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時局講演会  7月2日開催

「胡錦濤体制とこれからの日中関係」
講師 東洋学園大学教授 朱建栄氏

略歴

講師 東洋学園大学教授 朱建栄氏
朱建栄氏
東洋学園大学教授
1957年、中国・上海生まれ。82年、華東師範大学外国語学部(日本語専攻)を卒業。84年、上海国際問題研究所付属大学院で法学修士号を取得。86年、総合研究開発機構(NIRA)客員研究員として来日。92年、学習院大学で政治学博士号を取得。学習院大学、東京大学非常勤講師、東洋女子短期大学助教授などを経て、現在、東洋学園大学人文学部教授を務める。社団法人中国研究所理事、日本現代中国学会理事、日本華人教授会議代表などを兼任。著書は「胡錦濤対日戦略の本音」など多数。

 サンフロント21懇話会、静岡政経研究会と静岡新聞社・静岡放送主催の時局講演会が7月2日、沼津市魚町の静岡新聞社・静岡放送東部総局ビル「サンフロント」で開かれた。講師は東洋学園大学教授の朱建栄氏。朱教授は静岡県と姉妹提携している中国浙江省の出身で上海育ち。約110人が聴講した。「同じお茶の故郷ということで、静岡には関心を持っています」という朱教授が「胡錦濤体制とこれからの日中関係」をテーマに急速な変化を遂げる中国をどう見ればいいのか、そして日中関係の現状と将来について、熱く語った。


中国の大きさを常に見ておく必要がある

 日本のマスコミで中国について取り上げない日はないぐらい、今、中国の存在は大きくなっています。しかし、中国についての見方がまちまちです。それは中国という国は日本人の一般常識を超えるものがあるためだと指摘しておきたいと思います。
 まず、中国を理解する上で中国の大きさということを常に見ておく必要があると思います。人口は13億人以上で日本の11倍。国土面積が960万平方キロメートルで日本の26倍。都道府県に相当する中国の省という行政圏がありますが、5つぐらいの省の人口が8000万人を超えます。5000万人を超えるところが10いくつかあります。ヨーロッパではみんな立派な国になれる規模です。
 そして56の民族があります。各民族が入り乱れて住んでいますので単純にある民族をなぜ独立させないのかというような形で解決できるような問題ではありません。全世界に大まかにまとめて2500以上の民族がいますが、国連加盟国数は192です。民族をすべて独立させて問題を解決することはできません。かといって多民族国家としてどのように共存していくかも極めて困難だと思います。
 もう一つ、大きさに対して紹介しておきたい中国の特徴があります。中国の沿海部と内陸部との格差という話が出ますが、厳密に言えばそれは中国の沿海部と中部地域との格差です。
 この大きな中国を黒竜江省から斜めに雲南省までほぼ45度で一本の線を引くと内陸部の面積は55%、沿海部の面積は45%です。中国の人口の95%が沿海部におり、55%の面積のある内陸部の人口は5%しかありません。中国の格差などの問題は上海などの沿海部と四川省、貴州省あたりまでの地域の格差を是正できるかどうかです。


変化が速すぎる中国

 中国はこれから超大国になることを裏付けるデータはいくつもあります。逆に中国は絶対に崩壊するというデータもあります。どちらかだけを取って中国は崩壊する、いや中国はこれから日本を飲み込むという論議があります。大きな国故に中国を見る上で単純に1つ、2つのデータでもって結論を出すことができません。その難しさがあります。
 大きさの中で、どのように大きな流れを見るかが第1の中国を見る上で注意すべきことではないかと思います。2番目に理解が難しいのは、中国は変化が速すぎることです。しかも重層的に変化が起きている。
 一人当たりの収入で比較すればヨーロッパは250年かけて3、4倍増えました。日本は世界でも奇跡といわれるぐらいで60年代から25年間かけ5倍の所得増になりました。中国は1980年から2000年までに平均して5倍増えました。さらにその後の8年で平均して全国的に収入は8倍以上増えています。その中で沿海部と内陸部は、かつては1対2の格差でしたが、今は5対20というようなことになっているところに問題があるのです。


中国の3段階の発展戦略

 30年前、中国はある意味で世界で最も平等な国でした。毛沢東時代は都市と農村、職種の間、すべて平等ということを推し進めていました。そこからケ小平が実権を握って中国の経済発展に号令をかけました。ケ小平さんはいくつかの名言を残しています。毛沢東時代は皆貧乏で水準は低いけれど平等を実現していましたが、「これは悪平等である。みんな貧しいばかりでは本当の豊かさはない。どうやって発展すればいいのか。白ネコでも黒ネコでもねずみをつかまえられるネコはいいネコだ」と。中国の発展にとって、これからはイデオロギーに拘らずに、発展の方法を全世界から学べということで、この2、30年間、市場経済中心に各国から学んで、外資を導入して発展してきたのです。
 中国の変化の中にみると、ケ小平戦略というのは100年の戦略です。まず沿海部を確保しながら徐々に中部内陸部に広げていくという戦略で、最初の20年から25年間は臨海部を発展させる。そして今の胡錦濤時代に入って、これからは平等の実現を目標に2020年までに格差是正し平等化を図るとし、そして2020年から中国建国100周年の2050年頃までに先進国のレベルに追いついていこうというのが3段階の発展戦略です。
 中国は変化が激しい。それ故たくさん問題も起きています。この問題に中国は真剣に対処しなければいけない。しかし同時に中国を長い戦略の中で捉え、1つ1つ順序を追って対処するという理解も必要ではないかと思います。


中国の社会主義は旧ソ連とは違う

 今の中国の政治体制の行方を見る上で、何を参考基準にし、どこの国を参考に見ればよいのかですが、私は中国の社会主義は旧ソ連とは違うと思います。旧ソ連はいってみればイデオロギーから出発し、ヨーロッパ型の共産主義のやり方で進めてきましたが、中国、ベトナムも含めてアジアの社会主義は、一種の民族主義が社会主義の理想を掲げて、社会主義のやり方を取り入れて作り上げたアジア型の社会主義だと思います。
 毛沢東の革命も旧ソ連の革命の方法論とは全く逆で、都市部ではなく農村部で、産業労働者ではなく農民を基本的な支持母体にして革命を成功させてきたわけです。旧ソ連のようにヨーロッパでは20年前に社会主義は軒並み倒れたのに対し、アジアの社会主義は倒れなかった。アジアの社会主義はイデオロギーで作られたものではなく、どこか別の柔軟性があるからといえます。
 実際に中国では政治の一党支配のもとで、限りなく先進国と同じような市場経済のメカニズムを導入しているわけです。言ってみればかつては水と油の関係と思われていた社会主義計画経済と資本主義ですが、今の中国では併用している。
 中国の体制の行方を見る上で、ソ連、東欧より韓国、台湾の体制の変化というのは参考になります。あるいは戦後の日本の変化も中国を見る上で一つの判断の基準、物差しになると思います。
 すなわち中国を単純にイデオロギー、共産党体制で見るのではなく、一種の開発独裁型の体制の変化と見ることができるのではないかと思います。


第3の革命が起こりつつある

 毛沢東時代の中国大陸と蒋介石時代の台湾は、政治も経済も独裁です。蒋経国の台湾とケ小平の大陸では政治は独裁ですが経済は自由化しています。これも共通しています。台湾の李登輝と大陸の江澤民時代は、経済の発展によって構造的な変化が生じる。台湾は小さいですから民主化が進み、20年前に複数政党制になりました。大陸はまだそうではないですが、逆戻りは不可能な形で推移している。こういうような比較をしますと、中国社会の政治の行方というものも見えてくるのではないかと思います。
 今の胡錦濤主席の指導する中国はどのような位置づけをすればいいのか。私は今の中国で第3の革命が起こりつつあると思います。


毛沢東が独立を実現したことが第1の革命

 私に言わせると、毛沢東が独立を実現したことが第1の革命であり、政治の革命といえます。現在からみれば毛沢東時代も幾多の過ちを犯し、文化大革命、大躍進運動など国民が振り回され、多くの餓死者も出しました。政治の闘争で亡くなる人もいました。このような問題は、今も密かには是正され、例えばかつて反右派闘争で右派のレッテルを貼られた人は全員名誉回復していますが、まだ十分ではないと思います。これからまだ是正が必要だと思います。
 一方、中国近代化という長いプロセスで見ると、毛沢東時代もやはり避けて通れなかったと思います。日本も戦後、土地改革をしましたが、一種の平和的民主改革でした。それに対して毛沢東の土地改革は地主を打倒し、その財産、土地を強奪して農家に分配する過激な土地改革でした。そのプロセスの中で多くのひずみを残しましたが、しかし別の意味で中国の1000年以上積み重ねた問題を一掃するプロセスが毛沢東時代にある程度行われた。それがなければ、それ以後の発展の基盤もなかったといえます。


第2の革命はケ小平が進めた改革開放路線

 しかし毛沢東時代に経済、社会の発展が出来なかったのは間違いのない事実で、毛沢東が亡くなった後、ケ小平さんが実権を握ります。ケ小平さんが進めた改革開放路線によって中国の経済は大発展します。そこでケ小平時代は経済革命、第2の革命が行われたと中国で評価されています。現在の中国の発展はみんなケ小平時代に基盤、基礎がつくられたといえます。
 このケ小平時代は今までの中国の1000年、2000年来なかった豊かさ、そして鎖国的に一番厳しい体制から門戸を開放して世界各国に100万人以上の留学生を派遣し、外資を導入して、また輸出して、いまの中国は日本よりは大きい経済対外依存度をつくっています。
 対外依存度とは、そのGDPに対する対外貿易のパーセンテージで、今の中国は日本の2倍以上です。日本よりももっと世界市場に頼って発展してきた。こういう中で中国経済が大きく変わり、かつての計画経済から今の市場経済に入り、2001年に先進国が決定権を握るWHO、世界貿易機関にも社会主義国家の中ではたった一つ中国が加盟しました。世界的な資本主義のルールで作られた世界貿易機関です。
 しかしケ小平の革命は大きなプラスの影響をもたらしながら、すでに多くの歪みも露呈させています。経済全体のGDPは発展していますが、地域間の格差が拡大し、それが縮まるような状況は見られず、経済は発展したのですが、大量に資源を使い、環境を破壊し、今の中国で多くの環境問題を出しています。そして国の経済は発展するのですが、ソフト面、社会福祉、生活水準、なによりも社会の自由、報道の自由などが実現できなかったわけです。


中国の第3革命は社会構造革命

 2002年に登場した胡錦濤政権はケ小平路線を継承しながらケ小平時代を乗り越えていくための新政権と、今から考えれば位置づけることができると思います。即ち今の胡錦濤時代で第3の革命が起き始めているということです。
 日本で見過ごされやすいのは中国の社会構造の変化、そこで一種の社会革命が起きていることです。社会構造の変化と国民意識の面での変化の革命。私は今の中国の第3革命は政治革命ではなく社会構造の革命が起きていると思います。
 実際に今の胡錦濤政権が出しているスローガンもケ小平時代とかなり違うようになっています。江澤民時代とケ小平時代を兼ねていると思います。当時のGDP優先路線に対し、去年の党大会では2000年から数えて2020年までに国民所得の4倍増計画で生活の充実を打ち出しました。そして共和社会のスローガンを打ち出し環境対策、教育重視、格差是正、社会保障システムの構築に重点を置くことになりました。
 この胡錦濤政権の政策変化の背後にあるものは何か。それは中国社会ですでに起きている地殻変動だと思います。ケ小平の指導した経済改革の結果、中国の社会はどんどん変わり、農民階級は細かく細分化して中国の専業農家は現在1割です。兼業農家が大半になり、そして1億5000万人ぐらいは農村から離れて都市の出稼ぎ労働者となっています。でも彼らは農村人口と数えられます。それ以外に農村で企業を起こしている人、農村の企業に勤めている農家の人などこの階級、階層に変化が起きている。


富裕層が生まれ、中間層が拡大している

 このような階級、階層の分化で見るとともに、もう一つの判断の基準が出てきます。それは収入、所得の比較です。
 毛沢東時代の国民の収入は限りなく平べったいピラミッド状になっています。ほとんどが低所得でほんの一部だけが上に出ているということに対し、今は沿海部で中間層がどんどん拡大し、社会構造の中にラグビーボール状に真中がどんどん膨らむ方向になっています。貧困層が縮まり、徐々に中間層へのシフトが始まっています。
 今の中国の社会、経済、および政治の将来を見る上で、中国13億人の今の所得分布がどうなっているか。13億の中国人のうち食事すらまだまだ確保出来ていない人が7000万から8000万人います。今の中国の大部分の僻地では電気がなく、自動車の通る道路もないところに住んでいる人が2000万から3000万人います。大き過ぎる中国でそのような盲点がまだ残るのです。
 この貧困人口の基準は国際基準によるもので、世界銀行は1人1日当たりの収入が1ドル以下、それを極貧層と線を引いていますが、30年前、この層が4億人ぐらいいました。すでに3億人以上がその層から脱出したといえます。ちなみに今のインドは人口が15億人ですが貧困層は2億5000万以上います。
 一方、30年前の中国にはなかった富裕層が今、市場経済の中で約1000万人生まれています。中国社会の皆が特に格差について不平等に思うのは主にこの1000万人に対してです。かつてなかったですから。
 しかし中国の全社会を見ると単純にこの一部の金持ちと一部の貧困層を比較するだけでは社会の全体像は分からないです。1000万というのは大きい数字ですが、全中国の中では0.8%です。8000万というのも大きいですが、これが6%ぐらいです。
 中国の格差の問題がよく言われます。それは急速に変化する中で沿海部の拡大によって生じたもので、またかつては優遇されていた労働者階級が市場経済の中で優遇をなくして不平不満を持ち、また先進国のような社会福祉のシステムが保障されていないことによって国民が安心して生活できないという不安感がある。そういうようなことで見ると、あまり単純に格差、格差ということは中国の理解にはなりません。


世界で最も不平等な国はアメリカ

 全人口で比較すると世界で最も不平等な国はアメリカです。国連大学が2006年に発表した家族単位でのその国の富の分布図によれば、その国の10%の金持ちが持つ富は、全社会の中で日本は世界から見れば比較的平等な方で39%です。中国は意外に低く41%です。イギリスは56%、フランスは62%、そしてアメリカは69.8%です。10%の金持ちが全社会の7割の富をアメリカは偏って持っているのです。
 阪神大震災が起きた時、感心するのは日本で暴動が起きない。倒壊した建物からものを奪うこともほとんどないのに対し、数年前のニューオーリンズで起きたハリケーン災害の時、政府の対応が遅れたのはともかく、店からものを奪うということがいっぱい起きたわけです。アメリカの中の黒人、低所得者の多くはもう本当に救いがないような状況にあるのです。


胡錦濤政権の最大の目標は農村部の生活水準引き上げ

 中国も格差問題はこの20年で目立って増えたのでみんな不満を持つようになりました。社会保障制度が出来てないからその問題を深刻に感じており、格差是正は中国の努力目標ですが、この0.8%の富裕層と6%の貧困層を単純に比較して中国はこうだということでいいのか。それよりも残りの93、4%の中国人がどうなっているかを見ることが必要ではないかと思います。
 中国には依然として生活に余裕のない低所得層が農村、内陸部に7億人ぐらいいます。かつてに比べれば彼らの生活水準は5倍以上、この20数年の間に増えています。ただ、かつてはあまりにも貧困だったということで、未だに余裕がありません。胡錦濤政権がいま、掲げている最大の開発目標は、この7億の内陸部、農村部の人の生活水準の引き上げです。中国の発展について農村中心戦略がいま打ち出されています。
 何を重視するのか。第1に格差は、これから是正しないと中国の発展に問題が深刻化する。2番目に内陸部です。沿海部の発展によって内陸部を支援する力が徐々に出来てきた。中央政府にとっても財政収入が増え、内陸部へのテコ入れが可能になった。さらに言えば実は当局のもくろみの一つは農村部で収入を底上げすることです。
 こういう人たちがある程度収入が増えると何を買うか。それは家電製品など生活用品です。それこそ中国の沿海部では生産過剰になっている。輸出ではダンピングとかいろいろ制裁を受けるわけです。中国では内陸部の経済、所得増があると沿海部の生産能力が過剰な家電産業の市場が開拓される。こういうもくろみで現在、7億人に対するテコ入れを急いでいます。


一番重視すべきは5億人の中間層

 いま中国の現状を見るのに一番重視されるべきなのは、次の中間層の5億人ではないかと思います。30年前、中間層はゼロに近いものでした。それに対して現在、生活水準が本当に中産階級のレベルに、余裕のある生活レベルに達した人たちを指します。中国の基準では夫婦と子供の3人家族の年間収入が6万元以上。単純に比較すると日本円の100万円ぐらいですが、しかし物価水準を考慮すると大体300万円くらいの生活水準を下限とし、上は1500万円ぐらいです。その層のことを中間層と考えます。他の評価基準として家の持っている財産は30万元以上。日本円で500万円以上の金融資産、あるいは不動産を持つというのが中国では中産階級と数えられる。
 2003年の時点で全人口の19%、それ以後、毎年1%ずつ増えているので、現在2億8000万から3億と試算されています。


貯蓄をしない「月光族」

 それに対し生活水準は中産階級に達していませんが、低所得層よりは高く、そして消費のパターンが中産階級に極めて似ている人たちがいます。今の中国の若い世代、就職したばかりの人たちです。彼らはほとんど貯金をしない。給与は全部使い果たす。そのような行動パターンを取っているんです。経済は発展しているからと、一人っ子世代は親からお金をもらったりしているのでこの層が出来ているわけです。
 この層は「月光族」と呼ばれています。月は毎月、光は使い果たすという意味です。20歳から30歳までの間の世代の独身の典型的な特徴です。この層は中国全土でみると2億人以上います。中産階級の意識の持ち主として私は中間層と呼んでいます。


中間層によって中国に大量消費社会が

 この層を合わせると中間層はおよそ5億人います。この5億人の出現、さらに毎年1%ずつ拡大していることはケ小平時代の経済改革がもたらした最大の成果であり、これからの中国の変化を支える土台でもあると思います。中間層の存在によって今の中国に大量消費社会が生まれ、いろいろなファッションブームが起きたのです。
 国内でファッションなどが形成できるのはまさに中間層が牽引役です。日本の回転寿司レストランが上海だけで250軒ぐらいあります。そのようなやや高いですが、今までにない別の食事を堪能したり、海外旅行に出掛けたりしている層が中間層です。
 中国は今、インド、ベトナムなどと比べると沿海部の人件費は5割以上高くなっているのです。その中で労働集約型関係のものが中国に依然として投資を続けているのは何故か。中国の別の魅力があるからで、それは中間層による消費の拡大です。即ち中国でつくったものが中国で売れるようになったのです。今までは中国でつくって海外に輸出しなければいけなかったのが中国で売れるようになったことです。第2に自動車産業やIT産業は何万もの部品が必要ですが、その部品産業が中国で育っており、簡単には移せないのです。


権利意識の向上で多発する争議やデモ事件

 中間層の拡大のもう一つの典型的な特徴は、世界共通の権利意識の向上です。彼らは生活にも余裕があり、皆自己主張し始めます。今の中国で年間何万件もの争議、デモ事件が起きているわけです。その8割以上が農村部、都市部などでの権利の主張です。立ち退きに対する反対、工場の汚水などで自分の生活環境が汚染されたことをめぐっての反対。こういうようなことが至るところで起きています。
 また、中国の体制では中央指導部は比較的開明的で、沿海部は経済発展につれてまあまあ政治はよくなっていますが、内陸に行くほど汚職、腐敗、役人が農家などを無視して威張る。そのような現象が残念ながらいっぱい起きています。多くの国民はそれに対して不満を持つわけです。そこに何かの事件があると便乗して暴動を起こすような事件が起きているわけです。
 そういう意味で中国の社会構造の変化で対応が一つでも間違うと社会的な問題になるわけです。しかし内陸部で沿海部に対する不満はあるのですが、全地域で生活も前よりは良くなった。そのような中で全国規模で大規模な暴動が起き、政権が倒れ、経済、成長をストップするようなことは基本的に考えられないと思います。この権利意識の台頭によってこれからの中国はもっと国民が自由な発言を求めること、政治の民主化を求めていくのは彼らにとって一番重要なことなのです。


中間層なしでは考えられない変化

 今回の四川大地震でテレビは皆24時間の生放送になったわけです。それは上から指示されたものではありません。各マスコミが一斉にそのように行動したのです。中央政府当局としても、もう阻止できなかった。
 中国のテレビはすべて政府からの財政支援はありません。すべてコマーシャルの収入と他のビジネスに頼っているわけですが、地震発生後、最初の3日間は中国のすべてのテレビ局が災害の中継を行いました。その間、コマーシャル抜きで放送したんです。
 そのようにマスコミが変化した背景には、中国社会において人命重視ということが、共産党が押し付けている幾つかのことを超えた共通の価値観として広がっていると言えます。
 四川大地震では全国各地から延べ130万人のボランティアが現地に行っています。多くは遠く離れた大連、北京などから若者が仕事を休んで、飛行機のチケットを自分で買って現地に入ってそこでボランティアをする。中国人は漢方的な発想で血液は人間のエキスで一番大切なので献血はあまりしない。しかし今回は現地で血液が必要と分かると全国各地で献血に長い行列ができ、途中から政府がこれ以上必要がないとストップしたほどでした。この変化は中間層なしでは考えられません。
 オリンピックの前後の3年間、もう一つのスパンとして中国の変化を見るべきだと思います。その間、いろいろな事件が起きます。その事件を通じて試行錯誤しながら進歩していきます。東京オリンピック、ソウルオリンピックを経て日本と韓国は社会の近代化が大きく前進したのです。中国社会はもう逆戻りはできないと思います。北京オリンピックを経て中国は国民がうんと自己主張する。マスコミでももっと自由に発言することを求める流れは、もう止まらないと思います。


日本の報道の盲点

 ただ、それについて日本の報道の盲点を指摘しなければなりません。中国の報道について人民日報に中国の政府が出した何々の規制の通達が載ったということが大きく伝えられます。そのような通達があるとあたかも中国社会は国にコントロールされていると錯覚が予想されますが、それは違います。中国の政治体制は、もはや独裁政権ではなく、新権威主義の体制になっている。
 中国の中で外国の特派員を見ると党の機関紙「人民日報」に載っているということが中国の現状判断をする基準になる。しかし中国の国民にとって「人民日報」に載っても知らないよと。大半の人がそうです。中国の新聞販売のスタンドでは、どこも「人民日報」は販売していません。党の機関紙は現在の中国市民は誰も買わないからです。現在は党の下部組織や行政では購読している。つまり中国の現状を見る上で、党や「人民日報」に載ったことを見るとともに、そうではない別の社会で実態はどう動いているかを見て、聞く必要があると思います。
 こういうような状況の延長に、これから中国は2015年から2020年に中間層が全人口の半分を超えた時点で国政レベルの直接選挙導入なども避けられないと思います。


中国経済は2010年までは基本的に現在の延長で

 次に北京オリンピック後の中国経済はどうなるか。
 中国経済は多くの課題を抱えています。ここ数年のバブル的な株式市場の株価指数が今、半値まで下がっています。不動産市場もしぼみ、不動産と株のバブルがはじけています。
 ここ1、2年、いろいろ原油価格の高騰、中国での消費の拡大、豚肉の値上げなどによって消費者物価も今年の政府目標は4.8%以内に抑えることですが、現時点では7.7%以上で、恐らくこれから8%台以上になると思われます。それによって低所得者の生活が圧迫されると思います。こういうような厳しい状況、国際環境、中国にとって最大の貿易相手国のアメリカの国内経済も厳しい。
 しかし北京オリンピックの後で必ず経済の落ち込みが起きるという必然性が中国にはないと思います。東京オリンピックと何が違うのか。東京オリンピックの時の日本の経済は東京一極集中型でした。ソウルもそうで、その地域にオリンピックの過大な投資をし、その後一時期落ち込みが起きるのは予想されます。しかし北京地域のGDPは全国の3.7%と極めて小さいです。従って北京オリンピックの後、北京で落ち込みは起きます。全中国では起きません。
 全中国で見ると、また別の状況があるのです。今回の四川大地震で大きな被害を出したのですが、言ってみれば地震特需が生じたので経済を逆に押し上げるようになっています。中国はこのところ連続2ケタ台の成長で、むしろ過熱気味なので、保険としてももう少し下げておきたいので、恐らく総合してみれば今年の成長率は依然として9%の後半から10%前後といえると思います。
 でもバブル崩壊の影響は中国でも大きいと思います。本来は日本のバブル崩壊の影響が95年頃現れるはずだったのが阪神大地震の特需によって2年間伸びたと経済学者が言っていますが、それと同じように中国は北京オリンピックの次に同じような巨大イベント上海万博が2010年にあるわけです。ですから2010年までは基本的に現在の延長で行き、2011年後から中国経済は本格的な調整期を迎えるかもしれないと思います。


経済の長期的な問題は人口減少と環境問題

 経済の長期的な問題は何なのか。人口が多すぎるのも問題ですが、今、一人っ子政策によって2015年から20年に中国の人口の伸びが急速に鈍化してきます。若手労働量が減り、その代わり高齢化が急速に進む。しかし社会保障がまだ十分整備されていない。この問題が一つあります。
 第2は中国の環境汚染です。経済はどんどん発展してきた。この20年の中国の発展の最大の失敗の一つはここまで環境を破壊してしまったということです。今の中国はまさに深刻な影響が出ています。
 揚子江の上流地域に工業が発展して、汚水が出ている。とくに重金属の汚染が出ているわけです。三峡ダムは発電だけでなく、中国の洪水防止などいい役割がたくさんあります。しかし予想していなかった影響が出ています。ダムによって上流地域の流れが緩やかになったわけです。実は上流地域の工業発展で汚水の処理が進まないまま野放しで流され、流れが緩やかになって重金属が沈殿するというような状況が起きています。水俣病のような公害病が今の中国の沿海部の河南省で起き、かなり深刻になっています。これから別の地域でも現れるでしょうし、その公害対策というのはそんなに簡単ではないといえます。
 胡錦濤主席の訪日で、予想外に日本が呼びかける洞爺湖サミットでの地球規模の温暖化への数値目標の取り組みに参加すると表明し、日中のそれをめぐる共同声明も発表されました。途上国の中で唯一中国が、この数値目標に参加すると表明したわけです。どうしてか。何よりも中国は国内に痛みを持っている。この自然の破壊、環境汚染がここまで進んだ。これ以上は出せない。地球規模のこともあれば、中国自身が世界的な流れを変えて、国内環境対策をしないといけない。そのような危機意識が表れたからだといえます。
 胡錦濤主席の訪日で合意した内容の3分の2は中国の環境対策、省エネ対策で日本の協力を取り付けることでした。


中国の資源の中で一番足りないのは水

 中国のこれからの発展で、当然エネルギー資源不足などの問題があります。中国の石油消費量はすでに日本を抜いていますが、中国は輸入国であるとともに世界6位の石油生産大国でもある。それで中国の石油輸入量が去年までずっと日本を下回っています。
 日本の報道では中国は世界中で石油を買い漁っているような書き方ですが、それは違います。中国の全体のエネルギー消費のうち、今もこれからも6割以上は石炭です。その分、大気汚染などの防止策が難しいですが、国内の需要をこれで確保しているわけです。
 中国の国家戦略として2つのものは世界市場に依存してはならないと。食料と石油です。エネルギーは90%以上、国内に立脚するという発想があるわけです。
 中国の資源の中で一番足りないのは、実は水です。全中国の水の一人当たりの所有量は全世界平均の4分の1です。中国の8割の水は揚子江、長江など南の方にあり、北方は北京を含めて全世界平均の20分の1しか水がないのです。
 こういう中で、これから中国は水対策が最も重要になってきます。現在の対策の一つは揚子江から3本の大運河を造って北に揚子江の水を運ぶことで、1本は出来ています。さらに石油価格の高騰によって海水の淡水化のコストが取れるようになっているので、その部分にも力を入れています。そして何よりも今、特に日本に学べと中間型の経済を目指しています。
 これからの中国経済は問題がありながら2010年以降、平均して6、7%の成長が続き、およそドル換算でも2015年までに中国のトータルのGDPが日本を超え、また2020年ごろには、実勢の物価でみる中国のGDPはアメリカに並ぶと言われます。
 そのようなことから経済大国化し、一方またどこか偏った奇形の発展で一人当たり所得ではまだまだ途上国の段階であると。このような大国の出現で日本がどう対処していくか、これから考えなければならないと思います。


多民族の共存という道を目指す中国

 経済とともに民族問題もこれからもっともっと出てきます。チベットの問題は、北京が単純にチベットと民族を圧迫しているという知識で言われますが、そこは違うと思います。中国には56の民族があって、入り乱れて住んでいます。チベット族と一番摩擦を起こしているのは漢民族ではなく、そのすぐ近くに住むイスラム系の回族なのです。
 一方、中国の新彊に16の民族がある。漢民族と並ぶ最大の民族はウイグル族で、彼らは頭がよく、シルクロードをずっと維持してきたので、そこには富と組織があって、漢民族は出て行ってほしいという情勢があります。しかしそれを除く14の他の民族に独立組織は一つもないんです。どうしてか。彼らはむしろウイグル族だけに独占されるのを、どうも怖いと思うようなのです。漢民族がバランサーとして残って保って欲しいというわけです。
 このような多民族国家の難しさというものを理解し、中国がこれからどう対応していくか見守っていく必要があると思います。
 第二次大戦後、多くの国が独立しました。しかし現在、起こっている問題を見ると独立だけで民族問題を解決できないのも事実です。中国は今、第3の道として多民族国家で共存という道を目指し、相当の努力は払われていると思います。
 中国でも大学入試では少数民族優遇制度があって点数が20点、25点ぐらい低くても加算されて入学できる。一人っ子政策は漢民族にはありますが少数民族にはない―などの対応をやっています。しかし全般的に多民族地域を含めてまだまだ対応は不十分で、試行錯誤し、摩擦はあると思います。
 幸い、最近、胡錦濤主席は国内対策、台湾問題などと並んでダライ・ラマとも交渉するという方向に転換したことは、私は評価したいと思います。中長期的には試行錯誤しながら中国は恐らく一種の連邦制か、アメリカのような合衆国制で、各地方がもっと高度な自治権を持つという方向でやっていくのではないかと思います。民族問題、同じ漢民族でも各地域で特性があるので、そうしないと解決できないんじゃないかと思います
 また、台湾問題ですが、この3月の選挙で国民党が勝ちました。台湾はかつて30年前、GDPが全中国の2割から3割あったのですが、最近、中国の一つの省である広東省に抜かれました。この経済の失敗が民進党敗北の最大の原因だったのです。
 そこで圧勝した馬英九さんは台湾経済の立て直しが至上命題で、大陸のエネルギーを借りて経済立て直しを現在やっているわけです。台湾もしたたかなので、アメリカを味方につけて、大陸と渡り合っていくという構図は基本的に変わらないのですが、私はこれからの5年、10年の予想として、大陸と台湾の経済はもっと密接化していく、しかし北京に併合されていくような統一はまずないと思います。中国自身、民主化のプロセスとも関係してきますが、長期的には両方がほぼ対等の形での連邦制になる可能性があり得ると思います。


東シナ海の共同開発合意は世界への重要なメッセージ

 日中関係ですが、私は今回の胡錦濤訪日で相当成果が上がっていることを評価したい。とくに東シナ海の共同開発で合意したことを重視しています。
 考えてみてください。わずか2、3年前に日本の中で東シナ海をめぐって中国が何か押し寄せてきて日本も対抗しなければいけない。そういう緊張まで起きていました。しかし今回、双方は線引きのことを棚上げしてほぼ中間のところを共同開発するという合意に達しました。外交の妥協ですから、それぞれの国の中で不満が残りますが、特に中国の中で日本に譲歩し過ぎという批判は出ています。
 私は日中両国がこのような合意をしたことは大きな意義があると思います。一つは日中関係がたくさんの問題を抱える中で、対立するのではなくて、協力という形で前進して、双方の協力を拡大していく中で、問題を乗り越えていく。言ってみれば入り口論ではなく出口論で問題を克服していく。これが胡錦濤政権の発想ではないかと思います。
 歴史問題についても前の江澤民主席は常に歴史問題を先に謝罪せよという入り口論だったのに対し、胡錦濤政権は互いに慎重に対話をしながら関係の拡大をという形です。日中関係にとって大きなトゲを抜いて、これからもっと良好化し、対外的な協力はできるという土台がつくられたと思います。
 もちろん東シナ海も対立点を超えるには時間はかかりますが、しかし近い将来、それをめぐって軍事的な緊張が起きる可能性はないと思います。それがまた世界への重要なメッセージの発信だと思います。日本と韓国、日本とロシアとの間にも国境をめぐる紛争はあり、政界のいろいろなところで領海、排他的経済水域の問題はありますが、日本と中国という2大国が合意に達したということが世界にもいい影響を与えると思います。


市民同士の相互理解なくして日中の将来はない

 最後ですが、たくさん問題がある中で私は一番重要なのは心理的な問題だと思います。中国にとって近代以来ずっといろいろ戦争などで被害者意識が強い。何か外国から言われると反発しています。その一方、やはり大国ということで、ここまでになって、またそこまでの責任感、意識がない。だから中国は大国主義のところを自制する。
 日本は中国に急速に追い上げられているという心理的な焦りを避けて、日本自身の強みを生かしながら協力していくことが大切だと思います。日本のGDPはいまだに中国の倍近くあり、日本の技術力、日本の技術開発、教育訓練などに中国は到底追いつかない。
 市民同士の相互理解なくして日中の将来はありません。日本人にとっても中国の変化があまりに速いし、中国人は皆かつての戦争のことばかり覚えていて、今の日本がどうか知らない。より多くの中国人に来てもらうためには、青少年の交流、地方自治体同士の交流とともに、もっと中国の観光客に来てもらう。
 観光に来たら皆日本を見てびっくりします。礼儀正しい、環境はきれいだ、約束を守る。「私の日本感はこれで変わった」と9割以上の人がいいます。こういう相互理解を深めてくことです。
 また日本は世界で2番目の経済大国です。中国はまだドイツに次いで世界4番目ですが、まもなくドイツを超える。日本と中国のGDPを足すと東アジアの8割以上を占めます。このような大きな大国が責任感を持って両国関係だけではなく、アジアに、世界に貢献していく。このような気持ちで協力をしていかなければならないのではないかと思います。



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