義

阪口 今日は、南海トラフ地震への備えをテーマに、県東部としてどんな行動を取るべきかを考えたいと思います。まず影山さん、自治体の立場からお話をお願いします。
影山 湖西市長を8年間務めました。災害対応は常に頭から離れないテーマでした。自治体の規模が小さいほど、公助の力には限界があります。結局は「自分たちで動かなければならない」。ただ、個人では限界があるので、行政と企業、地域が連携することが鍵になります。
官民共創の取り組みとして、「防災健康サポーター」という仕組みを最近立ち上げました。避難所で体調を崩さないよう簡単な体操を取り入れ、誰もがリーダーになれる体制づくりを進めました。ラッキィ池田さんに振り付けをお願いし、防災を堅苦しくなく、日常の延長にしたいと考えています。

高荷 私はソナエルワークスという会社をやっています。防災の専門家というより、個人としての“現場感”を伝える立場です。最近は防災情報があふれていて、逆に「何を信じていいかわからない」という人が多い。だから私は「死なない準備をしましょう」と呼びかけています。まずは一週間、生き延びる準備をする。水・食料・カセットコンロさえあれば、人は意外と生きられます。
防災を難しく考えず、日常の中に取り入れる。これが自助の第一歩です。そして、備える人が増えれば、共助や公助がより効果的に働くようになります。
福和 「助ける力の需給バランス」を考えた時に、南海トラフ地震では被害が広域に及び、全国からの支援が届きにくくなります。例えば伊豆の先端部など、孤立が想定される地域では、太陽光発電や衛星通信などのエネルギーの自立を進めておくべきでしょう。事前の準備こそが「助けに行けずにごめんなさい」を減らす唯一の方法です。
能登半島地震では全国からの支援がありましたが、南海トラフではそうはいかない。だからこそ、被災地を“救助待ち”にしないことが大切です。事前の投資を怠れば、結局より多くの命が失われる。防災はコストではなく先行投資として考えなければいけません。
阪口 つまり、行政の限界を踏まえ、地域がどこまで自立できるかが問われるわけですね。
影山 その通りです。行政は万能ではありません。例えば自治体の予算のうち防災、子育て、福祉にそれぞれ2割という形で配分することになります。だからこそ、自助と共助の力を底上げすることが、最も現実的な防災です。

■福和 伸夫 氏
名古屋大学名誉教授
あいち・なごや強靱化共創センター長

1981年名古屋大大学院修了後、大手建設会社の研究室で勤務の後、名古屋大に異動。先端技術共同研究センター、減災連携研究センターを経て2022年定年退職。専門は建築耐震工学、地震工学。工学博士、構造設計一級建築士。防災功労者内閣総理大臣表彰、文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞



■デジタルと地域力がつくる「防災の仕組み」

阪口 湖西市ではDXを活用した取り組みも進めたそうですね。
影山 はい。スマートフォンを持たない高齢者に端末を貸与し、避難ルートをデジタルで記録する仕組みを導入しました。実際に歩いてみると、狭い道や障害物が見つかる。デジタルは便利ですが、最後はアナログで地道に確認することが大切です。モデル地域をつくり、少しずつ広げる。防災DXは人の手で育てるものです。
福和 防災は決して狭い分野の話ではなく、社会インフラそのものです。電気、水、通信、物流のどれか一つが止まれば、社会は成り立ちません。ITを使うにも電気が必要ですし、それを守る仕組みを考えないといけない。効率化ばかりを追うと、非常時には一気に崩れる。防災は社会の“余裕”をどうつくるかの問題なんです。
もっと言えば、災害対策は“都市の筋肉”を鍛えるようなもの。平時に多少のゆとりや無駄を持たせておくことが、いざという時の生命線になります。日本は効率とコスト削減に偏りすぎた結果、社会が硬直してしまった。防災はその反省の上に立ち、柔軟性としなやかさを取り戻す営みでもあるんです。
高荷 都会では「冷蔵庫を持たずコンビニで済ませる」というミニマリスト的な生活もありますが、トラックが止まれば翌日から食べ物に困るようになります。便利な社会ほど脆弱です。防災は、暮らしを見直す契機にもなりますね。
福和 最近は若い世代で新聞を読む機会が減っています。また、SNSは自分が見たい情報しか流れてきません。だからこそ、地域メディアが現実を伝える役割を果たすべきでしょう。災害報道は、単なるニュースではなく「社会教育」です。防災を通じて、国民が考える力を取り戻さなければ、防災への備えは進みません。
阪口 防災は、もはや行政施策ではなく社会構造そのもののテーマだと感じますね。
福和 その通りです。防災を考えることは、社会の設計図を見直すこと。どこがボトルネックか、どの地域が弱点か。そうしたことを可視化するのが真のDXだと思います。

影山 剛士 氏
浜名湖社中椛纒\取締役

早稲田大卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。2016年から湖西市長を2期8年務め、任期満了で退任。24年12月、官民共創・広域連携による地域活性化の法人「浜名湖社中」を設立。浜松市広域連携アドバイザー、東三河地域政策研究アドバイザー、静岡産業大学客員教授、静岡銀行社外取締役



観光地・静岡から始まる「防災文化」

阪口 次に、観光地としての防災対応について伺います。
影山 伊豆や浜名湖のような観光地では、観光客をどう守るかが課題です。行政がすべて対応するのは難しい。宿泊施設やスーパーなど、現場の事業者が自ら避難経路を把握し、平時から訓練しておくことが重要です。湖西市では「避難散歩」という取り組みを進めました。堅苦しい訓練ではなく、実際に歩いて避難場所を確かめる。高齢者も子どもたちも一緒にできる防災です。
高荷 観光地防災は、今や経営戦略でもあります。ホテルや旅館が「安全に泊まれる宿」としてPRすることで、価格競争から抜け出せる。防災は“企業価値を上げる投資”と言えるのではないでしょうか。かつては計画運休に文句を言う人が多かったのに、今では「安全を守る企業」として評価される。防災をポジティブに見せる時代です。
福和 観光は日常と違う世界を見に行くこと。だからこそ危険も伴います。その危険を学びに変えるのが防災観光です。加えて、多言語対応は急務です。外国人観光客が増える中、避難情報やハザードマップの英語・中国語化を進めるべきです。静岡や伊豆、浜松の観光地が先駆けて翻訳ツールを整備すれば、全国に広がるモデルになるのではないでしょうか。
「地震で儲ける」ではないですが、防災先進地だからこそ、それを逆手に取って産業化する。防災教育・教材、防災ツーリズム、再生エネルギーなど、防災は“静岡の新しい産業”になり得るでしょう。弱みを強みに変えることこそ、この地域のインセンティブです。
影山 防災は義務にすると続きません。楽しみながらやることが大事です。体操や健康づくり、子どもたちとの遊びの中に防災を取り入れる。生活を便利にしながら備える工夫が、地域を元気にします。
高荷 共助をあてにしすぎず、まず自分で備える。そのうえで高齢者や障がい者など「自分では避難が難しい人を助ける」構図が理想です。防災は恐れるものでなく、暮らしを豊かにするものに変えていきたいですね。
福和 防災を考えることは、自分たちの町の未来を考えることです。災害をきっかけに、人と人、地域と地域がどう助け合えるか。まちづくりを考えるには私たちが成長していかないとならないと思います。


高荷 智也 氏
合同会社ソナエルワークス代表備え・防災アドバイザー

「備え・防災は日本のライフスタイル」をテーマに「自分と家族が死なないための防災対策」を、体系的に解説するフリーのアドバイザー。講演・執筆・メディア出演の実績も多い。防災YouTuber、Voicyパーソナリティとしても活動。三島市在住
コーディネーター
阪口 瀬理奈 氏
静岡経済研究所

サンフロント21懇話会のシンクタンクTESS研究員、静岡経済研究所特任研究員、静岡県産業振興財団ふじのくにICT人材育成プロデューサー。京都大大学院卒業後、三菱総研を経て2018年に静岡県に移住。ICT人材育成をテーマに県内企業を支援中



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