一方、アメリカ、ヨーロッパはどうなのか。なぜ100年に1度の経済危機が来たか。アメリカ経済がなぜバブル崩壊のような度合いが強くなったかというと、アメリカの過剰消費体質があるのです。簡単に言うと自分の年収の1.4倍ぐらいの借金を抱えて消費をしている。つまり世帯の収入が500万円だとすると借金を900万円抱えている。これは非常に重たい。それでもアメリカの家計は回ってきたのです。 しかし住宅の価格が下がっていくと担保価値が下がって債務が残りますから、その穴埋めのために貯蓄をしなければいけなくなる。アメリカの家計の貯蓄率が一時期0%でしたが、5月では6%まで上がっている。過剰消費体質を、いつか借金を返済する形でやめていかざるを得ない。これがアメリカの去年の後半からの家計の様子だと思っています。 ところがこの政策的な効果が意外に強く出た。去年12月にバーナンキFRB議長は、アメリカの中央銀行はアメリカの国債を自分たちで買いますと言った。アメリカの中央銀行は1960年代のベトナム戦争後以来、国債を買ったりしなかったんですが、40年ぶりぐらいに国債を買うことを再開しようと発言したので、4%だった長期金利がいきなり2.1%まで下がり、アメリカの投資マインドや消費マインドはものすごく刺激されたんです。 今まで過剰消費をしていた人たちが収入が減って過剰消費を止めなければいけなくなったのですが、金利が安くなったらそれが追い貸しのような形で恩恵を与える。これは決して健全化ではないですが、不健全を低金利で延長させるような形になって消費が増え、自動車が売れ、住宅が売れた。 アメリカの低金利効果なしには過剰債務体質、過剰消費体質をうまく乗り切れないと実は分かっているのです。したがってアメリカでは金利低下によって過剰債務体質ながら消費が増えるようなマネージーメントをやっている。これも一つのアメリカで100年に1度の危機がなぜこんなに短期間に回復したかという理由だと思います。
私の今の分析では中国の回復が早かったのとアメリカに低金利政策の効果が意外に効いたのが、こんなに早く回復した背景ではないかと思います。しかしながら世界経済を楽観的な見方だけで考えるのは間違っていると思います。なぜかというとまだまだ世界中には深刻な影響を受けている国々があります。 とりわけヨーロッパは今ひどい有様です。バブルの崩壊の仕方が、これまでは1国の国内のバブル崩壊だったのですが、ヨーロッパはフランスとかドイツなどの西欧から東欧に対して投資が行われ、いま東欧の投資が全部だめになっている。 90年代後半ぐらいからEUが統合されて生産拠点がどんどんハンガリーとかチェコとか東欧に移っていきました。ドイツの自動車メーカーはハンガリーやチェコで自動車生産をするようになった。これはまるで日本と中国のような関係で、安い労働力を目指して日本から中国に生産拠点が移っていったのと同じような話がヨーロッパでは西欧から東欧に移っていった。 もっといえば東欧の真ん中にリトアニアとかエストニア、ラトビアなどの国々にもスウェーデン、ドイツから投資が入った。ところが東欧の国々で何が起こったかというと、ここでも過剰消費が起こったんです。国全体でみると売り上げ100だとすると、国内の生産力が80。つまり自分たちの生産力よりも大きな消費をしていたのが東欧の国々です。残りの20はどうしていたか。西欧から金を借りて消費をしていた。それがリーマンブラザーズ・ショックによって金が入らなくなったので、過剰消費ができなくなって金利が上がってしまった。それが東欧の苦しみなのです。 最近、ラトビアという国が非常に注目されています。対外資金が入って来なくなったのに対して、国が国債を発行して、それをヨーロッパの国々に売ろうとしたのですが、誰も買わなかった。つまり国の信用をもってしても東欧の国々は資金を調達することが不可能になっている。 この問題は、恐らくヨーロッパ全体で東欧と西欧の間での国家単位の金詰まりが起こっているということの象徴なんです。なぜ金詰まりになるかというと、まだまだ東欧には過剰消費、あるいは不良債権が眠っているからまだ時間がかかるだろうと見ているわけです。この問題が顕在化すると恐らくヨーロッパの金融機関についてもかなり多くの不良債権を計上しないといけないことになるかもしれない。 4月にアメリカでは特別検査、ストレステストというのを行ってアメリカの金融機関は健全ですとオバマ政権がアピールし、一時的にお金がたくさん入ってくるようになりました。その時オバマ政権がヨーロッパも自分たちなりにストレステストをやりなさいと言っていたのですが、ヨーロッパはそれができない。今後やるつもりらしいのですが、今はできない。なぜかというと、傷が非常に大きいからなんです。
まとめてみると、世界経済の中で中国が回復すると同時にアメリカという国はこれまで世界をけん引してきたが、通貨システムを中心に凋落度合いが強まってきている。10年、20年、30年のタームで、いまわれわれがどこにいるかというと、アメリカから中国への覇権というか中核がシフトしているような、そんな中にいるのかもしれないのです。 その中で日本経済はどうするかというと、アメリカ依存、ドル依存の体制から少しずつ中国と協調しながら経済システムを共存共栄の方向にしていくとか、あるいは通貨についてもドル依存からドル以外の通貨、アジア通貨の基金を作ってそこで決済していくとか、そういったことにバトンタッチしていかないとアメリカ依存のままでは必ずしもうまくいかない。今回のサブプライムローン問題とか金融危機の問題はアメリカの経済システムが傾いていく終わりの始まりのような形ではないかと思います。 データを見ても中国が相対的に良くなってアメリカとかヨーロッパが相対的には悪いという方向が見られ、データの変化の中からもすでに中国の方にシフトしている動きがわかるんです。
次に、今日本の企業はものすごく収益が悪化しています。この1―3月は製造業においては戦後初めて1―3月の四半期で赤字決算になりました。4―6月は赤字決算で7―9月にどうやらプラスに転じてくると。従って企業の収益はものすごく厳しいので企業収益も設備投資も増えない。企業の経費削減がしばらく続く。輸出については中国とかアメリカについては多少回復してくるかもしれませんが、国内については企業収益の厳しさがまだまだ残ると思います。 ただ一つ注目したいのは、損益分岐点、売上がどのくらいまで売れれば利益が出るのか。企業の費用構造というのは人件費などの固定費があって、売上が増えようが減ろうが、いつでもかかる費用です。もう一つは原材料のような感じで売上が上がれば上がるほどコストがかかっていく。作れば作るほど、例えば車を10台作ると10台分の鉄とか部品などの費用がかかる。損益分岐点より売上が増えていくと利益になるんです。それが企業の財務会計上の一つの見方なのです。 今の売上は08年に比べると2、3割下がって非常に悪い状態です。エコノミストの中には2008年並みに売上が上がらないと日本経済は回復しないという人がいるのですが、これは必ずしも正しくない。なぜかというと2008年当時、損益分岐点は歴史的にものすごく低い水準に落ちていたんです。これは人件費をカットし、原材料の投入を節約していたので、日本の企業の損益分岐点は2008年、歴史的にすごく低かったのです。 そう考えると日本経済の収益力というのは2008年並みに回復しなくても、ある一定のところ以上に売上が伸びれば収益は加速度的についてくる可能性がある。収益が加速度的についてくるとそれが経費削減の圧力を癒し、設備投資に回る。これは可能性の世界の話ですが、今緩やかな景気回復だと言われていますが、緩やかな景気回復で意外に売上が増えたならば、企業の経費削減も思いの外早く解除する可能性があるのではないかと思います。 傍証を1つあげるとすると、テレビのバラエティーとか見てもみんなお笑い芸人になっている。あれは広告宣伝費を自動車メーカーが落としているから番組制作費も2割、3割カットし、安い芸人を使っているからです。経費削減の所産なのです。ところがいまテレビ、新聞にはハイブリッドカーとか低燃費車とかいろいろな車の広告が打たれるようになってきました。これは自動車の在庫調整が和らいで、収益拡大がちょっとずつ出てきているので、自動車メーカーも戦略的に投資しないといけない部分についてはお金を惜しまなくなってきているということだと思うんです。つまり在庫調整が無理なく進むと自動車メーカーとか電機メーカーの経費削減も思いのほか早く縮小していくのではないかと思います。
もう1つプラスの方向として見ておきたいのは経済政策の効果なのです。政府の景気対策の内部調査、景気ウオッチャー調査が最近ものすごく回復感、マインドが上がっているというデータがあります。何でよくなっているかをみると政策効果です。これは自動車に対するエコカー減税と定額給付金、高速道路料金の引き下げ、あるいはエコポイント、こういうのがマインドに対してものすごくプラスに効いているのです。 つまり一時期は世界経済がどうなるか分からない。100年に1度の危機だと思っていたのですが、そう言われながらちょっとずつ回復してきているということです。実はこれはすでに株式市場では結構そういう風に見られて、今回の株式市場というのは個人投資家が外国人投資家の縮小を完全に補ってきている。あるいは年金基金などの長期の投資家がやってきている。今インターネット証券では個人、とりわけ団塊の世代の人たちが新しく口座を作って投資をしようという活動が非常に顕著です。ごく一部だと思いますが、そういう動きについても消費の起爆剤になるかもしれないので、1つ要注意だと思います。
まだまだ慎重に見ないといけないことがあります。一番慎重にならなければいけないのはサラリーマンとか給与所得者の消費がこれからさらに悪化していく可能性がある。今出てきている統計では給与所得者の消費はそこそこには来ていますが、6月のボーナスはかなり大きくカットされています。もしかすると冬のボーナスも結構カットされるかもしれない。家計の所得の大勢を占めるのは給与所得者の給与ですが、これが結構、09年の間は大きい差がある。この影響は何を生むかというと、恐らくデフレ的な志向を生むと思います。 実際に東京都内で見ても今一番活発に隆盛を極めているのはディスカウントストアーです。これは食品についても同じで、いろいろフランチャイズのお店というのが値下げすることによって消費者の人気を集めています。安かろう悪かろうというようなところがあったりしますが、消費者がものすごく低価格志向で、フランチャイズ系の低価格志向は何を及ぼすかというと伝統的なお店にとってはこれは大打撃なのです。 世の中の景気が回復傾向で政府が景気回復だといっても伝統的な産業、伝統的な内需型の小産業にとってはさっぱりそういうのが見られない。つまりマクロの景気は回復したとしても伝統的な産業というのはデフレ志向によってその恩恵にあずかれないというのが多分'09年の国内サービス産業や小売産業の一つのカラーになるのではないかと思います。 現時点では政府がいろいろ金融支援ということで資金繰りに対してはアシストをしていますが、やはりどこかで需要を掘り起こすようなものがないと、なかなか国内産業は厳しいと思います。
実は2002年1月から2008年までのGDPの伸びた部分の9割は輸出と輸出産業の設備投資でした。つまり個人消費とか住宅投資とか政府の公共投資、政府支出、こういうものはほとんど伸びなかった。8年ぐらいの間にたった1割しか成長した企業がなかった。つまり小泉さんの景気回復の時代から内需セクターというのはほとんどゼロ成長だったと。ゼロ成長ということは、やはり売上がなかなか上がらない。収益も上がらない。雇用も増えない。賃金は下がる。そいう意味では隠れたデフレというのはいまだに続いているし、これからも続いていくだろうと考えられます。 国内産業の課題は何かというと、どうやってデフレ体質から脱却していくかだというのが私の見方です。国内の非製造業は引き続き'09年、あるいは2010年も厳しい時代になるので、何とかそういう閉そく感をブレークスルーする。フランチャイズ系の値下げにつきあわないで何とかやっていけるようなことを考えていかないとなかなか厳しいと思います。 経済産業省が7月3日にあるレポートを出しました。「サービス産業の生産性向上に役立つ26の施策」というもので、皆さんの中でサービス産業に従事されている人、小売りでも卸でもいいのですが、一度ご覧になれば役に立つ材料になると思います。これは26の日本全国の企業をリストアップして、そこがどういう風にサービスの生産性を上げているかということを書いてあります。ホテル、旅館の老舗が名前を変えたり、サービスの質を変えたり、リニューアルすることによって新しい客層を掘り出したというのが結構たくさんありました。
あともう1つは非製造業の場合、役に立つ部分があると思うのは、私は大企業をうまく応用できないかと考えています。日産、東芝、富士通など幾つかの電機メーカーは今年から副業を認めるようになりました。これは100年に1度のチャンスではないかなと思います。 もしも自分が中小企業で働いているならば、大企業、例えば日産の生産管理の人に週に1回でもコンサルタントとしてきてもらって自分たちの生産現場の効率化にアドバイスをもらう。これは、これまでずっとできなかったことです。生産管理の技術というのは日本の1つの知恵なのだと思います。自動車メーカーは自分たちのグループ企業で培ってきました。そういうのを学ぶとすごく生産性が上がる。オフイスなども生産性管理の発想が結構乏しいと思います。 自動車メーカーの人、あるいは電機メーカーの人の生産現場の効率を上げる発想というのが、非製造業、サービス業、飲食店、オフィスなどにもう少し波及してくると、いろんな知恵が出てきて、もっとプラス効果が出てくるのではないかと思います。競争力が強いといわれる製造業のノウハウが非製造業に伝播すると、これは結構大きなプラスだと思います。これが内需回復への1つの知恵ではないかと私は思います。
もう1つ、これからの日本経済について1つ重要なフィールドになりそうなのは政府の経済対策です。 今回の15兆円の補正予算ですが、非常に重要なのは多分2つあって、エコカー減税、つまり車齢が13年を超えた古い車をハイブリッドとか電気自動車に買い替えると最大25万円の補助金がもらえます。25万円に対して自動車の取得税とか重量税がもう一つ軽減になって最大38万円ぐらいの軽減措置になる。ハイブリッドカーを持っているメーカーは非常に販売の伸びがいいそうです。 そういう面ではエコカーの支援は結構大きな起爆剤になり、恐らく来年、2010年ぐらいになるともっと車種が増えて、いろいろなメーカーが幅広くハイブリッドカーを出してくるから、その面では結構プラスが大きくなるのではないかと思うのです。