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時局講演会 7月7日開催
「世界不況後の日本経済の行方」
第一生命経済研究所主席エコノミスト 熊野英生氏

経歴

第一生命経済研究所主席エコノミスト 熊野英生氏
熊野 英生(くまの・ひでお)
 1990(平成2)年横浜国立大学経済学部卒業、同年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年第一生命経済研究所入社。03年参議院予算委員会調査室客員調査員を兼任。経済新聞などで不良債権処理など金融経済政策から年金問題や銀行ペイオフ解禁など、身の回りの暮らしに深くかかわる経済問題まで幅広く分析、政府や日銀が取るべき政策についてコメントしている若手研究者。
  著書は、「籠城より野戦で挑む経済改革」「どうすればリスクに強くなれるか」など。
 サンフロント21懇話会と静岡新聞社・静岡放送、静岡政経研究会は7月7日、沼津市のサンフロント9階・ミーティングホールで第一生命経済研究所主席エコノミストの熊野英生氏を講師に招き、「世界不況後の日本経済の行方」をテーマに時局講演会を開催した。熊野氏は一足早く景気回復してきた中国の存在を指摘。世界経済の中での日本経済を、「どうやってデフレ体質から脱却していくかが国内産業の課題」とした。

金融ショックの波及経路

 経済は去年9月15日にリーマン・ブラザーズという巨大な投資銀行が破たんしました。これは2、3年前であればあり得ないことでした。あり得ないような大きなショックが起こったために、世界経済、とりわけ金融市場は大混乱に陥りました。
 何でリーマン・ブラザーズのショックがこんなに大きな影響だったのか。リーマン・ブラザーズは投資銀行といわれるのですが、法人や金融機関を主な取引相手にしている証券会社のことを投資銀行と言っているんです。この投資銀行はいろいろな複雑な商品を作って、プロ向けに商品を提供してきました。
 その複雑さの中にサブプライムローンという、実はプロといわれる人たちでもリスクの管理が非常に難しいものが入っていて、サブプライムローンが破たんし始めると、予想もできなかった損失が複雑に組み合わせた証券化商品に出てきて、その商品を持っていた金融機関や投資家は思わぬ損失を出した。その大きな赤字が金融機関、あるいは投資家の投資余力を大きく制約したために、通貨とか世界中の株が大きく下落して日本の株式市場もそれに巻き込まれてしまった。世界同時株安、あるいは急激な円高が起こったというのが去年の10月、11月です。
 実はこれは金融だけの世界ではなくて、実体経済にも大きな影響がありました。アメリカの個人というのはローン会社からお金を借りて住宅を買っていた。自分の所得より大きな住宅ローンを組み、GMとかクライスラーとかフォードとか非常に大きな車を自動車ローンを組んで買っていた。アメリカの金融機関がリーマンブラザーズ・ショックでやられてしまうと、金融機関が融資をするときのリスクの許容度が低下してしまい、住宅ローンとか消費者ローンに対する融資を一度に慎重化し、そうすると金融のダメージが直接的にアメリカの家計の住宅投資とか、自動車の販売に影響し、金融が大きく絡んでいたアメリカの消費自体が大きく下がる。消費が下がるとアメリカの雇用が減る。雇用が減ると消費が減り、スパイラル的な国内需要の悪化が起きたというのが、金融ショックがアメリカ経済を悪くした波及経路です。

日本への影響

 ところでサブプライムローンであまり被害を受けなかった日本の経済が連鎖的なダメージを受けることになりました。これはなぜかというと、日本や中国、韓国、台湾などはアメリカに対して輸出をしながら飯を食ってきた。アメリカの消費が減るということは、日本からアメリカ向けの自動車輸出が減るとかアメリカ向けの靴とか洋服、雑貨の輸出が減るということになる。
 つまりアメリカという国は輸入超過の国なので、輸入超過の部分が減ってしまうと日本や中国、韓国も大ダメージを受ける。それだけ日本の自動車産業は対米輸出に対する依存度が、他の輸出企業よりも大きかったためにアメリカ経済の悪影響を受けた。それがサブプライムローンに端を発した金融危機が日本に大きなダメージを与えたという経路です。

日本企業の回復

 日本人は1990年の時にバブルの崩壊を経験していますから、アメリカは少々なことでは立ち直らないんじゃないかと今年の1月、2月の時点では思っていました。私もそうでして3月ぐらいまでは、どうやらアメリカの景気回復は2010年以降になりそうだと見ていました。
 しかし3月になると見方が少しずつ変わってきました。3月ぐらいになると自動車関連の経営者たちは実は在庫調整は結構進んでいるというんです。エコノミストは東京とか世の中全体の動きを見てしまうので、どうしても現場の急激な変化に関しては少し鈍感になっていたんではないかと自戒を込めてみています。
 今年3月の時点はもっと低迷すると思ったのですが、意外に日本の自動車メーカー、電機メーカー、輸出メーカーというのは自分たちの生産の在庫管理とか流通をコントロールする力が強くて在庫を減らすことによって生産が回復した。4〜6月も生産は毎月回復し、日本全体でみると3月の生産の回復というのは、50年間で2番目に高い伸び率でした。4月も50年間で2番目に高い伸び率で、5%ずつ毎月回復していく。ですから実は3月以降の統計の見方で見ると、V字型回復に近い形で回復しているというのが実情です。

これからの経済は緩やかに上っていく

 今の日本経済を見てみますと、輸出企業の在庫調整もありますが、それ以外に中国の需要が立ち上がってきた。日本の輸出の一番ウエートが大きいのがアジアなのです。とりわけ中国です。ですから中国の回復がついてくると追い風になりやすい。中国の貿易相手としてはアメリカ、ヨーロッパもありますが、地理的には日本が近いので中国の回復の恩恵を日本は受けやすかった。
 もう一つは経済対策。去年8月からの物価対策として金融支援を行う。あるいはいろいろな家計や雇用に対するテコ入れを行う。そういう政策、あるいは定額給付金が効いてきている。そして15兆円の2009年度の第1次補正予算。そういう意味ではこれから夏場はどんどんほかの経済対策が出てくる。もしかすると来年の前半ぐらいにはこの勢いが落ちるかもしれないけれども、そこからまた緩やかに回復していくような形になるのではないか。
 私のメインのシナリオというのは、これから山あり谷ありかもしれないけれど、緩やかに上っていくのが、これからの経済の状況ではないかと思っています。なぜそういう風に思うかというと、過去15年間の統計データで見てみると、1回底を打ったら大体角度としては上り調子になっている。今回はアメリカやヨーロッパのやられ方がひどいので、回復力は乏しいかもしれませんが、方向として緩やかに回復していくであろうと見ています。
 一つ経験則をいうと、一度底を打つと株価も景気回復もほぼ同じぐらいのペースで上がっていきますから、現在1万円という株価はちょっとペースが早すぎるかもしれないが、景気回復の流れが続くならば株価も緩やかに回復していく。
 これまでの為替の動きを見てみると、株価が緩やかに上がっていくときは大体円安です。つまり為替と株価は表裏一体の形になっているので、これから景気回復は緩やかにし、株価は上昇するが緩やかで、円安についても緩やかにして行く。こういう流れになるんではないかというのが、私の景気の方向感です。
 そういう意味ではあまり景気に対して楽観的になりすぎず、むしろ悲観的にもなり過ぎず、時間をかけて回復していく。そういう風に認識しておいた方がいいと思います。

早めに回復した中国経済

 世界的に同時不況がこんな急角度でやってきて、麻生さんは100年に1度の経済危機であると言っていました。ところが今見てみると100年に1度の不況とすればあまりに回復が早すぎるのではないか。
 この理由はまだ100%解明されていませんが、いくつか要因があると私は見ています。一つは中国が世界不況より前に落ち込んでいたのが早めに回復したのではないかというのが私の読み筋です。中国は輸出主導の国で大体GDPの3割くらいが輸出です。日本は輸出が15%くらいですから倍ぐらいウエートが大きいのが中国です。輸出のうち一番のけん引役は電気機械です。
 デジタル家電とかAV機器は4年ごとに需要が盛り上がって下がるようなサイクルを描くのです。大体、今までの経験則でいうとオリンピックの半年ぐらい前にAV機器とかデジタル家電のブームがやってきてオリンピックの時はちょうど落ち込んでいるのです。
 去年の夏はオリンピックがあり、その落ち込みが半年とか9カ月ぐらい持続してから回復してきた。中国では電化製品を農村部に売ろうということで、これを「家電下郷」といいますが、家電製品を農村の人たちが買ったら領収書をもらって、その領収書を役場に持っていくと補助金を還付してくれる。これが中国の家電買い支え政策です。これが今年初めぐらいから功を奏してきた。家電のほか携帯電話、テレビ、パソコンも入っていて、そういう電化製品が今年の1〜3月から、去年落ち込んでいた需要を回復してきた。世界の不況というのは1、2月ぐらいまでは悪化していたんですが、中国では今年の年初ぐらいから政策効果もあって回復してきている。

半年ぐらい世界全体に比べて進んでいた中国

 中国ではその他に去年の5月には四川大地震があった。四川大地震対策として4兆元、16兆円ぐらいですか、それぐらい巨大な対策がすでに去年打たれているので、その効果が半年ぐらいのタイムラグを置いて今年初めぐらいに出ている。中国のTMIという企業の景況感の指数をみると、去年12月が中国の景況感のボトムで、そこから回復してきている。
 去年の夏場までは引き締め政策を中央銀行の人民銀行の周小川総裁がやっていたのですが、中国各地でいろいろな暴動が起きたため温家宝首相は引き締め政策を停止させて、緩和政策に打って出ました。去年8月からです。中国の回復力が他より強いということではなく、中国の政策は半年ぐらい世界全体に比べて進んでいたということが一つあると思います。

中国の回復を過小評価してはいけない

 もう一つ中国で顕著なのは、経済マインドが非常に強いということです。日本では中国経済に関しては意地悪な見方をしている分析が結構多いのですが、実際に中国の人たちに聞いてみると中国の経済成長は少し次元の違う話だと。失業中の当事者にとっては中国の失業問題は非常に重要かもしれませんが、企業は失業率が高かろうと投資マインドを全くゆるめない。
 データでみると高い失業率が隠れているから中国を悲観的にみるべきではないかという意見がありますが、中国で消費や投資をけん引している人たちはまだまだ投資マインドが熱いと言った方がいいのかもしれません。中国の企業や投資家というのは、回復が始まったら加速度的に投資を増やしていくそうなんです。ですから中国の回復を過小評価してはいけない部分があるというのが私の見方です。
 従って中国の回復がこれからも鮮明になるのではないか。もちろん中国ではアメリカ向けの輸出は、沿海部ではまだ駄目です。中国の人たちの所得が去年から結構上がってきたので、中国国内の自家消費の額が増えてきて、農村の「家電下郷」もそうですが、中国の内需部分が早い景気回復と相まって回復している。
 実際に中国のステータスがどれぐらいかというと世界のGDPの中で中国のウエートは8%です。あと5年すると12%になる。実は12%が2008年時点の日本が世界に占めるGDPのウエートです。あと5年以内に日本のGDPは中国に抜かれると考えられる。ですから日本は内需で拡大していくという考え方もあるんですが、私は多分、日本の内需が拡大するよりも日本の内需のボリュームを追い抜いていくような中国の需要拡大が進み、日本企業の中で中国ビジネスの恩恵は今よりも将来の方がより厚くなっていくのではないかと思います。
 長い流れで、今何が起こっているかというと、中国の成長力が世界経済の伸び代に占めるウエートが非常に大きくなっていって、その反対側に日本やアメリカやヨーロッパの伸び代のウエートが相対的に小さくなる。世界全体のGDPのウエートとしては先進国の方が圧倒的に大きいんですが、伸びていくけん引力に関してはだんだん中国に抜かれていく。これは中国人だけが成長の恩恵を被るのかというと、多分そうではなく中国でビジネスをしているのは中国人だけではなくて日本から中国に行った企業、あるいはアメリカ、ヨーロッパから行った企業もあります。
 中国は豊富な労働力に対して欧米の技術と資本を使って高成長を演出していたというのが、ここ10年の成長の姿でした。これから中国は1.5倍にGDPが上がっていくならば、ここでも再び日本やアメリカやヨーロッパの進出企業が拡大する。そういう意味ではこれから中国が拡大していくというのは、中国とビジネスをする輸出企業にとっても恩恵が大きくなっていくような世界ではないかという風に考えます。

意外に強く効果が出たアメリカの低金利政策

 一方、アメリカ、ヨーロッパはどうなのか。なぜ100年に1度の経済危機が来たか。アメリカ経済がなぜバブル崩壊のような度合いが強くなったかというと、アメリカの過剰消費体質があるのです。簡単に言うと自分の年収の1.4倍ぐらいの借金を抱えて消費をしている。つまり世帯の収入が500万円だとすると借金を900万円抱えている。これは非常に重たい。それでもアメリカの家計は回ってきたのです。
 しかし住宅の価格が下がっていくと担保価値が下がって債務が残りますから、その穴埋めのために貯蓄をしなければいけなくなる。アメリカの家計の貯蓄率が一時期0%でしたが、5月では6%まで上がっている。過剰消費体質を、いつか借金を返済する形でやめていかざるを得ない。これがアメリカの去年の後半からの家計の様子だと思っています。
 ところがこの政策的な効果が意外に強く出た。去年12月にバーナンキFRB議長は、アメリカの中央銀行はアメリカの国債を自分たちで買いますと言った。アメリカの中央銀行は1960年代のベトナム戦争後以来、国債を買ったりしなかったんですが、40年ぶりぐらいに国債を買うことを再開しようと発言したので、4%だった長期金利がいきなり2.1%まで下がり、アメリカの投資マインドや消費マインドはものすごく刺激されたんです。
 今まで過剰消費をしていた人たちが収入が減って過剰消費を止めなければいけなくなったのですが、金利が安くなったらそれが追い貸しのような形で恩恵を与える。これは決して健全化ではないですが、不健全を低金利で延長させるような形になって消費が増え、自動車が売れ、住宅が売れた。
 アメリカの低金利効果なしには過剰債務体質、過剰消費体質をうまく乗り切れないと実は分かっているのです。したがってアメリカでは金利低下によって過剰債務体質ながら消費が増えるようなマネージーメントをやっている。これも一つのアメリカで100年に1度の危機がなぜこんなに短期間に回復したかという理由だと思います。


東欧の苦しみ

 私の今の分析では中国の回復が早かったのとアメリカに低金利政策の効果が意外に効いたのが、こんなに早く回復した背景ではないかと思います。しかしながら世界経済を楽観的な見方だけで考えるのは間違っていると思います。なぜかというとまだまだ世界中には深刻な影響を受けている国々があります。
 とりわけヨーロッパは今ひどい有様です。バブルの崩壊の仕方が、これまでは1国の国内のバブル崩壊だったのですが、ヨーロッパはフランスとかドイツなどの西欧から東欧に対して投資が行われ、いま東欧の投資が全部だめになっている。
 90年代後半ぐらいからEUが統合されて生産拠点がどんどんハンガリーとかチェコとか東欧に移っていきました。ドイツの自動車メーカーはハンガリーやチェコで自動車生産をするようになった。これはまるで日本と中国のような関係で、安い労働力を目指して日本から中国に生産拠点が移っていったのと同じような話がヨーロッパでは西欧から東欧に移っていった。
 もっといえば東欧の真ん中にリトアニアとかエストニア、ラトビアなどの国々にもスウェーデン、ドイツから投資が入った。ところが東欧の国々で何が起こったかというと、ここでも過剰消費が起こったんです。国全体でみると売り上げ100だとすると、国内の生産力が80。つまり自分たちの生産力よりも大きな消費をしていたのが東欧の国々です。残りの20はどうしていたか。西欧から金を借りて消費をしていた。それがリーマンブラザーズ・ショックによって金が入らなくなったので、過剰消費ができなくなって金利が上がってしまった。それが東欧の苦しみなのです。
 最近、ラトビアという国が非常に注目されています。対外資金が入って来なくなったのに対して、国が国債を発行して、それをヨーロッパの国々に売ろうとしたのですが、誰も買わなかった。つまり国の信用をもってしても東欧の国々は資金を調達することが不可能になっている。
 この問題は、恐らくヨーロッパ全体で東欧と西欧の間での国家単位の金詰まりが起こっているということの象徴なんです。なぜ金詰まりになるかというと、まだまだ東欧には過剰消費、あるいは不良債権が眠っているからまだ時間がかかるだろうと見ているわけです。この問題が顕在化すると恐らくヨーロッパの金融機関についてもかなり多くの不良債権を計上しないといけないことになるかもしれない。
 4月にアメリカでは特別検査、ストレステストというのを行ってアメリカの金融機関は健全ですとオバマ政権がアピールし、一時的にお金がたくさん入ってくるようになりました。その時オバマ政権がヨーロッパも自分たちなりにストレステストをやりなさいと言っていたのですが、ヨーロッパはそれができない。今後やるつもりらしいのですが、今はできない。なぜかというと、傷が非常に大きいからなんです。


アメリカ依存から脱却を

 まとめてみると、世界経済の中で中国が回復すると同時にアメリカという国はこれまで世界をけん引してきたが、通貨システムを中心に凋落度合いが強まってきている。10年、20年、30年のタームで、いまわれわれがどこにいるかというと、アメリカから中国への覇権というか中核がシフトしているような、そんな中にいるのかもしれないのです。
 その中で日本経済はどうするかというと、アメリカ依存、ドル依存の体制から少しずつ中国と協調しながら経済システムを共存共栄の方向にしていくとか、あるいは通貨についてもドル依存からドル以外の通貨、アジア通貨の基金を作ってそこで決済していくとか、そういったことにバトンタッチしていかないとアメリカ依存のままでは必ずしもうまくいかない。今回のサブプライムローン問題とか金融危機の問題はアメリカの経済システムが傾いていく終わりの始まりのような形ではないかと思います。
 データを見ても中国が相対的に良くなってアメリカとかヨーロッパが相対的には悪いという方向が見られ、データの変化の中からもすでに中国の方にシフトしている動きがわかるんです。


低い日本企業の損益分岐点

 次に、今日本の企業はものすごく収益が悪化しています。この1―3月は製造業においては戦後初めて1―3月の四半期で赤字決算になりました。4―6月は赤字決算で7―9月にどうやらプラスに転じてくると。従って企業の収益はものすごく厳しいので企業収益も設備投資も増えない。企業の経費削減がしばらく続く。輸出については中国とかアメリカについては多少回復してくるかもしれませんが、国内については企業収益の厳しさがまだまだ残ると思います。
 ただ一つ注目したいのは、損益分岐点、売上がどのくらいまで売れれば利益が出るのか。企業の費用構造というのは人件費などの固定費があって、売上が増えようが減ろうが、いつでもかかる費用です。もう一つは原材料のような感じで売上が上がれば上がるほどコストがかかっていく。作れば作るほど、例えば車を10台作ると10台分の鉄とか部品などの費用がかかる。損益分岐点より売上が増えていくと利益になるんです。それが企業の財務会計上の一つの見方なのです。
 今の売上は08年に比べると2、3割下がって非常に悪い状態です。エコノミストの中には2008年並みに売上が上がらないと日本経済は回復しないという人がいるのですが、これは必ずしも正しくない。なぜかというと2008年当時、損益分岐点は歴史的にものすごく低い水準に落ちていたんです。これは人件費をカットし、原材料の投入を節約していたので、日本の企業の損益分岐点は2008年、歴史的にすごく低かったのです。
 そう考えると日本経済の収益力というのは2008年並みに回復しなくても、ある一定のところ以上に売上が伸びれば収益は加速度的についてくる可能性がある。収益が加速度的についてくるとそれが経費削減の圧力を癒し、設備投資に回る。これは可能性の世界の話ですが、今緩やかな景気回復だと言われていますが、緩やかな景気回復で意外に売上が増えたならば、企業の経費削減も思いの外早く解除する可能性があるのではないかと思います。
 傍証を1つあげるとすると、テレビのバラエティーとか見てもみんなお笑い芸人になっている。あれは広告宣伝費を自動車メーカーが落としているから番組制作費も2割、3割カットし、安い芸人を使っているからです。経費削減の所産なのです。ところがいまテレビ、新聞にはハイブリッドカーとか低燃費車とかいろいろな車の広告が打たれるようになってきました。これは自動車の在庫調整が和らいで、収益拡大がちょっとずつ出てきているので、自動車メーカーも戦略的に投資しないといけない部分についてはお金を惜しまなくなってきているということだと思うんです。つまり在庫調整が無理なく進むと自動車メーカーとか電機メーカーの経費削減も思いのほか早く縮小していくのではないかと思います。


経済政策の効果

 もう1つプラスの方向として見ておきたいのは経済政策の効果なのです。政府の景気対策の内部調査、景気ウオッチャー調査が最近ものすごく回復感、マインドが上がっているというデータがあります。何でよくなっているかをみると政策効果です。これは自動車に対するエコカー減税と定額給付金、高速道路料金の引き下げ、あるいはエコポイント、こういうのがマインドに対してものすごくプラスに効いているのです。
 つまり一時期は世界経済がどうなるか分からない。100年に1度の危機だと思っていたのですが、そう言われながらちょっとずつ回復してきているということです。実はこれはすでに株式市場では結構そういう風に見られて、今回の株式市場というのは個人投資家が外国人投資家の縮小を完全に補ってきている。あるいは年金基金などの長期の投資家がやってきている。今インターネット証券では個人、とりわけ団塊の世代の人たちが新しく口座を作って投資をしようという活動が非常に顕著です。ごく一部だと思いますが、そういう動きについても消費の起爆剤になるかもしれないので、1つ要注意だと思います。


デフレ的な志向を生む給与所得の減少

 まだまだ慎重に見ないといけないことがあります。一番慎重にならなければいけないのはサラリーマンとか給与所得者の消費がこれからさらに悪化していく可能性がある。今出てきている統計では給与所得者の消費はそこそこには来ていますが、6月のボーナスはかなり大きくカットされています。もしかすると冬のボーナスも結構カットされるかもしれない。家計の所得の大勢を占めるのは給与所得者の給与ですが、これが結構、09年の間は大きい差がある。この影響は何を生むかというと、恐らくデフレ的な志向を生むと思います。
 実際に東京都内で見ても今一番活発に隆盛を極めているのはディスカウントストアーです。これは食品についても同じで、いろいろフランチャイズのお店というのが値下げすることによって消費者の人気を集めています。安かろう悪かろうというようなところがあったりしますが、消費者がものすごく低価格志向で、フランチャイズ系の低価格志向は何を及ぼすかというと伝統的なお店にとってはこれは大打撃なのです。
 世の中の景気が回復傾向で政府が景気回復だといっても伝統的な産業、伝統的な内需型の小産業にとってはさっぱりそういうのが見られない。つまりマクロの景気は回復したとしても伝統的な産業というのはデフレ志向によってその恩恵にあずかれないというのが多分'09年の国内サービス産業や小売産業の一つのカラーになるのではないかと思います。
 現時点では政府がいろいろ金融支援ということで資金繰りに対してはアシストをしていますが、やはりどこかで需要を掘り起こすようなものがないと、なかなか国内産業は厳しいと思います。


どうやってデフレ体質から脱却していくかが国内産業の課題

 実は2002年1月から2008年までのGDPの伸びた部分の9割は輸出と輸出産業の設備投資でした。つまり個人消費とか住宅投資とか政府の公共投資、政府支出、こういうものはほとんど伸びなかった。8年ぐらいの間にたった1割しか成長した企業がなかった。つまり小泉さんの景気回復の時代から内需セクターというのはほとんどゼロ成長だったと。ゼロ成長ということは、やはり売上がなかなか上がらない。収益も上がらない。雇用も増えない。賃金は下がる。そいう意味では隠れたデフレというのはいまだに続いているし、これからも続いていくだろうと考えられます。
 国内産業の課題は何かというと、どうやってデフレ体質から脱却していくかだというのが私の見方です。国内の非製造業は引き続き'09年、あるいは2010年も厳しい時代になるので、何とかそういう閉そく感をブレークスルーする。フランチャイズ系の値下げにつきあわないで何とかやっていけるようなことを考えていかないとなかなか厳しいと思います。
 経済産業省が7月3日にあるレポートを出しました。「サービス産業の生産性向上に役立つ26の施策」というもので、皆さんの中でサービス産業に従事されている人、小売りでも卸でもいいのですが、一度ご覧になれば役に立つ材料になると思います。これは26の日本全国の企業をリストアップして、そこがどういう風にサービスの生産性を上げているかということを書いてあります。ホテル、旅館の老舗が名前を変えたり、サービスの質を変えたり、リニューアルすることによって新しい客層を掘り出したというのが結構たくさんありました。


100年に1度のチャンス

 あともう1つは非製造業の場合、役に立つ部分があると思うのは、私は大企業をうまく応用できないかと考えています。日産、東芝、富士通など幾つかの電機メーカーは今年から副業を認めるようになりました。これは100年に1度のチャンスではないかなと思います。
 もしも自分が中小企業で働いているならば、大企業、例えば日産の生産管理の人に週に1回でもコンサルタントとしてきてもらって自分たちの生産現場の効率化にアドバイスをもらう。これは、これまでずっとできなかったことです。生産管理の技術というのは日本の1つの知恵なのだと思います。自動車メーカーは自分たちのグループ企業で培ってきました。そういうのを学ぶとすごく生産性が上がる。オフイスなども生産性管理の発想が結構乏しいと思います。
 自動車メーカーの人、あるいは電機メーカーの人の生産現場の効率を上げる発想というのが、非製造業、サービス業、飲食店、オフィスなどにもう少し波及してくると、いろんな知恵が出てきて、もっとプラス効果が出てくるのではないかと思います。競争力が強いといわれる製造業のノウハウが非製造業に伝播すると、これは結構大きなプラスだと思います。これが内需回復への1つの知恵ではないかと私は思います。


エコカー減税の効果

 もう1つ、これからの日本経済について1つ重要なフィールドになりそうなのは政府の経済対策です。
 今回の15兆円の補正予算ですが、非常に重要なのは多分2つあって、エコカー減税、つまり車齢が13年を超えた古い車をハイブリッドとか電気自動車に買い替えると最大25万円の補助金がもらえます。25万円に対して自動車の取得税とか重量税がもう一つ軽減になって最大38万円ぐらいの軽減措置になる。ハイブリッドカーを持っているメーカーは非常に販売の伸びがいいそうです。
 そういう面ではエコカーの支援は結構大きな起爆剤になり、恐らく来年、2010年ぐらいになるともっと車種が増えて、いろいろなメーカーが幅広くハイブリッドカーを出してくるから、その面では結構プラスが大きくなるのではないかと思うのです。


太陽光発電の普及策

 もう一つ重要な部分で結構ポイントになってくるものは太陽光発電です。シリコンなどでパネルを作って太陽の熱を集めて発電する。これまでは夜使えないとかいろいろ欠点が言われていましたが、今はそれを電池に貯めてうまく供給する方法などが、いろいろ開発されようとしています。政府の支援はどれくらい現実性があるか分かりませんが、投資採算と帳尻を合わせるために政府が電力会社に働きかけて、電力会社が23円の倍の値段46円で買い取る。これによってソーラーパネルが家庭に普及するというような政策を今、取ろうとしています。
 倍値で買い取るコストを電力会社は他の人たちの料金に上乗せしないといけない。ある電力会社の社長さんは電力料金、1世帯当たり7000円くらいかかっていますが。この7000円に30円から100円の上乗せ料金がかかるけれどそういう制度を導入するかもしれませんと説明しています。実際ドイツでは400円くらい日本より上乗せ料金がかかっているのですが、ドイツはお国柄として環境問題に対する国民の意識が非常に熱心なので、そういうことができるのだと思います。
 固定価格の買い取り制度で買い取りが46円でコストが23円だというとものすごく割高ですが、何で23円も支援するかというと太陽光パネルの発電がどんどん普及していくとだんだんコストも下がっていくだろうとみており、支援が要らなくなるまでのコストダウンを図るためにこれをやるのです。
 ただリスクとしては原油価格もあまり上がらずに、ずっとこのコストが家計の電力料金に上乗せされるという恐れもあります。太陽光発電は片方でビジネスチャンスに見えるのですが、片方でリスクがある分野だと思います。
 実は環境やエコに対する支援というのは、これから世界中でものすごく集中投資される未来志向のビジネスチャンスがあるのですが、リスクとしては政府が税制とか補助金に関して支援し過ぎている。政府が支援していくということは、その支援がなくなった時に必ず反動が出てくるんです。今のエコポイントにしてもハイブリッドカーに対するエコカー支援にしても、その支援がなくなった時にそのビジネスチャンスは、そのままうまくいくのですかという疑問をエコノミストたちは呈しています。
 アメリカのオバマ政権がやっているグリーンニューディールもヨーロッパで進んでいるグリーンニューディールもみな同じなのですが、政府の支援がなくなった時に果たして自立的なビジネスチャンスとして立ち上がっていくかについては、まだまだ疑問が多いと思います。

今の日本の課題

 これから民主党政権ができたら多分、政府の支出する金額はもっと増えていく。こうなると恐らく財政問題がその次の課題として絶対出てきます。景気が悪いうちは消費税の引き上げは出てこないでしょうが、景気が少し良くなると必ず消費税の話が出てくると思います。もう増税しないと社会保障は賄うことはできないんです。どちらかというと大きな政府路線を認めた方がいいのではないかと思います。
 民主党政権になったとしても国債をどうやって減らしていくかということは、多分5年以内には何とか大がかりな改革をしないといけない問題だと思います。消費税率を10%とか12%に単純に上げてはいけないので、私は経済成長をやりながら消費税率を上げていく方がいいと思っています。
 なぜそう思うかというと、景気が良くなれば、その分加速度的に法人税収とか所得税収は上がっていく。今は景気が悪いから法人税収が落ちている。GDPが1%上がると法人税とか税収の弾力性は1%よりもっと大きいです。計算の仕方によれば3%位増えているんです。つまり景気回復で税収が増えると、その分財政再建が進む。景気拡大と財政再建は、実はその両方を持ち合わせているのです。
 そういう意味では経済成長戦略をもう一度立て直すというのが今の日本の課題です。エコノミストとしての視点は、どういう風に新しいリーダーが、財政再建をやるのか。そこが関心事です。
 民間では太陽光発電とか電気自動車とかいろいろな技術革新が起こっているのですが、日本の屋台骨は、財政再建をいかにやるかにかかっている。それが恐らく政治的なリーダーの課題なので、どういう構想力を持った人が次にリーダーになるかということが非常に重要だと思っています。


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