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記念講演 5月20日開催
「国益とインテリジェンス
〜新帝国主義の時代に日本はどうやって生き残るか〜」

作家 佐藤 優 氏

 

作家 佐藤 優 氏
 相当、大上段のテーマを掲げましたが、6つのことをお話ししたいと思います。
 まず1番目、インテリジェンスとはどういうことか。定義をしたいと思います。2番目に新帝国主義についても簡単に定義しておこうと思います。3番目、去年9月のリーマン・ブラザーズの破たん以降国際情勢にどういう影響を与えているか。そして4番目、あまり皆さん聞かれたことがないと思いますが、リーマン・ブラザーズの破たんと同じぐらい大きな意味のある事件が去年起きているのです。去年8月のロシア・グルジア戦争です。神は細部に宿りたもうといわれます。悪魔も細部に宿りたもうわけですが、では実際に帝国主義の時代がどうなっているのかを5番目として、この前のプーチン・ロシア首相の訪日で見てみたいと思います。その中では、いわゆる北方領土の3・5島返還論の問題、それから日本ではあまり報道されませんでしたが、新型インフルエンザでプーチンが面白い事を言っているんです。そして6番目で簡単なまとめとしてこれから重要なのは自分の頭で考えることですよと。そのためにはインテリジェンスが必要になると、この順番で話をしていきたいと思います。

国家の生き残りのために何らかの評価を加えた情報をインテリジェンスという

 まず、インテリジェンス。これは合成語です。ラテン語のインテルという言葉とレゲーレという言葉を合わせています。インテルは、何々の間にということです。レゲーレというのは組み立てるということです。組み立てている建物の間にどのような骨格が入っているのか。あるいは外から見るとビルのようなものがあるけれど中に何か隠れているんじゃないか。そういうことを想像する力です。
 もう一つ、レゲーレというのはラテン語ですと組み立てるという意味ですが、ラテン語とギリシャ語はお互いに行ったり来たりしているんです。ギリシャ語でレゴオというと読むということです。ラテン語にもギリシャ語から入って来て読むという意味があるんです。
 ですからインテリジェンスの場合、行間を読むと、言葉と言葉の間を読むということだと考えたらいいと思います。
 ちなみに英語の場合、インテレクチャルとインテリジェンスというのは違います。すばしっこい泥棒猫がいるとすると、魚をくわえてパッと逃げていく。そうするとあの猫はインテリジェンスがあるというんです。インテリジェンスは猫に使っても鳥に使っても構いません。ところがインテレクチャルは知識を積み重ねていかないといけないので動物には使いません。
 動物のインテリというのはいないんです。しかしインテリジェンスがある動物というのはいるのです。インテリジェンスというのは、生き残る知恵があるということです。ですから国家というものが生き残るために必要な情報、単にインフォメーションとそこの中にあるだけではなく、その中から拾って国家の生き残りのために何らかの評価を加えた情報をインテリジェンスといいます。ですから、どの国家もインテリジェンスはあるんです。

国益と繋がるところで使われない日本のインテリジェンス

 日本は情報能力が弱いといわれますが、そんなことは全然ないです。日本はGDPが世界第2位であるということは、それに即応したインテリジェンスの能力はあるのです。ただしそれが国家によって、政府によって一元化されていないのです。外務省のインテリジェンスの部局、警察庁、防衛省、経済産業省。こういったところがお互いにやり取りしていない。それ以外に民間の商社や新聞社にもあります。こういうふうにバラバラになっているわけです。
 例えば、亡くなった作家の米原マリさんは、「外務省のインテリジェンス能力はすごいわね」と言っていました。7年前の鈴木宗男疑惑の時です。最初、共産党の佐々木憲昭さんが質問しようと思ったとき、本当は鈴木宗男さんのことで質問するのは怖かったそうです。ところが、その日の朝になって宛名のない速達が届き、開けてみたら外務省の秘密文章が入っていたというんです。前日まで外務省に求めていた情報です。真偽を確かめた上、宗男ハウスの質問をしたわけです。それからしばらくたったら、今度は防衛施設庁の秘密文章が来るんです。それで質問して共産党の人気、影響力がうなぎ上りに上がっていくわけです。
 ちなみに同じ情報が民主党、社民党にも送られていました。なぜか。この情報を流した人は共産党に情報が流れているということになると公安警察が動き出すことを心配したんです。それで同じ情報を民主党にも社民党にも流し、正義の告発者を装ったんです。
 ところが2回も続いて政府の秘密文章が流れているとこれは看過できないんです。ところが最後に凄いことが起きるんです。鈴木宗男さんと当時のオランダ大使東郷和彦さん、カノフ駐日大使とロシュコフ・ロシア外務次官、北朝鮮との関係でもよく出てくる人です。この人たちの秘密会談の記録が出てくるのです。あたかも北方領土2島で手打ちをするような極秘会談記録です。それが今度は共産党委員長のところに送られてくるんです。その文章が実は改ざん文章だったのです。要するに最後の段階で共産党の委員長に大恥をかかせ、警察の捜査が外務省に及ばないようにしたんです。
 外務省は鈴木宗男さんという人を失脚させるために共産党を使って謀略を組んだと。そして最後に共産党の志位委員長を陥れたわけです。
 米原さんはその経緯について、「すごいわね」と。「これ、CIAやKGBも真っ青なインテリジェンス能力なんだけれども、なんでそれが本業の外交で発揮されなくて、内部での足の引き合いとか、権力闘争で使われるのか。本当に不思議ね」と言っていたんですが、まさにその意味で実力は相当あるんです。ただその実力が国益と繋がるところで、あまり使われることはないというところが、今の日本の外交の問題なんです。

今の時代は新帝国主義になっている

 今の時代は新帝国主義になっているんです。そんな調子でやっていると、これでは日本の国家は生き残っていけません。ここのところで、帝国主義というと何か非常に悪い印象があるのですが、もう一度原点に返って帝国主義という言葉の悪魔祓いをしておく必要があると思います。
 帝国主義という言葉は昔からありますが、最近使われている意味で使っているのは実はレーニンです。レーニンはもちろん共産主義者でロシア革命を行った人ですが、レーニンの帝国主義論は、名前は知られているが、よく読まれていない本の一つです。これは別に革命をあおっている本でもなければ、何か極端なことを言っている本でもないんです。資本主義というのは最近どうなってきているかを分析しています。
 大きな産業が出てくると個人の資本家がオーナー企業のような形で持っていることが出来なくなる。株式を発行し、それによって巨大になってきます。そして銀行の力が強くなりますと。そうなると、何か商品を作って外国に輸出することではなくて、資本自体を輸出する、工場を外国に作るとか、外国の企業の株式を買収するとか、そういうことが中心になってきます。これを帝国主義と言ったんです。
 そして植民地が全部分割された後、帝国主義的な進出が起ると保護主義が必ず起ると。要するに自分の国の利益のためには他国を犠牲にしてもいいという発想になって経済と国家が結びつき、そして戦争をやるかやらないかということで、もし戦争をやった方が自分の国益を増進するために圧倒的にプラスであると判断される場合には戦争にも訴えますよということを言っているわけです。これがレーニンの帝国主義論の骨子です。
 歴史というのは実は反復するんです。グローバリゼーションのような形で、マネーであるとか資本の動きが比較的自由な方向に行く時、それから国家機能が強くなる時というのは、これは必ず反復現象を示します。ですから今、資本論が大変な国際的ブームになっているんです。
 ちなみに日本ではひと昔前まで大学で2つの経済原論があったのです。例えば東京大学の場合は法学部の学生でも経済原論は「マル経」と「近経」の両方を取らなければいけない。特に東京大学でのマルクス経済学というのは宇野弘蔵さんの影響を受けた宇野学派という経済学が強くて、要するに資本主義の内在的な論理がどうなっているのか。資本主義というのは恐慌を繰り返しながら半永久的に続いていくという資本主義の論理を読む資本論の読み方が強かった。資本主義システムの限界を知ることが出来る。しかしそういう形で資本論を読んだからといっても共産党に入るわけでもなければ、社会主義者になるわけでもないのです。その感覚で資本主義の一つの限界というものが分かっている。そういった教育を受けている官僚や企業経営者は無理をしなかったんです。あるいは労働者をあまり締め上げると労働運動が強くなって社会主義革命の危機があると。こういうような意識もあったので、比較的バランスが取れた経済政策がなされていたと思います。ただこの流れというのは20世紀の初めにあったこと、いわゆる福祉国家というもの、これはすごくパラレルなんです。

欧米で読まれているフリードリッヒ・リスト

 東西冷戦の中から起きてきたグローバリゼーションの流れというものは、19世紀の半ばとよく似ています。そういう意味で、今、グローバリゼーションの流れが終わって、また新しい国家による規制の時代が来ているという、ここのところの反復現象を知っておく必要があると思います。
 その転換点となったのが去年9月のリーマン・ブラザーズの危機でした。これ以降世界に何が起きているか。例えば経済関係のアメリカやドイツ、イギリスで最近読まれている本、それを見てみますと不思議な人の本がよく読まれるようになっています。これはこれから日本でも流行するようになると思います。フリードリッヒ・リストです。
 彼はアダムスミスより後、リカードよりちょっと前ぐらい、マルクスよりはかなり前の人で、19世紀の初めに活躍したドイツの国民経済学派開祖と言われている人です。どういう考え方をしているか。市場経済、自由貿易というのは、そういう競争をして一番強いイギリスにとってだけ有利なのだと。ゲームのルールはイギリスがつくっています。だからイギリス以外のヨーロッパ諸国はヨーロッパの域内では自由貿易が行えますが、イギリスとの関係においてはちゃんと関税をかけないと駄目だと。そうでないとイギリスによって市場が全部侵食されてしまう。それから北米、アメリカ合衆国もまだ経済的に弱いと。だからイギリスとの関係においてはきちんと関税をかけないといけない。そして北米とヨーロッパ全体が手を握って、力を合わせて世界一の強国であるイギリスと対抗する必要がある。ただ、その対抗というのは切磋琢磨していくということで、戦争に訴えるということは考えていないわけです。それから経済というのはロシアなりイタリアなり、フランスなり、ドイツなり、それぞれの国の文化があると。その文化から離れたところでの経済はないんだという考え方です。

保護主義化する各国

 フリードリッヒ・リストの本というのは日本では1920年代の終わりから30年代、大流行になるんです。戦前、今の岩波文庫と同じぐらいの影響力を持った文庫本で改造文庫というのがありました。この改造文庫で上下2冊「経済の国民学的体系」としてものすごく読まれました。今でも古本屋で簡単に手に入ります。そのときのキャプションは、ナチスの公式理論、新しい経済学、大恐慌に対抗できる新しいナチス理論と。ナチスはフリードリッヒの国民経済学によってドイツ的な経済学を作るといったのです。しかしナチスの経済学というのはめちゃめちゃでしたから、実際リストの考えたこととは遠いわけです。
 このフリードリッヒ・リストという人はほとんど忘れられていました。というか、第2次大戦後、ナチスの理論家ということで、封印されていたのです。ところが東ドイツでよみがえるんです。1950年代の頭にフリードリッヒ・リストの本がいくつも東ドイツで復刻されました。それからヨーロッパ経済共同体が出来る。今のEUの初期の段階で、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)ができる時にやはり理論的基礎となったのはリストなのです。EUの発想の基本にあるのは、フリードリッヒ・リストの国民経済学という考え方で、これはロシアのプーチン、メドベージェフもそうです。
 今、リスト・ルネッサンスが起きて、リストの考え方によってブロック経済というものを、もう一度どうやって組み立てようかという議論があちこちで出ています。ちなみに、この前のG20でも保護主義は避けないといけないといっているんですが、実際は各国みんな保護主義化しているんです。

プーチンによる新帝国主義

 5月10日の日経新聞を覚えておられるでしょうか。プーチン・ロシア首相のインタビューが出ました。7日の夕方にロシアの政府庁舎で取られたものです。日本のマスコミとして共同通信、NHK、日経新聞が指定されてインタビューを取ったわけです。10日までは載せないという形にして縛りを掛けたのです。何故2日の縛りを掛けたのか、日本のマスコミと日本の外務省の関係をチェックしたかったんですね。どの程度、横の連絡が密になっているかと。全然密になっていないんです。ですからロシアが出した重要なシグナルを読み取れていないのです。
 その中でプーチンはこう言っているんです。「保護主義に対しては、それは望ましくないという批判はあるけれど、ある程度の保護主義はやむをえない。各国は事実上保護主義的な政策を行って成果を上げている」と。だから極東に日本の中古車が入ってきているのに対して関税を掛けるのはやむをえないと言っているんですが、そこで言っているのはものすごく重要なんです。ロシアの指導者が保護主義について肯定的に述べたのはこれが初めてです。
 それからG20、世界の主要国の首脳が保護主義はやむをえない、保護主義が効果を上げていると言ったこともこれは初めてです。さすが日経新聞はそれで4段ぐらいの記事を組み立てています。その保護主義の傾向に関してやむをえないという認識をプーチンが示した。これはもう少し平たい言葉で言いなおすと、こういうことなんです。
 「ロシアはロシアだけの国益だけを追求する。文句を言ってこないんだったらわれわれは譲歩しません。国際協調というのは最初からやろうという腹はありません。ロシア国家の利益だけを追求して外国の反発があまりにも強くて、これ以上ロシアの利益をごり押ししてロシアの利益にマイナスになるような状況があるときだけ国際協調をします」。
 これはプーチンによる新帝国主義だと私は見ているんです。プーチンだけでなく、各国の首脳たちはだんだんこういうようなことを言ってきていると思います。

オバマさんへの日本の評価は甘い

 オバマさんに関して日本の評価というのがわたしは甘いと思います。オバマさんは勝利演説で「5ドル、10ドル、20ドルを献金してくれた人がわれわれの仲間だ。この場にはゲイの人もストレートの人も民主党支持者も共和党支持者も豊かな者も貧しい者もいる。しかしその全員が今日勝利した」と言っていますが、この議論はおかしいんです。貧しい人と金持ち、民主党支持者と共和党支持者の利害、関心は異なるんです。政党というのはポリティカルパーティーです。パーティーというのはパート、部分の代表なんです。部分の代表者が出て来て議会でお互いの主張をして、折り合いをつけるということが民主主義なんです。オバマさんは全体の代表という形で自分自身を表わそうとしているんです。
 ギリシャ神話にキメイラ、あるいはキメラという妖怪がいます。顔がライオン、胴体がヤギ、そして尻尾は蛇です。ヤギであり、ライオンであり、蛇であり、そのどれでもないということです。オバマさんはアメリカ初の黒人大統領というんですが、正確に言うと黒人の血が半分入っている大統領ということです。
 アメリカという国はメイフラワー号で来た移民の人たちとアフリカから連れてこられた奴隷の人たちによって作られています。ところがオバマさんの場合は、オバマさんのお父さんはケニアからやってきた移民なんです。ですからアメリカ国家の成り立ちからすると、彼は肌の色は黒いですが、移民の子孫です。
 それから大学を卒業して弁護士として活躍しましたが、シカゴのもっとも貧困な地区で働いているわけです。エスタブリッシュされた者としての感覚があると同時に貧困層の感覚もあるのです。すべてを代表しているんです。そして彼自身はアメリカ人とは何なんだ。アメリカ人とはそのままでアメリカ人ということはない。英語で言うとビーイング、存在としてのアメリカ人ではないんです。努力してアメリカ人になっていくというのがアメリカ人なんだと。こういう主張をしているんです。

ナチズムとファシズム

 この主張も1920年代に1回あったんです。イタリアのベニト・ムッソリーニです。戦前の本を紐解いてファシズムのところを見てください。フランクリン・ルーズベルトのニューディール政策もアメリカのファシズムだという解説は非常に多いです。
 ファシズムという言葉についても悪魔祓いをしておかないといけないんです。ナチズムとファシズムが、戦後の日本では混同されています。アメリカでも混同されています。ナチズムというのは本当に理論的なレベルはお粗末です。ドイツ人を中心とするアーリア人種が優秀だと。それは生存競争の中で生き残っていくことができるんだという神話です。そしてユダヤ人が有害な人種だという人種神話です。
 これに対してファシズムというのは知的にものすごく洗練された運動なのです。例えば経済学を専攻された方は、近代経済学における「パレート最適」という話を聞いていると思います。ビルフレット・パレートという人は戦前の日本の百科事典で引くとファシズムの理論家と出ています。ムッソリーニとパレートはじっこんの関係でした。ムッソリーニはパレートに相談しながらイタリアのファッショ経済政策を決めていました。ムッソリーニは英語、ドイツ語、フランス語が堪能です。もちろんスペイン語もギリシャ語、ラテン語も読みます。彼は一級の知識人です。
 このムッソリーニが考えていたのは、資本主義をこのまま放置しておくと格差が広がり過ぎる。そして絶対的な貧困があらわれる。同じ国民の中で絶対的な貧困が生じると貧困層というのは自分の力でもう這い上がれなくなってしまう。そうしたら同胞意識が無くなってしまう。金持ちは国家が間に介入することによって貧困者に対して再分配しなさい。その代わりストライキとか労働者の争議活動は一切認めない。生産の哲学に立たなければいけない。国家としてのパイを大きくする。そのためには国家が間に入って労使の協調を行う必要があるというのが一つの重要な主張です。
 2番目の主張としては共産主義化をなんとしても阻止すると。それ以後の反革命の思想です。その2つを合わせてファシズムの運動をやろうとしていた。

オバマさんが始めているのはファシズムの萌芽形態に近いものがある

 ファシズムは何かというと、束ねるという意味です。同胞の間ではやさしく束ねないといけない。こういう発想です。ですから左翼系の知識人は小泉さんとか安倍さんとか麻生さんにファシズムの傾向があるとか言っていましたが、これは全然違う。ファシズムのことをもう少し勉強しなさいと。新自由主義的な改革というのは社会的な弱者に対して全くやさしくない。どうも知的に洗練されたような政策があるように思えない。ファシズムのような高い水準に達していないと言ったわけです。
 ファシズムというのは手垢がついた言葉ですから同じ言葉を繰り返せませんが、ファシズムの魅力についてきちんと勉強しないと、ファシズムがまたやって来ます。今、オバマさんが始めているのはファシズムの萌芽形態に近いものがあります。そこのところをきちんと見ておかないといけないんです。

ロシア・グルジア戦争 力の行使を躊躇しないロシア

 昨年8月にロシアとグルジアの間で戦争がありました。どちらが悪いのか、議論はいろいろありますが、結論から言うとロシア・グルジア戦争後、アメリカとロシアの関係は悪くなりました。そしてこれを新冷戦だという人たちがいます。しかしこれは間違えています。冷戦は2つの特長があるからです。一つはイデオロギー対立、ソ連は共産主義でした。それに対してアメリカは資本主義でした。今はロシアも資本主義国です。ですから基本的な経済体制、社会体制はロシアとアメリカの間に差はないんです。これが一点。あと一点は、冷戦の構造の元では極力熱い戦争にならないように注意するわけです。
 ところで今回のロシア・グルジア戦争でどれぐらいの人が死んでいると思いますか。ロシア側だけで2000人です。21世紀のわずか2週間程度の戦争で2000人が死ぬというのは、これは大変な数です。ちなみにグルジアの側は死者が何名か発表していません。戦争で勝者、敗者の関係においては通常3倍から5倍くらいの死者の開きがあります。グルジアの方は死者の数を発表したら政権が持たないような、それほど多くの人が死んでいると見るのが正しいと思います。
 しかし今回、ロシア・グルジア戦争の中でロシアが力の行使を躊躇しない。それだけでなくロシア人は独特の国境観を持っているのです。隣の国が友好国である場合は線の国境で構わないが、隣が敵の場合は線の国境だけでは安全保障が担保できないと考えるんです。そして国境線の向こう側にロシア領でなくてもいいのですが、ロシア軍がいつでも展開できる地域を必要とするんです。戦略用語で言うところの緩衝地帯です。それがあるから今回、南オセチアとアブハジア、ここに傀儡国家をロシアは作ったのです。ロシア人の安全保障観からすると当然なんです。しかしわれわれはそれに付き合うことはないんです。
 第2次世界大戦後、ポーランドとかチェコスロバキア、ハンガリーをソ連は併合しようと思えば併合することは出来ました。しかししなかった。例えば東ドイツは複数政党制でした。キリスト教民主同盟もあります。あるいは東ドイツにはナチス党があったんです。国民民主党という名前でした。ナチスの中で悔い改めた人は国民民主党に加わることが出来たんです。
 東ドイツの場合、複数政党制なんですが、議席数は最初から決まっているのです。ですから絶対に政権交代はない。チェコ・スロバキアにおいてもロシアと比べれば教会政策はずっと緩かったです。宗教関係の書籍も発行することが出来ました。ハンガリーに行ってみますと、小さなレストランや喫茶店は家族経営が出来たのです。
 ところがモスクワでは、こんな笑い話のような話があるんです。どういうケーキを作ったらいいのかというのも全部5カ年計画で決まっているのです。私の外務省の同期がモスクワで結婚式を挙げるというので、丸い白いケーキを作ろうと思ったんです。それでケーキ屋さんに頼みに行くんですが作ってくれない。政府から出ているケーキのレシピがあって丸いケーキはチョコレートケーキで黒いんだと。白いケーキはメレンゲのケーキで四角いんだと。丸くて白いケーキはないと言い張るんです。そういうものを作って売ったらそれは営業停止になってしまうのです。
 これほど硬直しているような体制に比べると東欧はやはり自由があったんです。しかし何かあったときにすぐにソ連軍が展開できるようになっていたのです。これがまさに緩衝地帯です。その結果、ソ連と西ヨーロッパの直接戦争はソ連崩壊まで一度もなかったんです。その代わり東欧の動乱という形で処理されたんです。ロシア人には直接社会制度が違う国、直接敵対している国と国境を接すると必ず戦争になるという発想があるんです。それだから緩衝地帯をつくるんです。

新帝国主義時代の特徴

 このロシア・グルジア戦争後、ロシア人のアメリカに対する目つきが完全に変わりました。ヨーロッパに対する目つきも変わりました。ちなみにロシア・グルジア戦争の仲介に立ったのはサルコジさんです。サルコジさんは6カ条の仲介案を立てたんです。しかしその仲介案に書いてあることは、全然重要ではないんです。書いていないことが重要なんです。グルジアの領土保全ということについて何も書いていないんです。
 このような領土・国境紛争があったとき、必ず調停案には現在のグルジアの領土を保全する、グルジアの国境を保全するということが書かれるんです。それが書いてないのはわざとです。そうすればロシア人はどういうふうに考えるか。グルジア人を焼いて食おうが、煮て食おうがフランスは黙認するということだと考えます。
 事実そういうことなんです。ですから南オセチア、アブハジアに傀儡国家を作ってもロシアとどこかの国が国交を断絶するわけでもなければ、経済制裁を加えるわけでもないんです。その見返りにフランスは今年か来年、石油か天然ガスの特別の利権をロシアから得ると私は見ています。これが新帝国主義時代の特徴なんです。

有言実行の国ロシア

 では何でグルジア大統領はそんな条件を飲んでしまったのか。それは8月8日にメドベージェフ大統領がこう言ったからです。コーカサスにおけるわれわれの同胞の死に対して懲罰がなされないというような状態をわが国家は看過しないと。
 コーカサスというのはどういうことか。ロシア領の北コーカサスだけではなく、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア、ここはロシアの勢力圏だと言っているんです。それからロシア国民と言わずにわれわれの同胞と言っています。誰が同胞で誰が敵かはロシアが勝手に決めるということです。オセチア人とアブハジア人は同胞なんです。それはどうしてか。ロシア人が決めたからです。
 懲罰をなされないことを看過しないということは、どういう意味だと思いますか。殺すという意味です。グルジアのサーカシビリ大統領は震え上がったんです。ロシアは実績があるんです。チェチェンが独立しようとした初代大統領のジョハル・ドゥダエフさん、この人は衛星電話で電話しているところにロシア軍のミサイルが飛んできて木っ端微塵になりました。その後大統領代行に就任したギャンダルビエフさん、選挙に敗れてカタールのドーハに亡命します。2004年のことです。ドーハで彼が乗っている車にプラスチック爆弾を満載した車をぶつけて爆破させるんです。木っ端微塵です。
 その場で3人のロシア人が逮捕されましたが、1人はすぐに釈放されました。カタールのロシア大使館員で外交特権を持っているからです。そして2人のロシア人は裁判に掛けられて終身刑になりましたが、2004年12月にロシアに送還されています。
 3番目の指導者のマサードさん、2006年の3月8日、国際婦人デーというロシアのお祭りの日にニュースが流れました。「ロシアの女性の皆さんにプレゼントがあります。チェチェンの自称独立派大統領を本日未明、連邦保安省軍(秘密警察)は、殺害しました。おめでとうございます」と。その後独立派の指導者はいないんです。
 ロシアは有言実行の国ですから殺すといったら必ず殺すんです。別に刺客を送る必要はないんです。サーカシビリには敵はたくさんいますから。アブハジア人とかオセチア人に5億円ぐらい渡してあの人がいなくなると世のため人のためだなと言えば、それは殺し屋を雇ってやります。あるいはグルジアの中のマフィアでサーカシビリと利権が錯綜している連中に金を回せば簡単に殺すことができます。でも今は、そこまでやらなくてもいいと。サーカシビリがいなくなって一層混乱するとロシアにとってもマイナスだからです。しかし言うことを聞かないといつでも殺してやるぞと言うことなんです。
 今、ロシアはそういう国になっているんです。ロシア人の地金が出てきたと考えていいと思います。

プーチンの訪日と北方領土問題

 こういう状況の中でプーチンの訪日はあったんです。
 北方領土に関して、この場で初めて披露しますが、プーチンさんが麻生総理、森元総理、小泉元総理、小沢さんにあった日の夕方に、私の携帯電話が鳴りました。取ってみたら今回プーチンと一緒に来ていたロシア政府の高官です。明日の昼に飯を食わないかと言う話なんです。いいよと言って話をしに行きました。今回、プーチンは大変満足していると言うんです。それは読売新聞のあなたのコメントは非常に正しいと。これは何を言ったかというと、3・5島返還論があるが、ロシアは全然こんな話は持っていませんよと。今の時点でロシアが考えているのは2島返還、これだけです。それ以上のことはする必要はないという発想です。その意味では強いメッセージを出していますよと、私は読売新聞にコメントをしたんです。
 まさにその通りだと。ただし、佐藤さん考えてくれと。2001年3月に森さんと北方領土問題を解決するんで、歯舞群島と色丹島は返しましょうと。そして残りの国後、択捉については協議しましょうと。こういうことでプーチンは乗ったんです。ですからあの時に森さんがやったやり方でやっていれば、2、3年で歯舞群島と色丹島は日本に返ってきたんです。ただそれで全部と言うわけではないんです。国後、択捉についての継続協議もやると言うことはほぼ決まっていったんです。
 ところが田中真紀子さんが現れて混乱して、その翌年に川口順子さんという外務大臣と竹内行夫さんという外務事務次官、今最高裁の判事をやっています。最高裁の判事と言うのは外務省からの天下りポストがあるんです。外務官僚出身者で最高裁の判事に司法試験に合格してなくてもなれる人が時々いるんです。国際法の専門家が必要だと言う理屈はこの場合成り立たないんです。どうしてかと言うと、7年おきに外務省から人が来ているからです。おかしな話だと僕は思います。
 この竹内さんと川口さんの時代に2プラス2でやっていくというやり方を日本から断ってしまったんです。耳をそろえて4島を返せと。話はそれからだとやったんです。そうしたらプーチンは「話にならない。ならば戦後の現実を変える必要はないし、全部ロシア領だ」と突っ張っていたのを、今回日本に来て初めて2島は返してもいいということをきちんともう一度確認したわけです。それも森元総理に対して全部話をしているんです。

インフルエンザ・ワクチンの共同開発に興味示すプーチン首相

 今回の会談の重要な話は全部森さんがやってしまっているんです。その中で面白いのはインフルエンザの話をしているんです。森さんが私はあなたと沖縄サミットのときから感染症問題を話していますねと。ロシアにはインフルエンザに関するノウハウはあるんでお互いに開発して新しい薬を作るのはどうだと言ったらプーチンは「とても興味深い。本国に持ち帰って検討してみる」と言ったんです。
 大前提があるんです。ロシアというのは生物兵器を作っている国なんです。インフルエンザがあると生物兵器を作っているロシア、アメリカは先ず考えるんです。これが戦争の時にどういうふうに使えるか。例えば新しいインフルエンザの、それも毒性の強いインフルエンザのウイルスを開発することにどこかの国が成功したとすると、自分の国の兵隊には当然ウイルスを開発する時はワクチンも開発できていますから、予防接種をして前線に送るんです。それで前線でウイルスを撒いたら相手の舞台は戦力が減殺されます。1人勝ちのようになるんです。
 今回のインフルエンザも毒性はあまり強くないんですが、若い人にかかって年配者にかからないと。これはやはり生物兵器をやる連中にしたら非常に関心があるんです。例えば、こちらで50歳の老兵集団を用意するんです。しかし絶対にインフルエンザには罹らないんです。若い連中にかかるインフルエンザのウイルスだけ撒き散らしたら若い兵隊がいるところは全滅です。50歳以上の老兵が勝利する。ロシア人はこんなことばかり考えているんです。
 もう一度、5月10日の日経新聞に返りましょう。プーチンはこう言っているんです。「幸いなことにロシアにおいてはまだ、インフルエンザの感染者は出ていない。インフルエンザはそろそろ下火になっているんだという見方もあるが、私はこの秋から冬への蔓延に備えてワクチンをつくることを関係省庁に指示している」と言っているんです。
 私のようなインテリジェンス屋はここから何を読み取るか。秋、冬に新型インフルエンザが蔓延するという何らかの情報をロシア人は持っているんです。その可能性があると見ているんです。そして今から大量のワクチンを作っているということは、新型インフルエンザに対応できるようなワクチンの開発が進んでいるということです。ただロシアは基礎研究はきちんとできるのですが、実際に臨床に応用したり、商品化するということは下手なんです。
 森さんはプーチンが新聞で言ったことを見てぱっと気がつくわけなんです。これはインフルエンザの日ロ協力をやりたいといっているんだなと。皆さん、どうでしょうか。日ロ協力で新しいワクチンを開発し、新型インフルエンザに日本人、ロシア人が今年の冬に罹らないようになる。国民は何か文句はありますか。しかもアメリカのタフミル、あれはラムズフェルドの関連会社だというのは公然の秘密です。日ロの間でそれに対抗するような新しいワクチンの開発が出来て商業化できて日ロ双方が儲けることが出来れば、これは悪い話ではないですね。

大切な現場との交流

 仮に失敗しても意味があるんです。専門家協議か何かで向こうから出て来るのはJRU、軍情報総局の連中です。生物兵器をいじっているような連中です。この連中は、北方領土問題で一番きついんです。ただし相互に何か研究をしたり、研究体制をしていけば、人間関係は変わってきます。
 例えば鈴木宗男さんが現役でいた頃は日ロの青年交流をやっていました。青年交流という衣でロシアの国境警備隊やロシアの軍隊の連中を連れてきて接待していたんです。それで何をやったか。北方4島の現場にいる隊長さんとか部隊員を招待しているんです。それで日本に対する理解をしてもらい、お土産を持っていって一緒にカラオケでロシアの軍歌を歌ったりしたんです。そしたらロシアの兵隊たち、幹部たちはこういうんです。「こうやって顔が見えると俺たちも撃てなくなるな」と。「だから絶対にだ捕とか銃撃とかないようにする」と現場の連中はいってくるんです。
 鈴木宗男さんの失脚が2002年でした。ロシアの国境警備隊の任期は1年半から2年です。連続で2期までしかいれません。2006年8月に第31吉進丸が撃たれて日本人の青年が亡くなりました。ロシアの国境警備隊が発砲したからです。われわれが仕込みをやっていった当時の人はもう誰もいなくなってしまった。お互いの顔を知っている人が誰もいないんです。
 2プラス2方式で歯舞群島、色丹島が日本領になっていれば、ああいった悲劇が起こることはないんです。それが出来ないにしてもロシア人との交流をきちんとやって、軍人とか国境警備隊員との信頼関係をつくっていれば撃たれるということにはならないんです。こういうのがインテリジェンスなんです。

これから取引外交の時代になってくる

 今のこういった国際情勢の中でいろいろなことが起きて、各国は自分達の利益だけを一生懸命追求しています。そして自分たちにとってマイナスがあるときだけ国際協調に転じると。
 こういう時代に変わってきたというところを冷徹に受けとめて、その中でさまざまな取引をしていくという、これから取引外交の時代になってくる。取引をするときは、やはり勘は非常に重要なんです。それから貸し借りの感覚、こういうものが重要になってくるんです。
 そうすると民間でビジネスの第一線でいろいろ仕事をしている方でも身についたインテリジェンス、この感覚で国際情勢を見ていくと何が起きているのか、より良く分かると思います。


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