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第12回富士地区分科会 平成19年2月15日
パネル討論:「ファルマバレー 富士山 世界遺産」

 

パネル討論:「ファルマバレー 富士山 世界遺産」

◆コーディネーター
大坪檀(静岡産業大学学長)

◆パネリスト
大川澄人(日本政策投資銀行顧問)
外山ひとみ(写真家、ジャーナリスト)
土居弘幸(静岡県理事兼健康福祉部技監)
中山勝((財)企業経営研究所産業経済部部長)

大坪 ファルマバレープロジェクトは、正式には富士山麓という名前がついていることを最初に申し上げたいと思います。実は私が静岡県で働くようになったきっかけは富士山です。県立大学が出来たときに先生をやらないかというお誘いを受けました。そのときの殺し文句が「研究室の前から富士山が見えるんだよ」と。以来、もう20年も静岡にいます。サンフロント21の人たち中心に何かをやろうということで誕生したのが、実はこのファルマバレー構想で、がんセンターを世界一のがんセンターにしようという話がファルマバレー構想に発展していったわけです。この東部に大きな夢をつくろうということでした。そのときの1人が土居さんです。実は先日、私が「ファルマバレープロジェクト第2次戦略計画案」を知事にお渡ししました。ここに書かれているのは、これから4年間をどういうふうにやっていくのかということです。土居さん、最初にファルマバレー構想の夢と現実、両方お話しいただけませんか。


ファルマバレー構想の2次戦略の方向性

土居 ファルマバレープロジェクトは、県民の健康と経済を豊かにして快適な空間をつくろうという目標設定がありました。戦略も世界一の健康長寿県をめざすんだということで、3つの戦略をこの5年間やってきました。第2次戦略計画案はこれからの4年間の戦略で、2つを加えました。即ち、人材養成と世界戦略が加わったわけです。
 プロジェクトの「戦略1」は「特色ある戦略拠点の形成」です。われわれ大きな旧帝大があるわけではございませんが、ファルマバレーCOE(Center Of Excellence)といわれるような特色は患者さんのニーズを研究開発につなげることです。双方向の研究の交流を推進してファルマバレーCOEを首都圏の大学、東工大、農工大、早稲田も加わってやろうと。それから民間の研究機関もやろうと。これが研究開発の特徴です。
 「戦略2」は、患者さんを中心としたクラスター、「ベッドサイドクラスター」ということで、5つ項目は掲げていますが、特にインキュベーションとインベストメント、これが2次戦略の目玉であります。企業招致、これも市、町との連動でわれわれは具体的にやっていきましょうということです。
 「戦略3」、「人材養成」です。これはなんといってもファルマバレーはスピリッツ溢れる有徳の志ということで、いくつかの事業計画を立てました。
 そして「戦略4」は、「ウエルネスという視点でのまちづくり」です。これはユニバーサルデザインという考え方で社会をデザインしましょう。特にここのキーワードは、市、町との連携です。これからは市、町の協力によって具体的な健康的なまちづくりをやろうと。とくに2次戦略においては都市機能の充実。具体的にはインフラの整備と、富士山の世界文化遺産登録につづく、文化の振興ということを掲げております。
 「戦略5」は、「世界戦略」ですが、いよいよ静岡空港という戦略ツールをわれわれは有することができました。先日もWHOに行ってまいりましたが、WHOのあるセクションは、非常に面白いと。すごいポテンシャルを感じるということもありました。マレーシアの観光省からも具体的な提案があると聞いています。いろいろな形で世界へ向けていよいよ情報発信するのが第二段階かなと考えています。それ故に余計ファルマバレーセンターの機能強化をはかってまいります。県内の機関や首都圏、ベンチャー、製薬企業を積極的に支援する機能強化であります。
 地域特性に基づくプロジェクトとの展開として富士宮はフードということを市の行政の戦略に掲げていますし、御殿場、小山はスポーツ、そしてこの富士、沼津、三島につながるものづくり、さらには伊豆半島全体がウエルネスと、地域特性に基づく展開をしています。
 これらをまとめますと、ファルマバレーとは、住む人も訪れる人も快適と感じる生活環境、そして企業が育まれなくてはいけません。発展する事業環境、研究者や専門家が能力を発揮して創造性を増す研究開発環境というものをわが国のトップレベルまで高めて、そしてそれらの魅力を「静岡アドバンテージ」と呼んでもらおうということです。
 まとめですが、経団連がイノベーションというキーワードにして御手洗ビジョンを発表しましたが、われわれもそれにあやかりたい。ファルマバレーイノベーションをやろうと。新しい価値の創造は当然であります。しかしそれは何のための新しい価値の創造なのか。新しい技術革新なのか。それは本来大切にすべき普遍的な価値観の回復というところをわれわれのメッセージとしました。がんセンターは患者、家族中心ということを掲げて、それがいまや地に足がつくようになりました。これは本来、大切にすべき普遍的な価値観でありましたが、医療界においては、それはあまり育まれてきませんでした。われわれは単なる方法論を開発するだけではなくて、ここからアイデアを生み出そうということであります。患者、家族中心という発想、考え方から新しい商品、新しい技術を生み出すというのがファルマバレーイノベーションの特徴です。
 一過性に広がるものではなくて、本来、大切にすべき、そのような発想で、プラス新規技術、そしてこの住む人も訪れる人も快適と感じる健康的な社会環境、これが2次戦略の方向性であります。

富士山は日本の財産として誇るべきもの

大坪 ここにきて富士山がユネスコの世界遺産に登録されようとしていることで、富士山がまた、ぐっと浮かび上がってきたように思うんですね。この富士山に非常に関わりの深い写真家の外山さん、お願いします。

外山氏

外山氏
外山 高校のときに富士山のご来光、頂上手前の九合5尺から撮った写真で賞をいただいて、今の道に入っています。実はここ3年間、富士山に登っています。非常にトイレもきれいになりました。ということで、私は仕事柄いろんなところに行きます。海外も多いんですが、富士山は本当に日本の財産として誇るべきものだと思っております。
 実は去年、杭州に行きました。静岡県は中国浙江省と友好関係を結んでいると思うんですが、上海から2時間くらいです。そこの観光局の局長とお話をしていたところ、今、中国はものすごい経済発展なので観光客が日本にも来ています。まず入るところが東京だとしますと成田、そして関西に行く場合は関空、あと富士山を見て温泉に入ってオプションでディズニーランドというふうに行くそうです。杭州の局長がおっしゃるのには、富士山を見て温泉に入りたい。でも静岡県は高いんだと。では幾らぐらいならいいのかとお聞きしたら1泊6000円までがベストですということでした。2009年、富士山静岡空港がオープンします。中国の方々を確実に誘致していけば、とっても素晴らしいパワーになっていくリピーターが増えると思います。
 富士山写真コンテストが今年第2回になります。私は2部門のうち「富士山と人々」という部門の審査員をやらせていただいているんですが、これも含めて自分として富士山を世界遺産にしたいと前々から思っていました。
大坪 外山さんはベトナム1万キロをオートバイで走ったり、ヨーロッパでオートバイに乗ったりしながら、一生懸命で富士山の写真を撮っていらっしゃいます。どんなふうに富士山を見ておられるんですかね。
外山 富士市の田子の浦に生まれているので、私の記憶の中の富士山は煙突越しの富士山です。いわゆるきれいに見える絵画のような富士山と富士市の本当に生活に根付いた富士山に抱かれて育ってきたので、そういう富士山が両方存在していると思っています。
大坪 浜松では世界のピアノコンクールをやっています。ですからここでは、世界富士山写真コンテストをやっていただけると素晴らしいですがね。
外山 そう思います。私、今月5日、すごく天気がいいというので、東京からぱっと来て、富士から河口湖、山中湖まで行ってみました。もう道がいいので余り時間をかけなくていけます。地域が一体になって外に向けて立体的にやっていくということは非常に素晴らしいことだと思います。

この地域に経済発展の可能性が非常にある

大坪 中山さんは、ずっと東部にある経済研究所で活動されていますから、経済面からファルマバレーを見るといかがでしょう。
中山 今は、よくクラスター、クラスターといわれますが、これからの時代は、クラスターというよりもメタナショナルといいまして、いろいろな全世界にある情報をこれはいいというものをいち早く見つけ出した企業が勝ち組に入る時代に入るのではないかと思います。実はファルマバレープロジェクトの第2次戦略を見ていましても、くしくも第5の戦略でグローバルにといっています。実は世界の中でも「このプロジェクトはいいよね」という話がいくつか出ています。日本の企業は海外で採用されたものだったら非常にいいから国内でも採用しようという変な外圧のような話もありますけれど、その部分に関しては今非常にいいチャンスがあるとみております。
 ものづくりだけではなくて、富士山、ウエルネスの部分を取っていけば、観光ですとか、サービス産業という部分も実はビジネスチャンスが大いにある部分なんです。
 外山さんからお話がありました中国のお話なんですが、中国人をたくさん引き受けているところは山梨県のあるところです。それは1泊2食付で6000円以下という形でどっと入っているんですね。富士山静岡空港のフォーラムのとき、中国、韓国の代理店の方から聞きましたが、実は日本観光のゴールデンルートというものが出来ているというのです。中国の方は関空に入ってそこから名古屋の大通公園を見て、富士山を見たいということでひたすらバスで山梨に行ってしまうんです。静岡には来ないんです。その後、横浜に行ってディズニーランドで遊んで成田から帰る形で68万円だといいます。ですから正直言って海外の方にとって富士山はどこにあるのかというと山梨県側にあるというイメージがあるんですね。これから考えていかなければならないことだという感じがします。
 ただ、非常にいい時期になっていますので、このファルマバレープロジェクト、ものづくりの方もそうですが、ウエルネスの部分に関しても非常にチャンスはあると思います。それがうまく結びつけば、この地域に経済発展の可能性が非常にあるという感じはしております。
大坪 ファルマバレーの大きな狙いは、健康長寿世界一ということになっています。私は日本が世界で今見直されている大きな理由は日本人がどうしてこんなに長生きするのかということにあると思います。私は高齢化と言うのは嫌いなんです。高齢化って何か悪いような気がしますよね。長生きすると年金が払えなくなるとか。健康長寿は世界の人が一番求めている。世界一健康長寿になれる静岡県というのはどんなところなのかと。誰でも思うんです。何かうまいものを食べているんじゃないのかとか、社会システムがいいんじゃないかとか、いい病院があるんじゃないかという話になっているのかなと思うんですが、そこで今言われたことが産業に結びついていくという気がします。健康というのは産業に関係があると。基調講演にもありましたが、東大の小林寛道先生が進められている10坪ジム運動のようなものも、ひとつの大きな産業になるんじゃないかと思います。土居さんはそちらのほうにもずいぶん力を入れておられますが、少し説明していただけませんか。

開発された不思議なマシーン

土居氏

土居氏
土居 体験した人は分かる。しかし体験しない人は絶対信じないという不思議な機械があります。物好きな社長さんが三島駅北口の県総合健康センターにつくった展示場があります。一昨年やっと理屈が分かりました。あるマシーンを使うと前頭葉に動脈血が集まるんです。暗算を一生懸命にやる以上に動脈血が前頭葉に集まるんです。また、あるマシーンを使うと頭全体が静脈血だらけになるんです。つまり眠っているんです。眠っているのに動いている。そういう不思議なマシーンなんですが、もとはゴールドメダル養成マシーンということで小林先生が作ったものです。どうも人間には体を健康にする運動の仕方と疲労が溜まる運動があるらしいんです。日本の古武道だとかは、人間の体を鍛える、健康にする運動のようなんですが、結果的にそういうマシーンが出来ました。この機械を使うと高齢者の方も楽しいと言うんです。それから三島北高の駅伝の女子チーム、韮山高校の陸上部の50数人の高校生が陸上のトレーニングは楽しいと言うんですよ。信じられないです。もっと驚いたことに健康福祉部の障害児施設に富士見学園があるんですが、子供たちが1時間たっぷり遊ぶんです。大体同じことを5分とか7分ぐらいしか続かないのですが。信じない方はどうぞ道楽社長のショーウインドウを覗いていただきたいと思います。これはブレークすると思います。柏市では、もう相当ブレークしているらしいです。
大坪 私たちの大学も実はこれを県西部の健康ウエルネスのためにやろうと、土居さんと組んで計画しているんです。ファルマバレーのプロジェクトが及ぼす影響は、観光、健康福祉、非常に広いのかなと思うんですが。 土居 その言葉を如実に言い表したのが富士見学園の園長です。トップアスリートから高齢者、小学生、障害のある方たちも同じ場所で必死になって汗をかいて楽しめると。これは夢のマシーンですよと私に熱っぽく語ってくれました。こういうことが起きると何か違うアイデアもまた生まれると思うんです。ただ、健康のために運動するんだというのは虚しいですよね。でも何で高齢者の方たちが続けるかというと楽しいんだそうです。

富士山をめぐる景観の問題を真剣に考えよう

大坪氏

大坪氏
大坪 がんセンターの中に世界的な彫刻家の流さんが大きな彫刻を寄付されました。それは癒しの原点じゃないかなと思うんですが、流先生ががんセンターの考え方と富士山に共鳴されて「富士山のふもとに世界的な芸術品を置いたらいいじゃないか。俺も協力するよ」という話が出てきているんですね。
大川 三津に住んだとき、淡島と半島の間から見える富士山は絵のような、というより絵にも出来ないような富士山でした。三島の坂に住んでいたときは箱根の中腹のところから大根を干した先に富士山が斜めに見え、韮山の高校に通っていたときは、ちょうど田んぼを越えて遠くから箱根の裾野と愛鷹山の裾野、富士山の裾野が全部見える。また十国峠から見える富士山とか、素晴らしい富士山がいろいろあると思うんです。ところが一番の問題は実は景観の問題なんですね。
 日本全国を仕事の関係でまわって、風景を見たり、町を見たりしてきました。静岡県はいいですねと、いろいろなところを回っていると言われますが、われわれはこの大事な資産をちゃんと生かす形で使っているのかと。例えば三島で言えば市内にマンションが出来始めています。マンションが出来ることは決して悪いことではないですが、マンションの前方にまたマンションが出来たら後ろのマンションから富士山は見えなくなるんですね。そうすると本当の意味で三島の町から見える富士山というのは皆で共有されないんです。そういうことを考えながら流さんの作品もちゃんと展示していかないと、最初はよかったけれど、そのうち富士山の見えないところに作品が、ということも起こるんで、富士山をめぐる景観の問題は真剣に考えて、孫子の代までちゃんと残せる世界的な場所を作っていくんだという気持ちで、われわれはやっていかないといけないと思います。
大坪 今すごく重要な提案をされたと思います。景観というものはわれわれはすごく当たり前だと思っているけれど、美しい景観と写真を撮りたくない景観がありますよね。中山さん、いかがですか。
中山 国土交通省の関係で「ぐるり富士山風景街道」という事業があり、私が参加しているNPO法人がこの事業に関わっています。これはまさしく富士山ナンバーと同じで静岡県と山梨県、国土交通省の関係でいきますと、中部と関東が一緒になって事業を展開するというものです。いくつか事業を紹介させていただきたいと思います。一つは富士山の景観を邪魔する非常にわるい屋外広告があったらどう撤去したらいいのかとか、もう住まわれなくなってしまった廃屋をどうするか、また景観喪失木立の伐採という形で、木立を整理しないために富士山が見えないようになってしまう。そいうものをどうやって解決しましょうかという形で考えていくんです。実は、木立は切っていただいて、見えるようにしました。そして朝霧高原の風景塾というものを展開させてもらったりとか、いろいろなお手伝いをさせていただいております。今、お話の景観というものは、富士山が世界遺産になったときは、地元の方々と協力しながらそういうことをやっていくことが一つ重要なポイントなのかなという感じがします。
大坪 外山さん、写真家の皆さんはそれぞれ一番富士山のよく撮れる場所をお持ちでしょうね。
外山
 富士山を撮っている方はたくさんいらっしゃるので、どう見て、どう撮るかということがあります。私は富士市に生まれて、富士山が大好きで毎日、富士山を見ながら自転車をこいで通学したんです。前は煙突の向こうの富士山はあまり好きではなかったんですが、この1年、美しい富士山とそういう富士山の両方、撮影をしていったんですね。私は両方大事だと思うんです。私の中の記憶の中の富士山は煙突越しの富士山ですが、私が撮ったもので、すごくいい写真があるんですね。富士山があって、1本煙突があって、ものすごい寒気団が日本海にあったときの夕方、5時から夕暮れ間際に一瞬ピンクになるんです。もくもくと出る煙も一瞬ピンクになるんです。それで富士山の白い雪と宝永山があってピンクの煙が行く。これはこれで非常に芸術的な作品だと私は思っているので、見る人によって違いますが、私は両方あっていいんだと思っています。そして富士山を生かす方向での立体的な展開をしていくといいと思います。

電線病を無くしたい

大坪 景観の話になってくると私も一言あるんです。それは電線です。電線病の国日本と思うくらいです。なかなか言いにくいんですが富士山の周り、観光地から電線病を無くしたいですね。市街地はだいぶ無電柱化が進んできたけれど観光地の電線病は何とか早く無くせないものかと。
外山 共同溝にして全部入れてしまえばいいんですね。
大坪 なんで富士山の周りにあんなに汚い電線がぶら下がっているのかなと思うんです。富士山が泣いているような写真が撮れてしまう。電線の張り方がへたくそでね。クモの方が上手い。私はきれいに張り直すくらいのことはやってもいいと思います。やはり美しさって、ある程度手を入れて心掛けていかないとだめだと思うんですね。看板の問題とか。世界遺産とファルマバレーを契機にやはり景観をきちんと見直す条例などが必要かなと思うんです。

流先生が田貫湖に富士山を感じさせる造形物を
 

大川氏

大川氏
大坪 流さんの作品の話を土居さん、ちょっとお聞かせください。
土居 流先生のお父さんは西園寺公望公の懐刀という方で、先生が西園寺公をぶっ殺してやろうという時期があったらしいんですね。そのときに西園寺公に「あの富士山を見なさい」といわれて、それから流先生は富士山から逃げていたんです。ところが9・11のあのテロを含めて、流先生はどうも富士山に還ってきたようで富士山のふもとに作品をつくりたいと。最初に選ばれたのが田貫湖でした。田貫湖から見ると本当に富士山が正面でいろいろな人工的なものが見えないんですね。
 本当に正面から富士山を見て富士山を感じさせるところをと、いろいろご案内したんですが、流先生が地図を見てここに案内せいと言ったのが田貫湖でした。田貫湖の国民休暇村を背中に背負うと左手になります。左手にボート置き場になっている小高い丘があるんですが、あそこに石で作った富士山を感じさせる造形物をつくるんだと。具体的なイメージは私、分かりません。富士山が曇って見えなくても富士山を感じさせるようなものをつくろうと。皆さん、宝永山の噴火が沈静化してから今年は150周年なんだそうです。そして世界文化遺産登録です。
大坪 これはみんなで協力しないとだめですね。がんばってお金を出し合ったり。
大川 本当に皆に来てもらいたかったらちゃんとつながった形のもので、かつ本物でなければ駄目です。流さんのものは本物だから、本物がきちんとつながる形でつくらないと、実は誰も来てくれない。点がちゃんとつながるものとして考えていかないといけないと思います。
 明らかに日本全体、また世界全体かもしれませんが、地域間の競争が起こっているんですね。うちの銀行は地域開発をやっていますから、皆さん平等に頑張るところも頑張らないところも協力するんだという姿勢でやってきました。ところがわれわれ自身も民営化ということが迫られてしまって、もう少しわれわれ自身、やり方を変えようということになってきました。で、本気で一生懸命やるところだけ協力しますという姿勢で向かっていこうと、公共団体の方々にその言葉で投げかけてみました。そうしたら各県、各市の大きいところの首長さんは、当然だと。頑張るところだけやってくれれば充分だということなんです。明らかに日本国内も地域間の競争になっていて、本当に自分の住んでいるところをよくするなら本気になって単なる点を、大きい点にして、ちゃんとつながる形のものをつくっていくということで考えていく必要があると思います。

ファルマというキーワードを使わしていただくことが非常に重要

中山氏

中山氏
大坪 中山さん、今の件でいろいろの産業の面づくりなんかもやっておられるんだけれど、どうですか。
中山 そういう意味ではファルマというキーワードを使わしていただくことが非常に重要だという感じがします。よく言われるのが、地域でも、企業でもそうなんですが、実は創造をしていくときには、イノベーション、プラス、マーケティングだよという話があるんですね。一体これは何かというと、ファルマバレー宣言に「私たちは患者、家族の視点に立ち、云々」とあります。混乱したら、一度ここに戻ればいい。非常にいいファルマバレー宣言だと私は感じているんです。そうすることによって地域間競争にも立ち向かっていけますし、困ったらファルマバレーというのがいいのかなという感じがするんです。
大坪 われわれの哲学の原点ですよね。患者、家族の視点に立つというのは。あらゆることがこの言葉に置き換えられます。大学経営の場合は、学生と地域社会の視点に立ってやることです。今までは大学の先生のための視点だったんですね。これをまったく変えると、とてもいい大転換、イノベーションが行われるんです。イノベーションには、視点を変えることが重要で、静岡県のファルマバレープロジェクトの素晴らしさはこの視点なんですね。素晴らしいコメントをしていただいてありがとうございました。
  あと少し時間がありますので、パネリストの皆さんに一言ずつお願いしたいと思います。

ワンポイントでまとめて企業誘致の相談を受ける体制を

土居 大川顧問に伺いたいんですが。ちょっと補足説明させていただきますと、富士市はものすごく魅力的な企業招致のプログラムをお持ちなんです。われわれは東部の市町村を比較した結果、富士市がナンバーワンの条件なんですね。富士市さんは一生懸命、個別に広報をやっているんですが、われわれとしては富士市の魅力、あるいは富士宮、三島、沼津、そういったものを上手くセットでPRするにはどうしたらいいのか、ご指南をお願いします。
大川 企業誘致は各自治体によって取り組み方がぜんぜん違うんです。どこまで本気かを見るとき、何を見ればいいのか。例えば工場をつくりたいとき、通常の自治体に行きましたら、その件について後日お答えしますといって1週間、2週間経ってお答えをする。各部署が縦割りになっていて、一つのところでまとめて相談を受けてくれないんです。ところが各企業が進出するときのポイントは2つです。最初に大事なのはきちんとした補助金とか何かあるのかどうかということで、これは経済的な問題です。もう一つはワンポイントですべてを受け入れるかどうか。そのための体制が自治体に出来ているかの、この2つです。この2つがきちんとできていれば各企業が進出するときの候補に必ずなります。それからは各自治体の本当の努力で、また自分の魅力を出していけるかどうか、こういう点があると思います。

点を線にして富士山をプロモーションしていきたい

大坪 では外山さん。お願いします。
外山 私は写真の方からで、私は去年1年、漁船に乗せてもらって駿河湾から富士山を撮ったことをはじめとして、富士、富士宮から河口湖、山中湖まで全部行ってみました。私の記憶というか、富士山は宝永山がある美しい、優美な富士山なんですね。それが一番美しいと思っているんです。田子の浦から山部赤人が歌った富士山が。でも、実は朝霧に行くとだんだん無骨になってくるんですね。ごつごつなってきて、山梨側は余りいいとは思っていなかったんですが、これがなかなか富士山がでんと雄大にあっていいんです。そういうことを点だけではなく、点を線にしていって、私は中国を含めて海外にどんどんプロモーションして売っていきたいなと思っています。
大坪 写真家っていろいろなところに視点があって、隠れた撮影ポイントってあるでしょう。人には教えないとか。
外山 あります。今の時期だと田貫湖、水のあるところに早朝の5時、6時、今ですと6時半くらいに逆さ富士が見えたりする確率が高いです。本当に湖面に富士山がきれいに映るんですね。行ってみると、ダイヤモンド富士のポイントは田貫湖にあります。本当にいろいろな角度から売れるものがあると思っています。

本物を作ることが大事だ

大坪 次に大川さん。お願いします。
大川 先ほど景観の話をしましたが、都市工学の伊藤滋先生たちが「悪い景観100選」を選んでいるんです。彼は自分たちがやってきたことに対して反省の意を込めて、やはり日本にきれいな景観を残したいと。そのために悪い景観を選ばなければいけないと。これはかなり社会的には摩擦が起きると思いますが、こういうことをやろうとされているんですね。本当の意味でわれわれ自身が富士山の近くで悪い景観って何なのかというのもはっきり指摘していかなければいけない時代が来ていて、ある意味での最低限の価値観というのを共有する必要があると思っています。もう1点、富士宮の食の話がありましたが、食についてやるときは、私はトレーサビリティーが必要だと思っていまして、これで売っていくことが一番消費者に信頼されていくと思っています。われわれの銀行の地域おこしの成功した例として、実は芋焼酎があります。南九州支店がキャンペーンを張りまして本物の鹿児島の芋で作っている芋焼酎というので売り出しました。ついに日本酒を超えて焼酎が日本のアルコールの中では一番多いんだということに発展しまして、かなりの反響を受けて、それが今、自立的に芋焼酎がブームになっているということになっています。そのときのポイントは芋は本当に鹿児島の芋なのか、ちゃんとした安全な芋なのかということです。富士宮で食をやるんだったら富士宮できちんとした形で作られているものだということを証明できるような形をつくっていくと、若干高くても、極端にいうとかなり高くても買う人がいるのが今の時代です。日本で売れなければ中国のお金持ちに売ればいいんです。間違いなくそういう時代になってきているので、本当の意味での本物を作ることが大事だと私は思います。
大坪 本当にそういう時代が来たなと痛感しています。最後に中山さん、お願いします。

ファルマバレープロジェクトで地域を磨こう

中山 3つあるんですが、やはりファルマバレープロジェクトを使いましょうと。そして困ったらファルマバレーセンターに行けばワンポイントでいろいろなものを解決してくれるだろうと思います。もう一つ補助金の話ですが、富士市は来年度から特許に関する補助金が出るようになったんです。全国でも珍しいんだろうと思うんですね。それでそれを使いながら企業誘致をしたらどうなのかなと思います。特許を持っている人を引っ張ってきてしまうと環境面でも非常にいい産業が出来るのではないかなと。それもファルマにくっつけるというような形にすると、顔の見える都市、産業が出来るのかなという感じがしています。最後に観光とサービス業なんですが、富士山は、平成20年度にはビューローを立ち上げましょうという話が、今進んでいます。そのところが観光サービスのワンクリックといいましょうか、そこですべて観光に関しては出来てしまうというような形になれば、がんセンターの国際会議をもしかしたら富士市で行えるとか、という形になってきて、またその部分でも大きくなるのかなと。ということになるとつまりこの地域を磨き上げる方法というのはファルマバレープロジェクトで地域を磨き上げることによって、全国並びに全世界にこの地域を発信できるのかなという感じがしております。
大坪 先ほど大川さんがショッキングなことを示されたと思うのは、いくら富士山が世界遺産になっても、観光客はそう増えるものではないということでした。これを契機にファルマバレーということ、世界遺産になるということを契機に、われわれはいろいろなことを新しく考えて、変化して進化していかなければいけないというのが私の印象です。

皆で連携を取っていかないと地域間競争に負けてしまう

大坪 後5分あります。会場の方から質問をしていただきたいと思います。ご自由に質問してください。
峰田 大川顧問にお聞きしたいですが、先ほど総合性という言葉がファルマバレーでありました。総合性で、各市単位でファルマバレー構想の中でいろいろと行われるわけですが、前に伊豆新世紀創造祭でいろいろ各回遊ルートとか、いろいろ県で仕掛けをしていただきまして、やっている間はよかったんですが、それが継続性がなくて、どっちかというとそのまま倒れてしまった。今度はこのファルマバレーは市町村単位でやっても結局、総合性を取るのにどこが中心になっていったらいいのか、その辺をお聞かせください。
大川 その点が一番のポイントなんですね。中山さんのおっしゃったようにファルマバレーセンターがワンポイントですべて調整できるような権能を持つということが、多分一番いいのかなと私は思います。ただ、問題はそこのところにそういう役割を与えたときに、そのもの自身が持続する形の仕組みになっているかどうかという点がポイントで、大変、今のセンター長はよくやっていただいていると思います。本当にそういう仕組みが出来ないと、本人の気持ちとか意欲だけでやっていけるのかという点は、本当は疑問でして、海外の事例なんかを見てみると、実はセンター長のところに非常に大きな権限と、成功したときの報酬もきちんとつく形になっています。名誉と報酬がつく形にしているんで、本人は本当に一生やってもいいと。石にかじりついてもやるという意欲でやっておられる方が多いので、そういうところはある程度前に進むんですね。そういう仕組みが日本の場合は残念ながらなかなか出来ないので、ファルマバレーセンターとそれに対する県の支援がないとなかなか調整は上手くいかないのかなという気がします。
 出身の私たちも含めて、伊豆全体、地域をまとめ上げて皆で連携を取っていかないと地域間競争に負けてしまう。俺のところだけと思っても駄目なんで、伊豆全体がよくならない限り勝てないので、ぜひそういう形で皆で力をあわせてやっていくしかないじゃないかと思います。
大坪 私は、答申書を知事に差し上げたとき、重要なことはこの次は民主導でと。今までは官主導だったと。民主導でいくことが重要ですと申し上げました。是非、いろいろなチャンスがたくさんあります。民間が県がやってくれるから、国がやってくれるからということではなくて、俺たちがやるということをやらない限り発展しないと思います。ですから是非皆さん、俺たちがやってやると。まずやることが重要だと思います。このことを申し上げて今日のシンポジウムを終わります。


【コーディネーター】
大坪 檀(おおつぼ まゆみ)
1953年東京大学経済学部卒業。57年カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。58年ブリヂストン入社。経営情報部長、宣伝部長、イベント推進部長、広報室総括主査、米国ブリヂストン責任者などを歴任。戦後いちはやく、バーンズ著「動作時間研究」を訳し、日本に紹介。以後、企業の第一線で活躍する一方で多数の翻訳、著作を手がける。87年静岡県立大学経営情報学部教授、学部長、学長補佐などを歴任。のち静岡産業大学国際情報学部教授、学部長を経て、2000年学長に就任。サンフロント21懇話会アドバイザー。

【パネリスト】
外山 ひとみ(とやま ひとみ)

写真家・ジャーナリスト。富士市生まれ。高校時代、芸術展写真コンテストで2年連続市長賞を受賞。20歳でフリーカメラマンに。10代のツッパリ少女たちをはじめとした人間ドキュメントを10年にわたって撮り続けるほか、週刊誌や月刊誌を中心にして数多くの作品を発表している。92年代からはインドシナ1万キロを小型バイクで縦断。97年のベトナム・ホーチミン市での写真展は多くの話題を呼ぶ。その他各地で写真展を開催。単行本「MISS・ダンディ」
《男として生きる女性たち》、最新刊「ヴェトナム颱風(タイフーン)」(新潮社)、週刊新潮グラビアで「アジア美女街道を行く」を連載中。

土居 弘幸(どい ひろゆき)
岡山市生まれ。85年3月岡山大学医学部卒業。89年9月岡山大学大学院医学研究科修了。
同年10月岡山協立病院医師。90年4月厚生省保健医療局疾病対策課主査。同年7月同保健医療局疾病対策課専門官。91年10月同保健医療局企画課医療専門官。92年7月同保健医療局精神保健課精神保健専門官。94年4月群馬大学医学部講師併任。同年7月大臣官房厚生科学課課長補佐、世界保健機構(スイス・ジュネーブ)に派遣。97年4月厚生省健康政策局指導課救急医療専門官、厚生省健康危機管理調整会幹事。99年4月山口大学医学部講師併任、岡山大学医学部講師併任。01年1月静岡県健康福祉部技監。03年4月静岡県理事兼健康福祉部技監。

中山 勝(なかやま まさる)
1989年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了。81年スルガ銀行入行、82年財団法人企業経営研究所出向。研究員、主席研究員を経て00年産業経済研究部部長、05年4月産業経済部部長(名称変更による)。97〜00年静岡県広域行政推進研究会委員。01年富士山麓先端健康産業集積構想戦略委員会委員。03年〜富士市補助金交付制度調査研究事業などに参画。04年静岡県観光交流懇話会委員。06年富士市観光ビューロー組織化検討委員会委員。06年日本大学国際関係学部非常勤講師。サンフロント21懇話会シンクタンクTESS研究員。



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