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第9回富士地区分科会 平成16年2月10日(ホテルグランド富士)
基調講演「失敗学のすすめ」

 工学院大学教授・NPO「失敗学会」会長の畑村洋太郎氏を迎え、「失敗学のすすめ」と題して基調講演が行われた。「あんまりたくさん人が来て失敗の話しばかりしろというから逃げ出したくて、仕方がなくてNPOの失敗学会をつくった。1年間で会員が1200人にもなった」と畑村教授。技術の世界だけでなく、情報、金融、行政、政策など幅広い人たちを集めており、各界の関心の高さがうかがえる。会場に詰め掛けた人たちは具体的な事例を交えて説く畑村教授の話に聞き入り、「非常に参考になりました」という声が多かった。


■講師略歴

畑村洋太郎(はたむらようたろう)
工学院大学教授・NPO「失敗学会」会長

 1941年生まれ。66年東京大学大学院修士課程修了後、(株)日立製作所入社。68年東京大学助手、73年助教授を経て83年教授。2001年4月工学院大学国際基礎工学科教授、畑村創造工学研究所開設。同5月東京大学名誉教授。同8月科学技術振興事業団失敗知識データベース整備事業統括。同11月宇宙開発事業団客員開発部員などを務める。ナノ・マイクロ加工、生産加工学、医学支援工学、失敗学、創造学、また実際の設計研究会を主宰し、創造設計原理の研究を行っている。また、失敗学会を開設し、失敗学の普及を行っている。


日本の現状

 すべての産業は萌芽期、発展期、成熟期、衰退期を通ります。萌芽期の終わりから成熟期の終わりまでが約30年です。繊維、造船、鉄鋼の生産量をグラフでみると、ほぼ30年でピークが来てる。自動車ですら30年になっている。何かの要因が働いて必ず30年になるとピークになる。
 例えば、技術が若いときは一人ずつにチャレンジを許す。一つの技術の周りには、あんなことに迷った、こんなことを試した、こんな失敗をしたと、いろいろな知見があり、全体としてはものすごく豊かな空間を作っていて、想定しないようなことが起こっても何とかそれに対処しようとする。次はもう、うまくいく方法は分かっている。これ以外考えるな。試した、迷った、失敗した、とんでもないというふうになる。そして、うまくいく方法しか知らない人たちで、すべての技術面をやるようになる。だから見かけは立派だけれど生産現場が非常にひ弱なものになる。予期しないことが少しでも起こると、対処不能になる。これが今の日本の現状だ。技術の運用をみんなマニュアル化して、決まり切ったこと以外はやらせないという人たちでやるようになるとこんな風になる。


組織の中での役割分担と実際

 建前上は抜けもないし、重なりもない。きっちりとできている。組織が若いときは、自分の領域を広く考え、両方が自分の仕事だと思って重なり、ぶつかり合いが起こる部分がある。そうするととてもやりにくいと、一人ずつの役割分担を固定して領域を決めて干渉をしないようにする。俺のシマ、お前のシマというふうに決める。そうすると隙間の部分が出来る。そこは相手がやるはず、誰かがやるだろうと考えるが、結局だれもやらないという場所が残ってくる。農林省、厚生省、狂牛病、みんなこういうふうになっている。


まずい情報は上に行かない

 失敗情報には大きな特質がある。上には行かないのです。上に行かないのだから隣に伝わるわけがない。もう一つ、階層性を持った組織ではいつも失敗情報が一段上がるごとに減衰をする。仮に半分ずつになったとし、ペイペイから社長まで仮に8段階あったとしましょう。そうすると麻雀じゃないが2、4、8、16、32、64、128、256で、社長に届いたときには約300分の1。社長のところには、まずい情報はそれくらいしか行かない。何か不祥事が起きたとき社長が出てきて「知らなかった」というと「そんなことはない。知っているはずだ」といわれるが、本当に知らないのだ。まずい情報は上に行かないんです。
 こんなことも起こる。一度間違った分岐を選ぶと乗り換えられない。先輩が決めたことは絶対に変えられない。役人の世界がこう。会社でもそう。分かっているけれども、そのまま歩き続けて、ドスンと落ちる。決断を求められたときから、これが起こるときまでちょうど30年だ。


見ない、考えない、歩かないの「3ナイ」

 日本の中で何が起こっているのか。見ない、考えない、歩かない。すべての生産現場で起こっている「3ナイ」だ。
 メンテナンスは親会社と別組織にする。もう自分の仕事と思わないから見ない。タンクに穴があいていても吹っ飛ぶぞとは考えもしない。タンクに穴があいていますと報告してそれでおしまい。考えない。一つの物事が順番に繋がっていって物事が起こるということを考えない。そしてもっとひどいことが起こる。歩かない。で、机に座ってパソコンをたたくのが仕事だということになっている。だからいろんな事故が起こる。それでいて、こういうことをみんなでやり合っている。


実行不能なマニュアルを放置

 こんなことも起こる。実行不能なマニュアルがそのまま放置されている。機械が動いていると危ないからと柵がつくってある。そして機械の調子が悪くなったから見てくれと設備係が求められた。中に入ろうとするとインターロックがかかっていて開くと機械は止まる。動いている状態でないと具合が悪いところは分からない。スルメを見ていてもイカの泳ぎが分かる訳がない。何がおかしいか。マニュアルを実行不能のままにしておくのがおかしい。どこの会社も実行不能なマニュアルの山だ。そのうちに工場が燃えたり、吹っ飛んだりする。


形だけに陥った管理の盲点

 火事だ。天井から吊るした看板が火を噴いた。工場中の消火器を持ってきたが、看板まで届くものは1つもなかった。想定外だ。想定しないことが起きると皆対処不能となる。それなのに生真面目に消火器の点検をやり、訓練をしている。実話だ。本当にどうしたのか聞いたら、自衛消防がホースで水をかけたという。消火器が届いていれば損失も少なくて済んだが、ホースなので工場はめちゃくちゃになったと。こういうことがどこの会社にも起こっている。
 あまり事故が多いから調べてみた。機械工場だから管理は班長の仕事だという。実態を調べてみると、班長の仕事の半分以上がパソコンの入出力になっていて、ほとんど見回りと口出しは出来なくなっていた。これなら事故が起こるのは当たり前。もっとすごい勢いで出ているのが病院。医療過誤はなぜ起こるか。看護婦は患者のところに行かずに、ナースステーションでキーボードをたたいている。これになっているからだ。


失敗を通って初めて本当の進歩がある

 どうしても避けることの出来ない失敗がある。人間は何か新しいことに挑戦すると結果は必ず失敗する。たまたまうまく行くのは千に三つくらい。失敗すると、最初に何を思うか。必ず「しまった」と思う。その次に、損した、困った、恥ずかしい、人に聞かれたくないとなっていく。それと同時に体感、実感を得てもう2度と同じことをやりたくないと考える。そして受け入れの素地が出来るから自ら進んで知識を獲得しようとする。そしてものを考える。そうすると体に染み付いた知識や経験ができる。そしてさらに学習をすると、真の科学的理解が出来るようになる。 自分の目の前に起こっている現象を自分で観察して、どんな要素から成り立っているか。その要素がどんなふうに絡んでいるかを自分で考えてつくり上げていく。ここで「つくる」という動作が入っていることが特徴。
 そして現象の因果関係を記述することが出来る。現象のモデルをつくることが出来る。条件変化による現象の変化を予測できる。予期しないことが起こっても正しく対応できる。こういうのを真の科学的理解といいう。この真の科学的理解に行くには、実は自分で行動をしなければ駄目。
 今までやったことがないことに挑戦し、行動すれば結果は必ず失敗する。だから失敗は必要。なんでもいい失敗をたくさんやりなさいというんじゃない。避けることの出来ない失敗を通って初めて本当の進歩がある。
 例えば、伊勢神宮の作り直し、遷宮は20年に一度ある。そこの大工の養成では何も教えない。自分で勉強をしたくなった人が一生懸命勉強しようとする。その時に先輩がいい仕事を脇でやっている。それを盗み取る。先輩って面白くて、本当に迷って困っている人が聞きに来ると丁寧に教える。しかしどこにも教科書はない。それでいてきっちりと伝わっていく。
 伊勢神宮の遷宮っていうのは1300年も続いている。こうして20年ごとに作り直すから伝わる。どこかにデータベースをつくって、教科書をつくって、授業をやって試験で脅かすようなことをやっていて、技術が伝わるわけがない。


タコマ橋崩落、戦時標準船破壊、コメット機墜落

 技術の世界には、これだけは知っていなければもぐりだぞと言う、そういう事柄がある。
壊れた話で、この3つだけは知っていないといけないよと。「タコマ橋の崩落」、「戦時標準船の破壊」、「コメット機の墜落」、この3つ。
 1940年頃、米国シアトルの北のタコマ湾に長さ1キロの吊り橋を速く、安く、軽くというのでつくった。ところが風が吹くと揺れてなんだか危ないというので、アメリカの偉いところは、それなら観測しようと観測器を置いた。ムービーであちこちから撮っているときに風が吹き出した。秒速19bになったときに橋が落ちた。
 これを通じて、長いものがねじれたら必ず落ちるということを見つける。桁が平らの吊り橋は箱形をしていないといけないということが分かった。アメリカはすごくて、それまでつくっていた大型の吊り橋をみんな箱構造にし、そして世界中にこの知見を伝えた。今世界で一番大きな吊り橋は明石大橋です。これは秒速80bの風でも落ちない。失敗から学んだ知見の積み重ねの成果だ。こういうふうに知見を得るには失敗を通らなければ駄目だ。
 次は戦時標準船の沈没です。第2次大戦が始まってアメリカはヨーロッパに参戦した。武器をどんどん輸送しなければいけない。それまでは船はリベット、鋲で鉄板を留めていた。それではもう間に合わない。そこで貨物船を全部溶接で作った。一万dクラスを全部で5000隻作ったというのだからすごい量を作った。ところがそれが冬に北の海を通ると、パカッと勝手に割れる。こういうのを低温脆性という。温度が低いともろい性質だ。タイタニック号が沈んだのもこれだ。鋲で留めているときは途中で止まったが、全溶接で一体になっているから割れて沈んでしまう。こういう低温脆性を見つけて溶接部分に空気中の水分が入ると脆くなるということも見つける。世界中にこれを情報発信する。大型の鉄の構造物が壊れなくなるのは、全部この戦時標準船での経験からだ。
 もう1つはコメット機。第2次大戦が終わったらジェット機の時代が来るとイギリスはものすごい勢いで開発して10年後、コメット機が出来たが、商業運行したらポコポコ落ちる。偉かったのは時の首相チャーチルで、「徹底的に原因を究明しろ」といった。そして分かったのが金属の疲労破壊。これは繰り返して力を受けていると金属はくたびれて駄目になる。この結果を世界に情報発信し、飛行機が金属の疲労破壊で墜落することはなくなった。ただし、本体。後から追加工事したところは目が行かないから疲労破壊で壊れる。JALの御巣鷹山の事故は後からの追加工事部分が金属疲労で駄目になった。。


現物が無くなったらみんな忘れる

 技術の世界に貢献したのはアメリカとイギリスばかりではない。今から30年前の1970年に三菱重工長崎造船所で新タイプの大型タービンの試運転をした時、タービンの羽根車が割れて1・5キロ先の山の頂上に11dの鉄の塊が吹っ飛び、800b先の海に9dの塊が吹っ飛んだ。そして4人亡くなって60人重軽傷という大事故になった。一昨年、燃えたダイヤモンド・プリンセス号はこのタービン工場の真横の岸壁で艤装をやっていた。
 タービン事故が1970年、一昨年のプリンセス号火災は2002年で、30年後。その30年前は世界最大の戦艦武蔵をつくった。同じ場所。世界で最大、世界で最新、そういうことをいつもここでやっている。日本の機械工業の原点はこの場所で、三菱は一生懸命やっている。手抜きで何かが起こったわけではない。徹底的にきちんとやっているのに事故が次々起こっている。チャレンジしているのだ。
 三菱は吹っ飛んだタービンを海の中から拾って原因究明をしたのち、「後々の戒めにする」というので博物館をつくった。現物が無くなったらみんな忘れるということ。この人達はそのことを知っているから博物館をつくって学べるようにしている。技術を学ぶ三菱の人たちは必ずここに来る。そして次に自分たちの失敗の共有が出来るように失敗した人がA4の紙1枚に書いて全部の造船所に出し、それぞれのセクションで30年分の失敗が貯めてある。これを全部読んでからでないと設計をやらせない。営業にもいかせないという。


大津波の教訓

 どんな立派な警告も「欲、得、便利さ」の前にはすべて消えて行くぞというのが、三陸の大津波の教訓。今から110年ほど前に三陸に大津波が来た。一晩で2万2000人も死んだ。そして釜石のすぐ南、唐丹村というところがある。6477人全員が死んだところだ。その南の白浜というところには37bの津波が来た。13階建ての建物の高さだ。津波の来た高さのところに、海岸から見ると高いところになるが、白いペンキで「ここまで」と波が来たところを書いてある。
 その高さの山の中に津波の石碑がある。大津波記念碑だ。「思え惨禍の大津波。ここより下に家を建てるな」と。明治29年にも昭和8年にもここに津波が来て全滅したと書いてある。みんな分かっているが、三陸は海産物で生計を立てている。朝に晩に38b上り下りしているのではとてもやっていられない。家の方がだんだん下に来て、死ぬ準備をしている。そういうふうになる。
 同じ事を高知でも見てきた。たくさん人が死んだりすると、なぜあの時に言ってくれなかったのという。そのくらいこういうものは無視される運命にある。
 けれど、すごいことをやっているところもある。これは田老というところだ。1600人亡くなった。そうしたら生き残った人たちがみんなで貯金をして防潮堤を100年前から作り出した。延々と今でもつくっている。そしてここの人は年に1回訓練大津波ということをやっている。そして裏山に駆け登る練習を今でもやっている。扉を閉める訓練をしている。電気でやることはしない。必ずこういうものは人力でやる。


ハインリッヒの法則

 労働災害に「ハインリッヒの法則」というものがある。重大災害1件の陰には、ケガにはならなかったがヒヤッとした体験が300件はあるという。1対300の法則という言い方をする。ハインリッヒは1940年頃のアメリカの保険会社の調査部長。この人はきちんと統計を取って言い出した。1件重大災害があるときは、その前に300件ヒヤッとして人間が知覚していると。その時に気がついて真面目にその要因の一つでも潰していれば重大災害は起こらない。だから真面目にやろうよと、ハインリッヒは言った。
 ところが世の中の人の扱いは違う。ハインリッヒの逆法則というのですが、まずいことが起こるって300件に1件しかないんだろうと。俺なんかいつも大体でやっているけれどうまくいっているぞって。根拠は儲けが上がらないとか、納期が迫っているとか。それでも大抵うまくいくが、そのうちにどかっと来る。
 もっとすごいのがある。「ハインリッヒの逆逆法則」が出てきた。何か。1995年ぐらいから日本人の意識が変わって、1件やると、300件分払っていただきますと。雪印の時の反応がそう。分かっていてやったのだから絶対に許さないと。だから会社を潰すまでいった。これからインチキやったりすると、言い分けしても必ず会社は潰れる。「ハインリッヒの逆逆法則」をよく知っていないと、ひどいことになる。


失敗を自己申告して失敗学の教科書づくり

 失敗学と格好のいい名前でいっているが、行きがかり上そうなってしまった。初めをいうと、大学の中で機械の設計をどうすればいいか教えていた。いつも一生懸命うまくいく方法を教えるのに、学生達は全然聞いていない。
 ところが、休み時間に僕の失敗、ものが吹っ飛んだとか、死に損なったとか、火事を出したとか話をすると喜んで聞き耳を立てて全部覚えてしまう。研究室でやった先輩のまずさもみんな教えてやった。そこで勉強したため結局、会社に入って本当の安全って何かを考えたきちんとした設計や立案をやるようになる。そういうのを見ていると、これは失敗というものを知りたいなら、そちらを教えた方がいいと思うようになった。
 でも、失敗を教えようと思ったら教科書がない。それで研究室のOBが集まってつくろうと、自分たちの失敗を自己申告して4年がかりで40人の失敗の事例を約250集め、それを整理して分類したら全部で108項目残った。偶然だが、人間の煩悩の数、除夜の鐘の数と同じだ。それに設計者の横着だとか、不注意だとか原因を割り振って、上位概念で括った。そしたらみえてきた。
未知、無知、不注意、手順の不順守、誤判断、調査・検討の不足。ここまでは個人のせいだ。そしてその次、制約条件が変わる。そして今度は組織運営の不良だ。企画不良、価値観不良、組織運営不良。この10個で分類すると、大学の実験室や製造会社、まずさも指摘できる。
 日本の原子力の技術をやっている人たちにこれを当てはめてみたら、きっちり分類が出来る。だからすごくこれは普遍的な失敗原因になっているんだということが分かる。
 そして失敗の原因と結果の関係を、原因系、結果系に分け、個人と組織に分けると、個人のせいだけで起こる事故はたいてい軽微で、その後に組織不良があったら重大事故が起こるぞと。重大事故が起きるといつも1件落着で個人のせいにして落着するけれど、その後に組織運営不良があることがわかる。そして組織運営不良をそのままにしておくと必ず同じ事故がまた起きる。


失敗原因の階層性

 もう一つ大事なことがある。失敗原因の階層性だ。個人のせいの上には組織運営不良があり、企業経営の不良がある。その上に必ず行政・政治の怠慢があって、社会システムの不適合がある。こういうものが重なっている。
 しかし、これもまた裏法則がある。何か。上の者は下の者のせいにして幕引きをするという大法則がある。代議士が捕まるといつも秘書のせだ。医者が捕まると看護婦のせい、社長が捕まると工場長が自ら私がやりましたと。そんなのを真に受けていたら、また同じ事を繰り返すことになる。


局所最適が全体最悪をもたらす

 産業が萌芽期から発展期、成熟期に変化する。これに従って隙間組織が起きるとか、マニュアル化が起こるとか、いろいろなことが起こる。
こういうことも起きる。「局所最適が全体最悪をもたらす」だ。萌芽期は、それを構成している技術の要素の数も少ないし、規模も小さいから一人で把握できる。しかし成熟期になると大きくなり過ぎて一人で理解、把握できる範囲を超えてしまう。ここを担当している人は最大効率を求められる。さあ、どうするか。技術が繋がっているとしたら、短絡するのがいいのだ。そして短絡して大事故になる。こういうふうに必ずなっている。
JCOの臨界の事故が、まさにこれだ。原子力を扱うとき、放射性物質を一カ所に集めると臨界が起こる。絶対やってはいけない。そのことを知らない人はこの仕事をやってはいけないのだ。
でも、そういう人たちでやっていた。細いパイプの中を通してしか処理してはいけないのだけれど、時間が掛かるのと掃除が面倒だということで柄杓でやればいいと考え、みんなで生産性の改善運動をやって少しでも良くしようと思う。そして柄杓よりバケツのほうが早く効率がいいということになる。そしてバケツでやったら青い火が出て死んでしまったのだ。
 この作業員は勝手にやったのか。そうだはない。上司にきちんと承認を求めてやっている。ただし人減らしで半分になっていた。だから隣の上司に聞いた。分からない人がいいじゃないのといった。それでいいと思ってやって事故になってしまった。こういうふうになって駄目になって行く。


失敗は予測が出来る

 JCOの事故が起きる2カ月前に僕は原子力の再処理をやっている青森の六ヶ所村に講演に行き、原子力のところの人たちはみんな真面目に対応しているが局所的なところしか見ていない。だから事故が起きるというシナリオを話した。彼らは信じなかった。ところが2カ月後に本当にその通りになった。
確実に予測は出来る。どこでどんなふうにというのは分からないが、シナリオがこうなるというのは分かる。失敗は予測が出来る。だから防ぐことはできる。
 2年前にアメリカに失敗の取り扱いについて議論しに行った。ロスアラモスという原爆をつくっているところの人が日本のJCOの事故は自分も予測したというんだ。1週間前に注意の手紙を出したらその通りに起こった。アメリカ政府の調査員が日本に行ったが、日本の技術者は何も本当のところをしゃべらなかったといって怒っていた。なぜか。日本は免責も司法取引もない。だから本当のことをしゃべると全部自供したという扱いになる。だから日本ではしゃべれない。で、同じミスが起きている。
 世界的に臨界事故をグラフにして見ると20年ごとに起きている。事故が起きた直後、設計者の心は注意深さと慎重さでいっぱいだ。時間がたつごとにそれが萎え、無関心と傲慢さが増えていく。これに比例して失敗の確率が増える。


上手く伝わらない失敗知識の伝達

 失敗の知識を伝達したいのに上手く伝わらない。それはなぜか。それはみんなが失敗の情報をそのまま伝えようとするからだ。知識化しなければいけない。どんな物が、どんな経緯でどうなったかというを簡単な言葉で書く。絵で示すのだ。簡単な言葉と簡単な絵というのがキーポイント。これをやったものが知識だ。それをやったときだけ知識は水平展開する。それ以外はみんな消える。人参や大根も料理をしなければ駄目。料理をしたときだけ吸収できる。
 もう一つ、失敗に至る脈絡を書かなければいけない。みんなどこにもある失敗の事例は結果が書いてあるだけだ。その前に何に迷ったか、何を試したか、どんな関連する失敗をしていたかを書かないと伝わらない。これが書けていない。
 失敗を書くときに、どんな失敗だったか簡単にまとめなさい。どんな事象が時間経過でどう進んでいったか。推定原因はどうだと考えて、どんな対処をしたか。その後で背景はどうだったか。これに関連して何が起きたか。関連することでどんなことが起こるか。対策はどうしたか。これを後から書き足しなさいと。こういうふうに立体的にやらない限り次の人は吸収できない。
 失敗知識のデータベースをつくって失敗知識を使わせたいとみんな思うが、だれも使わない。なぜか。データベースは、使う方から見たら、欲しいときに、欲しい中身が、欲しい形で与えられないと駄目だ。ところが世の中にある普通のデータベースでは、欲しくもないときに、決まり切った中身を分からない形で与えられる。どこの会社にもいっぱい失敗事例集はあるけれど、だれも使っていない。


まとめ(1)失敗の積極的な取り扱いが必要

一旦まとめてみたい。
まず、失敗の積極的な取り扱いが必要だ。
1)うまくいく方法を教えるより、まずくなる道筋を教える方が効果が大きい。
2)失敗をしなければ受け入れの素地としての体感や実感はできない。
3)失敗には、許される失敗と許されない失敗がある。許させる失敗というのは個人にとっても組織にとっても成長と進歩に必要なもの。また許されない失敗、それは同じ愚を繰り返すもの。手抜き、インチキでやるもの。
4)失敗をマイナス面からだけ見ないでプラスに転化する努力をしよう。


まとめ(2)失敗を立体的にとらえる

次に、失敗を立体的にとらえる必要がある。
1)失敗の原因は多層に重なっており、多くの様相で結果が現れてくる。
2)だから失敗は立体的にとらえなければいけない。技術的な側面からの取り扱いは当然だし、責任追及も必要だ。
3)しかし、心理的側面というのが決定的に今忘れられている。心理的側面というのはすごく大事だ。なぜか。すべてのエラーはヒューマンエラーだと言われている。人間が関わるから失敗なんだ。人間が関わらなければ自然現象。そういうものを考えるときに、関わる失敗はどんなものか。人間というのはどんなものか。誰でも間違える。すべてのエラーはヒューマンエラーだということと人は誰でも間違える。その2つを考えたら、失敗のとらえ方はあいつが悪いというとらえ方とは違う心理的な側面からこれを取り扱うことがすごく大事だ。


まとめ(3)知識にしなければ伝わらない

 知識にしなければ伝わらない。
 事例についての情報だけを集めても駄目。結果だけを書いても分からない。脈絡を知らなければ分からない。分からなければ伝わらない。伝わらなければ使えない。使えなければ駄目だ。


まとめ(4)失敗の必然性

 失敗の出来(しゅったい)には必然性がある。
1)失敗は予測が出来る。予測が出来るのに防げないのはなぜか。防げないのではなくて防がないのだ。失敗の素地を放置して、予兆を無視し、顕在化しなければそれでよしとする力が働くからだ。
2)産業の成長と共に脈絡の成長と衰退が起こる。成熟すると余計な選択肢は切り捨てられて脈絡は単線化し、予期せぬ外乱で破滅が起こる。
3)局所最適は全体最悪をもたらす。全体を知り、それとの関係で自分の仕事をする人間を育てる以外に王道はない。
4)失敗するときちんと管理をやる、対策するという。うそをつけだ。管理の強化では失敗は防げない。強化すると形骸化し面従腹背になる。失敗を隠すようになるから結局同じ失敗を繰り返すことになる。


まとめ(5)工夫をしなければ生かせない

1)原因追及と責任追及とを分離する必要がある。こうして初めて真の原因究明ができる。日本にはないが、免責、司法取引、懲罰的賠償、分かっていてやったんだろうという奴、それが必須。もう一つ、社会公正のための内部告発の奨励と保護が必要だ。今、不祥事で出てきたものは全部内部告発だ。だから日本はこれの法制化に取り組み始めた。
2)もう一つ、失敗を生かすと得になる仕掛けを早くつくらないといけない。潜在失敗の顕在化は経済原則にのせるのが一番いい。例えば失敗への無対策を未払い金に計上する時価会計、不思議なことを言っているが、こういうものは保険屋と組んでやらなければいけない。実は新しいビジネスが出来ていく。非常に大事なことだ。


<緊急の提言>
現地、現物、現人の「3現」の実行を

 ここで、緊急の提言をする。先程の「3ない」が起きている。じゃあどうすれば良いか。「3現」をやれ。現地に行け、現人(げんにん)に会え、人と話をするだ。そして現物にさわる。この「3現」をやったときだけ実状が分かる。「3ない」になっているのは、ちょうどこの真反対になっている。
みんな暗黙知というのがある。その仕事をやっていれば誰でも当然のことと思って頭の中に入っている。しかしあからさまには書いてない、しゃべっていない。そういうのを暗黙知という。例えば機械設計をやる人だったらみんな必ずこのことを考えている。
 そして去年、タンクがよく燃え。なぜあんなに燃えたのか。これはタンクを扱う人が当然持っていなければいけない暗黙知を、持たない人が、それをいじるようになったからだ。構造にはこんなものがあるぞ。タンクをつくるとスロッシングが起こるよと。不等沈下が起きると必ずここから漏れるぞ。吹っ飛ぶときはこの角からだぞ。その時に人が死ぬ。そして大きさを倍にすると体積は8倍になって、表面積は4倍だから、表面からしか熱が逃げないとしたら放冷能力は半分になるぞと。
実験室でつくったプロセスがうまくいったからとそれで実物をつくる。10倍の大きさにしたら何が起こるか。体積1000倍、表面積100倍、従って放冷能力は10分の1になる。全然冷えないということだ。こういうのが常識で当たり前なんだ。ゴミ発電は全部これを無視して120、30基もつくり、半分以上が事故を起こしている。こうやって、あまりに当たり前のことを知らない人が技術をいじっている危うさがある。 設計者だけが悪いんじゃなく、発注者はもっといけない。分からずに出してしまったのだから。


工場火災の暗黙知

 工場火災についてあらかじめ持っているべきイメージがある。みんな工場があると、原材料を入れると製品が出てくると思っている。供給系として外から入ってきたものが網の目のように広がって、広がったものが全部集められて排出系として出ていっているというモデルを持ちなさい。これが実は工場というものをきっちりと設計して運営している人の暗黙知だ。過大電流が流れると被膜は瞬時に燃えて必ず火事になる。ダクトの中にはごみは溜まっている。そして何かでそれがまき上がると瞬間的に粉じん爆発が起こって全部吹っ飛ぶ。こういうことを知っていないといけない。だからこういうのをなしにみんなが工場経営をやるようになったときに、どこでも燃えるのだ。


自分で考え、自分で行動を

 いままで頭がいいとか、なんとかいうのは、外にある知識を頭の中にどんどん入れてメモリの大きい人が賢いんだということになっていた。入学試験ってみんなそうなっている。
ところが本当に世の中に求められているのは、そうじゃない。知識もいるけれど、それを使って自分で演算をやって、自分なりに立案をして、行動をする。そして世の中に起こっていることをきちんと観察し、検証して、まともに動くということを頭の中に入れた人、これが賢い人だ。
今までのような学校の入学試験的なことをやっていると日本中全部駄目になる。自分でつくりなさい。自分で考えなさい。自分で行動をしなさい。


これからの日本の製造業

 これからの日本の製造業ってどうするか。「3ない」になっているから駄目なんだ。本当にやるのは「3現」だと。
そして見ざる、聞かざる、言わざるという「3猿」というのがあるが、これからは「見せない、喋らない、触らせない」という「新3猿」をやらないと駄目だ。生き残るためには絶対に生産設備と生産しているところを人に見せてはいけない。現物に触らせない。一番大事なのは設計と開発思想を語らない。これをやらないと日本中、生きていけない。
 もう一つ、根本的に考え方を変えなければいけない。これを早くやらなければいけない。組織としての技術の伝達と個人の成長の問題だ。一人ずつが成長するときに人から無理やり教えられたものは駄目だ。そうじゃなくて自分が欲しくなって技能の高い人からむしり取ったときだけ自分のものになる。出力型、アウトプット型です。
 自分で行動し、自分でつくったときだけそいつが生きる。だから世の中、今は全部技能の伝承だ、継承だといって出来たものを伝えようとしているが、うまくいくわけがない。本当にやろうとすると、本当にいい仕事をやる人が脇にいないと駄目だ。むしり取れないといけない。もう会社の経営を根本的に変えないと駄目だ。


真の対策は必ず自分の従業員の中にある

 事故があまりに多い。どうしたらいいのだろうと言われて、いくつかの会社のトップ、社長に書いてあげたものだ。次の3つのことを全従業員に考えさせて、自分の口で発表させろ、だ。集団でやっては駄目。一人ずつが考えるのだ。

1)自分は仕事を通じてどう社会と関わっているか。
それをやらせるとみんな顧客のことを書いてくる。そんなのではなく、あなたが本当に仕事がやらせてもらえて月給がもらえるのは、顧客からお金はくるけど社会があなたに仕事を預託しているからなんだと。「これを無視した途端に会社は吹っ飛ぶぞ」だ。雪印の時はそうだった。社会が預託していることを無視したから、みんなで潰してなくした。

2) 一連の火災や爆発を見て何を考えるか。
直接原因だけでなく、背景とか組織の特性、こういうものを必ず考えてご覧と。

3)一つのことを見たら何が今大事かウエイト付けをしろ。
何が今大事で、何に手をつけてやるべきかだ。今すぐやるべきことは何かだ。そして一人ずつが発表すると必ず中間管理職の部長とか課長が出てきて、説明したがる。それをやらせては駄目。言い訳と説明は不要。そして会社の中で本当に仕事をやっている人たちは真剣に考えている。一人ずつでは足りなくてもみんなでやったものを集めてみると、膨大な量を考えている。真の対策は必ず自分の従業員の中にある。それを実行できるのは最終人事権を持っている社長だけ。副社長や専務にやらせてはいけない。ほんとに始めると死ぬほど大変だが。A4の紙1枚に書かせ、それには必ず返事を書く。それくらい社長は真剣にならないといけない。そうすれば従業員も真剣になる。そうすれば「見ない、考えない、歩かない」ということは全部吹っ飛んでしまう。ご静聴ありがとうございました。



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