「新年とともに、世界が変わってくれたらな」と思ったのは私だけではないだろう。だが、このままでは「失われた10年」が「失われた20年」になるのではないか、といった不安の方が現実味を帯びる。複雑化するグローバル経済の中で、旧来型の対応がなかなか立ちゆかなくなっていることも事実だ。産みの苦しみはあるかもしれないが、個人にも企業にとっても、変化は飛躍のチャンスである。ヒツジ年の2003年は、日本経済にとって、新しい発想による、新たなチャレンジが求められる年といえそうだ。
加速する不良債権処理
「構造改革なくして景気回復なし」を掲げた小泉政権が2001年4月に発足し、日本世論調査会の調査では、なお60%を超える国民が小泉内閣を支持している。だが、世論調査では、小泉内閣への高支持率と裏腹に、約70%が経済政策について「支持しない」と回答するなど、ねじれ現象が鮮明になっている。
一方、米国経済も景気の先行きへの不透明さが増しており、昨年春先以降の回復も短命に終わるとの見方が強い。この間、日米欧の世界の株式市場は、同時株安の様相を示しており、東証平均株価も9000円を割り込み、バブル後の最安値を更新するなど、小泉政権発足後からみると、約150兆円を超える時価総額が減少、日本経済の混迷が続いている。このため2003年の実質成長率も0%台の伸びにとどまる見通しとなっている。
日本経済にとって、新年の最大の政策課題は、銀行が抱える不良債権処理の加速と、長期化するデフレからの脱却を、どう両立させるかだろう。全国の銀行は90年代から現在に至るまでに約80兆円を超える不良債権を処理し、10兆円を超える公的資金を受け入れてきた。しかし、不良債権の残高は減ることがなく、当初目標の04年度での不良債権問題からの脱出が困難視される中で、小泉首相は公的資金の再投入に慎重な柳沢伯夫金融担当相を事実上更迭し、竹中平蔵経済財政相を金融相兼務とする内閣改造を断行した。
竹中金融相の金融再生プログラムは、大手銀行の貸し出しへの査定や銀行の自己資本の内容を厳格化し、自己資本不足に陥った銀行には公的資金再投入や国有化も辞さないという内容。今年3月期決算に向けて流通、不動産などの過剰債務企業向け融資への検査が強化される見通しだ。産業再生機構が設置され、市場から撤退すべき企業と存続すべき企業の選別も行われることから、今後、企業のリストラや再編が加速する可能性が大きい。失業率も01年12月に記録した5・5%の最悪水準に再び並び、今春は「賃下げ」春闘が確実となるなど、不良債権処理はデフレを加速する要因となりそうだ。
このためデフレの進行をストップさせることは、新規の不良債権を増やさないためにも、また、日本経済を正常な軌道に戻す前提条件としても極めて重要だ。しかし、金融政策は既にゼロ金利政策が導入されており、禁じ手と言われた銀行保有株の買い取りに踏み切った日銀も追加策には慎重だ。財政面も、国と地方を合わせて700兆円もの債務を抱え、日本国債に対する格付け会社の格付けも先進7カ国中最低にランクされるなど、財政拡大にも限界がある。このため、政策的な手詰まりを打開するには、円安を進める為替政策に頼らざるを得ないという見方もあり。日銀に外債購入を求める動きが強まる可能性もある。
リフレ政策で国際協調も
新しい要素としては、世界経済が「デフレの世紀」に入ったとの見方が広がっていることだ。米国が予防的な大幅利下げに踏み切ったほか、欧州景気を先導してきたドイツも、住宅価格が下がり始めるなど「デフレ入りのがけっぷち」(DIW経済研究所)にあるという。世界デフレの震源地とされる中国でも外資の進出ラッシュによる供給過剰で都市部の物価が下落。その影響は台湾や香港、シンガポールにも及んでいる。デフレが日本だけの問題でなくなりつつあるということかもしれない。
こうなると、デフレとの戦いが先進国全体の課題になり、そのための政策協調が浮上してくる可能性がある。政府は最近、デフレの罠(わな)にはまった感のある日本だけでなく「米欧もデフレに対する危機感を共有するべきだ」(黒田東彦財務官)として、世界規模でのリフレ政策協調の必要性を訴え、日銀にインフレ目標の設定(3%)を求め、中国に人民元切り上げをはっきりと求めた。リフレ政策とは、不況で経済活動が停滞しているときに、インフレを避けながら利下げや財務拡大で景気を刺激し、景気回復を図ることだ。代表例は世界恐慌後の1933、4年の米国のニューディール政策や、昭和恐慌から日本を救った高橋是清蔵相のケースだ。
「先進国を全部合わせても10億人。そこに13億人の中国が入って来た。影響がないわけがない」(奥田碩日本経団連会長)。21世紀のデフレの震源は、日本の約20分のといわれる低賃金を武器に世界の工場に踊り出た中国や、市場経済化が進み欧州連合(EU)加盟を控えるポーランドなど東欧諸国といった、新興地域の世界経済システムへの参入だ。こうした流れは止めようがない。テロへの警戒もあって、いまだに落ち込んでいる航空業界だが、その中で中国路線だけは好調で、日本の航空各社は中国への増便にしのぎを削っている。ヒト、モノ、カネが中国を中心に動き出している証拠だろう。こうした動きに乗り遅れずに、経済の活性化につなげられればいいのだが、事はそう単純ではないようだ。
当面、デフレを前提とした経済を受け入れる必要があるかもしれない。もちろん、戦後の高度成長の夢を再び追うことは許されない。少子高齢化で、人口のピークアウトも目前に迫る。しかし、日本人は過去、2度にわたる石油ショックや円高不況を乗り越えてきた。中小企業や雇用を守るセーフティーネットをしっかりと整えた上で、規制緩和や税制改革を断行し、日本人の持つ活力と英知を引き出したい。
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