サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
トップ 最新情報 政策提言 活動内容 サンフロント21懇話会とは 飛躍 風は東から

活動内容
平成16年度の活動方針

活動報告
平成24年度
平成23年度
平成22年度
平成21年度
平成20年度
平成19年度
平成18年度
平成17年度
平成16年度
平成15年度
平成14年度
平成13年度
第10回東部地区分科会 平成16年10月25日(みしまプラザホテル)
基調講演 「産業クラスターとファルマバレー構想」

矢作 恒雄氏
慶応大学経営大学院教授、企業経営研究所所長

 表題が「動き出したファルマバレー構想」となっていますが、私のトーンは本当に動き出しているのかという問題提起になるかも知れません。行政の方からすると「いやどんどん動いている」といわれるかもしれませんが、後のパネル討論で反論していただこうと思いますので、私の思っていることをそのまま申し上げようという心積もりで参りました。


ファルマバレーの基本理念について

 ファルマバレー構想の基本理念は、「私たちは患者・家族の視点に立ち、叡智を育み、結集し、共に病と闘い、支えあい、健康社会の実現に貢献することを宣言する」という基本宣言にきちんと言い表されています。とくにわれわれはファルマバレー構想の宣言をつくるときに、患者と医療提供者という関係をやめよう。病気になっている人もわれわれも、実はいろいろの立場から闘っている仲間なんだと。そういった形に変えていこうということで、この宣言をつくるまでに確か年ぐらい大議論が続いたと思います。
 その理念に基づいて、具体的な5つの戦略が提案されています。<戦略の>の「産官学連携による先端的研究開発推進」と<戦略3>の「医療・研究開発ネットワーク」に関しては医療関連の仕組みということで、「動き出したファルマバレー構想」という表題がきわめて適切な表現だと思います。ただし、<戦略2>の「新産業創生と既存産業活性化」、<戦略4>の「人材の育成」、<戦略5>の「都市基盤の整備促進」についてはまだまだこれから実行に入らなくてはいけない。あるいは実現されなくてはならない課題がたくさん残されていますので、本日はこの戦略の2、4、5、特に<戦略2>に焦点をあててお話をさせていただきたいと思っています。


<戦略2>は、どういうものか

 <戦略2>は、どういうものか。「新産業の創生と既存産業の活性化」ですが、その具体的な中身は3項目あります。つは健康関連産業の育成と支援、2番目にはインキュベーションシステムの構築とその推進、3番目はウエルネス産業の創出。ウエルネス産業とは議論はあると思いますが、健康関連、医療関連の産業を創出していこうというものです。
 この3つの大枠の中で戦略を形作っていこうというのが構想の第です。どんな形で進めていくのか。推進プロジェクトは、最初に健康関連産業の育成においては「しずおか夢起業支援事業」の充実をする。具体的にはベンチャー企業の視点からの計画をどんどんつくっていく。それから医療メーカーと、いくつかの仲介機能を行政も含めて果たしていこうと。2番目のインキュベーションシステムの構築とその推進は、そうしたシステムを具体的につくっていこうというものです。具体的に実行していく主体はどこにするのかが課題ですが、成長段階でのマネージメント支援を行っていく。とくにメディカル以外でもインキュベーションをどんどん進めていこうではないかという含みもあります。最後のウエルネス産業の創出は、「しずおか健康保養空間創造事業」、ウエルネス産業の地域形成事業といったものが具体的なプロジェクトとして挙げられています。これは実際に治療が終わったあと、退院後の療養とそれに関連した産業をつくっていこうと。これが<戦略2>の概略です。

重要な人材育成と都市基盤の整備促進

 <戦略4>は人材育成、<戦略5>は都市基盤の整備促進ですが、実はこの人材育成と都市基盤の整備促進は産業クラスターを考えたとき、きわめて重要な要素になってきます。人材育成については、大学、あるいは研究機関を充実させていく。あるいは連携を密にしていくことが具体的な戦術として挙げられると思います。また都市基盤の整備促進は、交通情報、人が集まるときのコンベンション設備など都市インフラの充実が挙げられています。人が集まりやすい、あるいは集まって定着していくような空間を作っていくことが具体的な内容です。
 今申し上げましたファルマバレー構想の戦略2、4、5の3つの戦略がめざすものは何か。具体的には医療、あるいは健康をキーワードにしながら産官学が連携して新しい産業を創出していく。そして新しい産業集積、これを産業クラスターと呼ぶようにしていますが、これをつくりあげていこうと。その結果として素晴らしい2世紀に輝き続ける地域、街づくりを推進する。最終的には人類全体の健康に寄与するような、そういう仕組みをわれわれが率先してつくっていきたい。これが最終的なゴールだと私は解釈しています。

産業クラスターの背景
通信・輸送技術の革新

 産業クラスターという言葉が、ファルマバレー構想の中で大変多く使われていますが、これはどういうことなのか。その背景を申し上げますと、80年代の後半、90年代の始めに、インターネットが商業用に開放されて以来、とくにわれわれの目に通信技術の革新が大変速いスピードで行われ、実生活に大きな影響を及ぼしてきています。同時に輸送技術、物理的にものを運ぶ、あるいは人間を運ぶ、この技術が安全性を含めて格段に進歩しており、この両方が日常生活、ビジネスに与える影響を無視することは出来ないと思います。
 その結果、ビジネスでは皆さんが日常実感されているように市場のグローバル化と競争の激化が進みました。この結果、競争していく上での時間、あるいは距離、総合して地理的な優位性があまり意味がなくなってきたのではないか。つまり時間とか距離というものの意義が非常に薄らいできたことが想定されるかもしれません。

バリューチェーンが水平化

 しかし、われわれの事業活動をよく見てみますと、かつてはものをつくるという企業は研究開発に始まり、設計、原材料の調達、製造、そしてマーケティング、販売で流通させる。そしてアフターサービスも含めて、この一連の流れの中で価値がだんだん高まっていくという意味で、価値の鎖、バリューチェーンと呼んでいますが、この連鎖すべてを出来るだけ自分のところでやるというのが、われわれのかつての常識であったわけです。例えばパソコンの状況を見てみますと、かつてはIBMのようなところがソフトもハードも全部自分のところでつくることが当たり前、むしろそれが競争優位を築くきわめて重要な基盤だったわけです。いまやパソコンのメーカーがすべて自分のところでつくっているとは誰も思っていない。マイクロソフトを中心にしたソフト、ハードはそれぞれ部品ごとに専門分野に特化したメーカーがしのぎを削っている。そういう状態、つまりこのバリューチェーンが垂直につながって一社ですべてをやるのではなく、これが水平になってきた。

相互補完性が求める産業の集積

 つまりそれぞれのチェーンごとの専門企業が力を付けてきて、それ同士が今度は連携することによってパソコンであればパソコンを消費者に届ける。これが当たり前になってきているわけです。連携させる中身は何かといいますと、情報のつながりです。つまり産業が知識産業化している。これがどんどん加速される。研究からサービスにいたるまで、水平につながっていく環境をつくらなければいけない。その結果、相互補完性ということがきわめて重要になってきているわけです。
 従って相互補完をどうするかということになると、結局近場にお互いがいることが、特に情報交換という面から重要になってきていますし、またこの競争優位を築く上で情報交換、その背景となる場、ロケーションが重要になってきている。その結果としていわゆる産業の集積が作り上げられてきたわけです。
 ですから産業クラスターというのは、いってみれば自然発生的なものが出来た結果について、われわれは名前を付けたといってもいいかもしれません。

同じバリューチェーンに関与し補完関係にある産業クラスター

 今回も沼津商工会議所関連の方々とアメリカ西海岸を見てきましたが、どこにいっても「官」が主導でクラスターが出来たということはまったくありませんし、すべて「民」が中心、「官」はそれをサポートする。そういう形で出来上がってきたというのが実態です。
 実は産業クラスターという名前を最初につけたのがマイケル・ポーターで、企業戦略の分野では世界の第一人者です。彼が0年ほど前に産業クラスターというアイデアを打ち出しましたが、一般的に産業クラスターとは何かというと、その定義は、ある特定分野に属し、相互に関連した企業と機関からなる地理的に近接した集団であるというところです。その集団がどうやって結びついているのかと言うのは、共通点と補完性があり、共通点というのは同じバリューチェーンに関与しているという意味での共通点ですし、そのバリューを上げる、その事業運営をするためにはお互いに補完関係をつくっていかなくてはいけない。つまり共通点と補完性の両面を持ったメンバー達によって作り上げられた集団であると言えます。

産業クラスターの特徴

 産業クラスターとは具体的にどういったことが特徴なのか。構造、中身はどういう形になっているのかといいますと、大学、シンクタンク、専門的な知識・訓練・教育情報・技術支援といったようなものを提供する機関、これは民間だけではなくて政府のつくる研究所なども含まれますが、そういったものを中核にしながらバリューチェーン、事業の研究開発からものを提供して消費者に渡した後のサービスまでその一連のバリューチェーンの各要素に特化した事業体が相互補完の関係を保ちながら強い自立性を持って存在をしている。
 クラスターの中にいる企業、機関の特性は何か。これが実はクラスターの中にいることによるメリットと考えてもいいかもしれません。その第一番目は、専門性が高く経験豊富な人材、あるいは市場、技術に関する専門的な情報がクラスター内部に、つまりその地域に自然に蓄積されていく。したがって経営資源の調達が非常に容易である。しかも取引のコストが低く抑えられる。
 シリコンバレーの周辺に10年近く住んでいましたが、あの辺のいいところは、例えばお昼にちょっと食べに行くと、隣に座っている人たちが何か面白い会話をしている。それを聞きながら「悪いけど、いまの話にちょっと興味があるのだけれど」というような話から人との情報交換が始まるところです。ジェネンテックという遺伝子工学の初期の、世界的企業になった会社がありますが、かつてお医者さんだった私の友人がスタンフォード大学のビジネススクールに来ているときに、たまたま隣り合わせた人たちに会って、何か面白そうな話をしている。自分は元医者だったんだけどという話しをしたら、「では、うちにアルバイトにおいでよ」という話になり、アルバイトを始めたのがきっかけでジェネンテックの創業の人になり、日本の遺伝子関連の事業は全部彼が担当したという事例があります。経営資源の調達というと少し仰々しいですが、彼に言わせると、あの時にピザをおごってもらったのが縁だったといっていますからピザ一つで世界的な医学者兼ビジネスマンをリクルートできたという例です。そういったことが日常茶飯事で行われているというのが、まずクラスター内の特性です。
 クラスター構成員、これは個人の場合もありますし、企業の場合もありますが、相互に補完しながら結果としては自分ひとりでやる以上の力を総合すると発揮していく。つまりクラスターとしてのシナジーがどんどん生まれてくるということが2番目の特性として挙げられると思っています。
 最近、個人の持つ知識や情報を組織全体で共有し、有効に活用することで業績を上げようというナレッジマネージメントという分野で盛んに「暗黙知」ということが言われています。暗黙知というのはなかなか形式化できない、人に伝えにくい、そういった人に従属しているものを言うようですが、これがクラスター内にどんどん蓄積をされていく。私は形式化された知識は、もはや競争優位の背景にならないと思っているわけで、むしろ人には伝えにくいノウハウや技術やワークマンシップとかをどれだけ持っているかということが、競争優位を築くきわめて重要な背景だと思っています。
 クラスター内部にどれだけの暗黙知が蓄積されているか。そういった特殊な、余人を持って代えがたいそういう人たちをどれだけクラスターの中に抱えているかがクラスター自体の競争優位を築いていると私は考えています。そういったものが蓄積されていくという、この3つぐらいがクラスターとしての特性ではないかと思います。

クラスター自身が成長をさらに高める

 こういった特性の結果どういうことが起こってくるかといいますと、クラスター内部の企業の生産性やイノベーションの速度が急激に向上していく。第2番目のシナジー効果といったようなものが、各クラスターを作り上げているメンバーに働いて結果としては生産性やイノベーションの速度が非常に高まる。
 従って、クラスターの中に入れない、つまり外部に孤立している競合相手より、きわめて強固な力を持ち、リスク分散もクラスター内のメンバーによって相当低下させることができる。リスクとは何かと考えてみると、情報の中身の問題だと思います。そういうふうに考えていくと集積している仲間同士が補完関係にあるわけですから、いろいろな情報が入ってくる。それによって自分から見たリスクをきわめて低下させることが出来る。外部に孤立しているよりもリスクという面から考えても非常に有利な状況に自分を置いておくことができるというのが、クラスターのメンバーであることの結果です。
 こういった環境が整っていますので、内部でのベンチャービジネスの立ち上げの機会が急激に高まっていく。ですから新しいビジネス、企業家がシリコンバレーではどんどん出来ていると私は考えています。
 クラスター自身がどんどん成長していくというきわめて好ましい環境、あるいはクラスター自身が成長をさらに高めながら持続させていくことが、クラスター自身としても可能になってくる。この辺がクラスターの特性が集約された結果として目に見えてくることではないかと思っています。

産業クラスターの単位は地域

 大まかにみて見ますと産業クラスターとは、単位は地域、例えば静岡県の東部というようなある一つの場です。工業団地の場合はもっと小さい、ある地区につくっている限定的な地区だと考えていただけるといいと思います。
 それぞれの産業クラスター、工業団地を対象に、このメンバーたちの共通点は何かというと、産業クラスターのメンバー同士というのは同じバリューチェーンに関連をしているという意味できわめて重要な共通点を持っているわけですが、工業団地の場合は立地をしているということで、それ以上とくに事業運営で必然的な関連、共通点はなくても工業団地には皆さん立地をしている。

産業クラスターと工業団地は全く違う

 先ほど、産業クラスターの定義の中で共通点に加えて補完性ということを申し上げましたが、ではどんなところで補完性が作り上げられてきているのか。これは同一のバリューチェーンの中にあるという意味で情報、技術、暗黙知の交換といったようなことを当然やっていく。それがクラスターにいることの意味合いであると。従ってこの補完性というものは情報であり、技術であり、暗黙知であるといえると思います。
 工業団地の場合は、工業団地を造るときに提供されているインフラ、電気、ガス、その他を共有しているという意味で、お互いにお互いが存在することでインフラを作り上げているという補完性は確かにある。
 産業クラスターの利点は物理的に近くにある。お昼を食べにいっては誰かとんでもないところにすごい人がいたというようなことが可能になるような近接性が重要です。
 とくにわれわれが分けて考えなくてはならないのは、産業クラスターと工業団地は全く違うもので、結果として物理的な姿は同じような企業がたくさんそこに見えるかもしれませんが、実は中身が全然違うものをわれわれは指しており、従ってファルマバレー構想の中で産業集積ということをわれわれは提唱していますが、全くいままでの工業団地と同じようなものを造ろうよといっているんではないということをご理解いただきたいと考えています。

ベンチャーキャピタルとエンジェル

 そこでクラスターからベンチャー企業の立ち上がりの数が非常に多いことを先ほど申し上げましたが、先日米国を視察して時に聞いたアメリカにおける企業プロセス、あるいは起業家支援の構造の典型的な形を紹介しますと、まず投資家がいて自分たちのお金をベンチャーキャピタルに託す。ベンチャーキャピタルの中に目利きがいてそれぞれの人を介しながらベンチャー企業に投資をしていく。この様な図式が一般的な形だと聞いてきましたし、そのようなデータが集ってきました。
 ここで注意をしておかなければいけないのはベンチャーキャピタルというのは必ずしもベンチャー企業を育成しようと本気で思っているかどうか保証できないということです。あくまでもベンチャーキャピタルにとってお客様は投資家ですから資産運用の効率をよくする。運用益が高くなるということが、重要な役割ですから、ベンチャーキャピタルのくせにベンチャービジネスを育成しようとしないというのは、全くお門違いな議論なんだと考えていく必要がある。
 われわれは、ベンチャー企業に対して資金の提供と事業の支援を行なう個人投資家をエンジェルと呼んでいますが、この人たちは実際にベンチャービジネスを育成していくことに、その価値と自分の生きがいを見つけ、ベンチャー企業を育成しながら、ベンチャー企業にとって一番必要なお金と経営能力の両方で支援していこうというエンジェルと、一般論でいっているベンチャーキャピタルとは相当違うということです。
 日本の場合のベンチャーキャピタリストとアメリカのかなり経験豊富なベンチャーキャピタリストとの違いは、リスクに対する態度です。もちろんアメリカのベンチャーキャピタリストもそんなに甘くはありませんが、投資先を判定する判断力は、日本と相当違うというふうに感じています。
 日本のベンチャーキャピタリストの多くは、ベンチャー企業の先行きに対してあまり正確に判断できないため、怖いからまさにハイリスク・ハイリターンで割引率をうんと高くしてしまう。この悪循環がまだ日本の場合には行なわれているんではないかなと思います。
 いずれにしましても投資家、ベンチャーキャピタリスト、それからベンチャー企業、その間に投資家をベンチャーキャピタリストに紹介する仲介コンサルタント、これを多くは法律事務所ですとか、会計事務所、金融関係が仲介の役割を果たしているようですが、いずれにしましても相当豊富なベンチャーキャピタルがベンチャー企業に渡るような仕組みがつくられているのが実態です。

米国の西海岸と東海岸

 もう一つは起業する場合、事業体のある環境が相当大きな影響を及ぼすということがよく議論されています。
 例えばアメリカのシリコンバレーを中心とした西海岸と、東海岸、これはボストン近くのMITを中心にしたルート28といったようなところがありますが、私の体験からみて、両方ともかつて起業家がうんと集まる地域でしたが、この20年ぐらいをみてみますと20年前と同じような活況を呈しているのがシリコンバレーで、東海岸の方はなかなかそういうわけにはいかない。大まかに言ってしまうと、西海岸のシリコンバレーで起業した人たちは、立ち上げること、新しいリスクにチャレンジすることに生きがいを感じている人が多い。
 私の個人的な体験を頭に描きながら整理していきますと、西海岸はオープンできわめて柔軟性に富み、東海岸は必ずしもオープンではなく自立をしながら自分で成長していく。そして保守的な価値観がかなり基盤になっている。企業同士の交流は、西海岸はきわめて盛んですが、東海岸は自己完結型。この一番いい例がスリーエムです。会社の中に床屋さんからお医者さんから何でもそろっている。そこで皆で助け合いながら生活をしていく何万人の家族といったような文化が育ってきていますし、それがスリーエムのきわめて強い力の背景になっており、まさに自己完結型。
 それに対しシリコンバレーのビジネスマンたちは組織に対してより自分の力を常に頼りにしている。東海岸の場合はどちらかといえば企業に忠実といった傾向がある。
 達成目標、これは西海岸では自分で開発した高度な技術を作り上げよう、あるいは世に貢献させようといったのが多いんですが、東海岸の場合は企業としての名声がきわめて重要な価値観の背景になっている。それから技術者が西海岸の場合は流動的で、次に移っていくのはもう当たり前の日常茶飯事になっていますが、東海岸は必ずしもそうではない。例えば大企業を見てみますと、日本が終身雇用でアメリカはしょっちゅう変わると一般的に信じられがちですが、決してそうではない。かつての優良企業、例えばデュポン、IBMは日本以上におやじもこの会社だったんだということを誇りにする人が非常に多いぐらいに長期勤続は決して珍しいことではない。
 恐らく大きなキーワードとしてオープンシステムというのが西海岸のカルチャーに近い部分で、シリコンバレーの場合にはジョイントベンチャーは当たり前になっていますが、東海岸の場合、どちらかといえば自己完結をして自立をしていく考え方が強いのかなと思います。ということは西海岸のような環境が整っているところ、あるいはそういう人たちが集っているところに、起業というものが盛んに行われてくるということがいえるんではないかと考えています。

日米の起業環境

 起業を促進する環境としてアメリカの例をみますと、文化、ベンチャーを支援していく仕組みが、きわめてうまく出来上がってきている。それをさらにサポートするような金融機関、金融制度、あるいは税制が準備されている。非常に起業家にとって有利な状況がアメリカの場合は意図的に作られたものも含めて、あるいはもともとアメリカに歴史的に培われていたような慣行、風土といったようなものが、アメリカの、とくに西海岸においては起業を促進する環境が整っている。
 それに対して日本の起業環境は、結論を言いますと、いまだにハイリスク・ローリターンです。私も999年から世界37カ国のビジネススクールの人たちと、それぞれの国で000人ぐらいを巻き込んだ調査研究をしており、その中で起業家の環境がどうなっているか、起業家の育成がどうなっているかを調査していますが、30何カ国の中でも日本の起業家に対する環境は非常に劣悪であるといってもいいくらいの状況です。
 まず一つは、市場がまだ完備されていない。とくに資本市場においては戦後40数年間の間接金融依存の機能が非常にうまく機能してしまっただけに、まだまだ直接金融の仕組みが起業家にとって完備できていない。間接金融が主流になってきますと、結果的には企業家にとって無限責任を負わせるような環境がまだしっかり改善ができていない。それからどうしても大企業を中心にした政策が40数年続いていますので、中小企業に対しては二の次になってきてしまっている。従って新しいビジネスを立ち上げたビジネスマンに対し、お金を儲けていることは評価されても、社会的に高く評価されているかというと決してそうではないという状況が日本ではまだある。

有利な大企業からの企業内ベンチャー

 ベンチャービジネスにとってベンチャー企業の一番の強みは何かといいますとイノベーションということです。この間アメリカに行ったときにプレゼンテーションしていただいた人のデータを使わせていただくと、アメリカの場合はやはりベンチャー企業から新しいイノベーションが起こって来る場合が一番多い。その次に大学、次に大企業、それからお役所です。日本の場合、全部これが逆になっているんですね。大企業からイノベーションが起こることが一番多くて次に中小企業、その次が大学で、大学の役割が日本の場合はまだ弱いのですが、いずれにしてもイノベーションが発生する原点が大企業中心となっているのが日本の状況です。
 従ってこれからの方法としては、必ずしも個人の起業にだけ焦点を合わせないで、むしろ大企業の中から企業内ベンチャーをつくっていくことも、日本の産業界にとって有利ではないかなと、私も考えています。

上手く行っているのか、ファルマバレー構想

 そこでファルマバレー構想の現状でありますが、われわれが考えてきたファルマバレーの構図は、まずファルマバレー宣言に代表される理念が軸としてあって、その中で構想、全体戦略がつくられ、それから実行段階の施策が練られ、実際に具体的なプロジェクトとして実施されていく。この様なことを構図として考えたらいいんじゃないかと思っていますが、実はその中で構想段階は、私も参画させていただきましたが、石川知事のリーダーシップのもとで具体的な素晴らしい案が出来上がったと思います。
 ところがその後、実行の段階になってくると果たして上手く行っているのか。少なくとも私が評点をつけるとすると実行における総合マネージメント、あるいは具体的な実行プロジェクトという段階では、まだまだ、この辺がうまく進んではいないのではないかというのが、私の実感です。間違っていれば大変結構なことなのですが、私が耳にしている情報から結論を出すと、どうもこの辺が必ずしも上手く行っていない。
 まず一つには成果がまだ誰にも、がんセンターを中心とした医療関連は素晴らしい結果として見えてきていますが、戦略の2、4、5、つまり産業クラスターを作り上げるという戦略に関してはほとんど具体的に目に見えて来ないのです。もう一つ、産官学ということが盛んに言われていますが、少なくとも「官」・「民」の連携が具体的に見えて来ない感じがします。
 「官」の現状、これは私の邪推ですが、コンセプトは素晴らしいものがあると思っていますが、どうも実行段階でトップと実行部局との意識、あるいは具体的な行動に入った時の執行部で考えた内容との乖離が相当あるんではないかと。これは静岡県だけでなくどこにもありますし、「民」主導といった瞬間に「民」に丸投げをしてしまうということが、もしかしたらあるんではないか。
 丸投げをした結果、何が起こっているかというと、これは私も何回か体験していますが、天下り組織が介入してくる。例えば国の外郭機関とか、そこには天下りをしたお役人がたくさんいらっしゃる。そこが入ってきてしまいますから、結果として例えば国の予算がそのまま「民」に流れて来ない。そういったことが結果的には「民」を圧迫し、「民」のやる気を削いでしまう。
 お付合いで何とかやろうという場合が結構多いということがファルマバレーでも起こりつつあるんじゃないかと、これも邪推をしています。
 それからもう一つは「官」だけの問題ではありませんが、どうしても利権、既得権を守っていく動きがどうも始まっているんではないか。
 目的はあくまで良い医療環境を作り、産業クラスターをつくるということで、それをつくるためには世界中からベストの資源を取り入れるんだといったようなことが、果たして実行段階でも実現しているのか、という問題を改めてここで提起をさせていただきたい。
 そして「民」の方ですが、正直なところ私は「民」がどこまでファルマバレー構想にコミットしているのか。それが実は見えてこない。理由はたくさんあるんでしょうが、どうも「民」の側の腰が引けているような気がする。お集まりの方々に対して大変嫌なことを申し上げているわけですが、私は正直なところ、そう感じております。協力はしたいけれど、それをやって何のリターンがあるのといったような疑問が皆さんの頭の中に相当あるんではないかという感じが、私はしています。
 長期的には素晴らしい医療環境をつくるんだと。これはもちろん見えているわけですが、具体的な短期的なインセンティブというものが見えてこない。だから結果としてはコミット00%なかなか出来ないというところに落ち着いているんではないのか。

本来の機能を発揮する仕組みに作り直しを

 そこで、私なりの思いつきですが、まず基本的な仕組みの見直し、つまりグランドデザインはつくったんですが、それを具体化していくすべての段階で、構想力というものが非常に要求されるプロジェクトだと思うんです。ですからその都度、その都度、具体案を示しながら構想力をベースにして、方向性、あるいは優先順位といったものを明示するということはきわめて重要なのですが、それが果たして出来ているのかどうか。
 そして実行の仕組み、これもきちんと出来上がっているのかどうか。よく考えて見ると、ファルマバレーセンターというのはそういうことをやる窓口として作り上げたと私は理解しているんですが、どうもその本来の期待していたセンターの機能が上手く発揮できていなんではないか。そうであれば一刻も早く本来のセンター機能を発揮する仕組みを作り直さなければいけない。これはきわめて緊急な課題だと私は思っています。
 もう一つは「官」が行なうことは何かということをもう一度緻密に検討してみないといけないんではないか。簡単に言ってしまえば、「官」が行なうことは「民」が動きやすい環境を作るということだろうと思うんです。「民」が動きやすい環境をつくるというと自動的に規制緩和ということが話題になりますが、必ずしも規制を緩和すればいいというだけではなくて、むしろ規制を新たに作って「民」が動きやすい環境を提供していくこともありうると思うんです。
 そのためには第2、第3段階における特区をどんどん作るということをさらにやらなければいけないんではないか。もう一つは実行段階の機能を果たす、その機関に関しては民間の経営のプロをどんどん登用することを考えて行かなければいけないんではないか。
 それから支援内容そのものも、もう一度再検討して、必要なものをすぐに実行していくということをやらなければいけないんではないか。例えば企業支援のための税制、あるいはベンチャーキャピタルの活動支援の方策、これも税制とかベンチャーキャピタルの人たちがリスクを過大評価してしまうということに対しては、いろいろシーズに対する情報だとか、目利きの紹介をするとかいったようなことを行政で相当できるのではないかと私は思っています。
 もう一つは世界中の調査で最初に出てくるのは、例えば起業家を支援しようとして補助金ということをすぐに行政では考えてくれるけれど、これはむしろ自発的な活力を奪うような形になる。補助金はお金の無駄使いに近いということは、あらゆる国からそういう報告が来ていますが、その補助金の見直し。これは中央政府も皆そうなんですが、例えば起業家を育成しようとすると「官」が主導でセミナーをものすごい予算を使ってやられているんですね。必ずしも「官」主導のセミナーがいいのかどうか、それこそ「民」も入れて具体的な方策を考えていく必要があると私は思っています。

「魅力ある街づくり」を

 もう一つ、産業クラスターというのは例えばシリコンバレーにしても、サンディエゴのバイオ関連の産業集積しても、結局もとは何かというと、そこは気候がいい、住むのにいい場所だということです。それが基本なんですね。つまり人が集まりたいという環境があって、来てみたらやはりここに住み着きたいと。そういう環境があったということが大前提にあるんですね。だからそれを何とかしなくてはいけない。
 つまり、いま新幹線が非常に便利になった。品川からひかりで来れば30分で三島に来られる。というのは、良いようで悪いところがある。だったら何も三島に住まないで東京から通えばいいじゃないかということになると、近場にいていろいろな情報交換が出来るという場が出来なくなる。
 例えば大学の多くが八王子にどんどん疎開をしていった。広いし、土地も安いし、空気もいいし。ところが何が起こったかといますと学生たちは授業が終わるとさっさと新宿に出てしまって4時過ぎるとキャンパスは怖いように静かになってしまう。それと同じようなことが新幹線が便利になったおかげでというか、結果として余程この近辺に魅力のある環境をつくらない限り、人は来るけれど住み着かない。そうすると先ほど申し上げましたような産業集積、あるいは産業クラスター本来の機能が出来なくなる。
 その意味でどうしても<戦略5>の「魅力ある街づくり」ということを行政挙げて先導していただかなくてはいけないんではないかと思います。

本音での議論を

 こういう問題になるとわれわれ「民」の一員としては「官」を批判することばかりになってしまう傾向がありますが、「われわれは少なくとも、静岡県の行政に対して批判し始めた瞬間からその原因は実はわれわれ「民」にあるんだという考え方をしなくてはいけないと思います。例えば、われわれ自身もっとオープンに何がやりたいのかという本音での議論をどんどんやっていかないと、まず実現は不可能だと私は思うんです。
 ですから、きょうお集まりの皆様をはじめとして「民」の代表の方々はいったいそのファルマバレー構想の中の産業クラスター構築ということにコミットするのかしないのか。これを明確に早い時期に態度を決めて表明をしていただきたい。これをずるずると、あまりしたくないけれど協力をした形だけということになってくると、大変時間の浪費になります。駄目なら駄目、「民」ならば本当にコミットすることを明確にすること、これが第一に重要だろうと思います。

意識的に成功した人たちの評価、認知を

 「民」からのコミットがあるということを前提にしますと、その次に「民」がやるべきことの一つとして、個人の起業家を輩出するだけでなく、大企業からのスピンオフということもいろいろな形で奨励していく必要があるのではないか。それからもう一つは成功した、スピンオフした、あるいは人で事業を立ち上げて成功した人たちに対する評価、認知を意識的にしていく必要があるんではないかと思います。
 また、いろいろな形でビジネスチャンスを提供できるような工夫、例えば「民」主導のセミナーを行なう。それはただ単にセミナーだけではなくてその後に交流会を行なうことによって、そこで出来ればビジネスがつでも2つでも生まれるきっかけをつくるということも工夫をしながら、「民」の方で支援活動をしていく。こんな様なことが考えられるのではないか。
 きわめて短時間に日ごろ思っている愚痴も込めてまとめてしまいましたので、まだ欠落した部分がたくさんあるかもしれませんが、申し上げたようなことを次のパネルの題材にさせていただければ幸いです。


▲ページトップ
入会案内お問い合わせ事務局案内リンク Copyright(c) SUNFRONT21.ALL RIGHTS RESERVED.