サンフロント21懇話会 静岡県東部地域の活性化を考える
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記念講演 
「脳は若返る―ストレス社会を生き抜く」
浜松医大名誉教授 高田 明和氏

 「最近はNHKラジオの朝5時半から10分間1週間にわたって放送する『健康ライフ』という番組をやらせていただいています」という高田名誉教授は、「東洋的な考え方にストレス社会を生き抜くヒントがある」と禅やお釈迦様など幅広い知識を駆使してストレスやうつ病などに打ち勝つ方法を説き、聴衆をひき付けていた。

言葉の力、医師の力

浜松医大名誉教授 高田 明和氏
 イギリスのオックスフォード大学にウイリアム・オスラーという内科の先生がおられました。カナダの牧師さんの息子さんで医学を志してカナダの東大のようなマッキン大学を卒業し内科の教授になられ、そのあとアメリカのジョン・ホプキンス大学、エール大学の内科の教授を歴任し、最後はオックスフォード大学の教授になられた。
  この方は、日野原先生が伝記を書いているほどで、単に医学において優れているだけでなく、医の倫理、医者はいかに振る舞うべきか、患者が亡くなった時にご家族にどのような態度で接すべきか、というようなことについて多くの著作を残された。オスラー先生のお弟子さんは「先生が病室に入ってくると患者が皆治ったような気がした」と書いています。オスラー先生のように偉い人が往診してくれれば、姿を見ただけで病気が治ったような気がする。これはありうることですね。
 別のお医者さんが書いた本によりますと、オスラー先生が処方した薬は非常に良く効いたといいます。これもありえます。
  新しい薬が開発されたとき、例えば、片方にはうつ病の薬を入れ、もう一方には薬が入っていない。それを皆さんに飲ませる。薬が入っている方は6割の人が治った。入っていない方でも治ったというならば、確かに薬は効いたということでしょう。しかし非常に重要なことは4割の人が薬なしに治ったということです。「これは薬ですよ」と思って飲むと効いてしまうということをプラシボ、偽薬ともいうのです。
  今2つの薬を用意して、実は両方ともただの水で、「どうぞと」と出したとします。これで治ってしまったとします。「実は、あなたの飲んだのはただの水なんですよ」と種明かしをしたとすると、ムッとするわけです。ところがそのあと私が「だけどこの水を飲んだ人のほとんどは病気が治ったと言っていますよ」といえば治ってしまいます。一つは「この水を飲んだ人のほとんどは治ったと言っていますよ」という言葉が効果を持つ。もう一つはこの人が、薬を渡した私を信じているからです。信じなければ効かないのです。言葉の力というのは、言葉自身の持つ力と、どのような人がいつ、どのような状態で言ったかということにも影響されるわけです。

「暮らしは分が大事」

 日本人は非常に心優しい国民で、競争にあまり向いていないんじゃないかと思います。それを無理やり競争しないと生きていけないのだ。世界にごしていけないのだということで、競争させられる。競争するということは自分と他人を比べるということです。そうすると必ず自分より上の人がいる。野球なら必ずイチローがいるのだと。ゴルフなら石川遼がいるのだと、そう思ってその分野に進まないといけない。自分より上の人がいるのだ。それでよしとしなければいけないのだと、私は申し上げている。
 たまたま、この間、堀口大学という方の詩を読みました。詩のタイトルが「座右銘」。堀口大学は文化勲章をもらった詩人です。彼のお父さんは朝鮮の領事館に勤めていた時、有名な朝鮮王朝の閔妃(ミンビ)暗殺のとき、皆と一緒に朝鮮王宮に飛び込んだ一人でしたが、この方の座右の銘は、「暮らしは分が大事です。気楽が何より薬です。そねむ心は自分より以外のものは傷つけぬ」というものです。
  私は文化勲章をもらうような偉大な詩人も他人と比べて人をうらやましがって苦しんだことに衝撃を受けましたが、このような方も、やはり人間というのは、自分はこれでいいのだという、このランクでいいのだという気持ちがないと決して気持ちが楽にならないんだということを感じました。

ストレスの影響

 皆さん、ストレスとはどういうものかといいますと、もともとは古代人が自分より大きな野獣を倒してその肉を食べるとか、そのために狩猟に行く。うっかりするとやられてしまうかもしれません。あるいは手負いのシシに追いかけられたり、そういうときに感じる恐怖とか不安、そういうものがストレスになる。
 それ以外に例えば隣の種族が戦いを挑んできた。それは古代人だけではなくて日本でも例えば戦国時代、戦いに負ければ武将本人が殺されるだけでなく、一族郎党女子供まで殺されるわけでしょう。
 そうならないためには、戦いに勝つか、逃げ延びるしかないわけです。勝つにしても逃げるにしても、これは必ず筋肉を使うでしょう。筋肉にとってもっとも重要なエネルギー源がブドウ糖なんです。そこで私たちが恐怖心を感じると、ホルモンとか神経の命令で腎臓の上に副腎という臓器があるのですが、その外側の副腎皮質というところから副腎皮質ホルモンが、学問的にはコルチゾルを出す。この最大の役割は血液の中にブドウ糖をエネルギー源としてドッと送り込むことです。しかし、いっぱい血液の中にガソリンがあっても全身の筋肉に送らなければならない。そうすると脳からの命令が副腎の真ん中にある髄質というところに行くと、そこからアドレナリンが出て心臓が激しく拍動して、そのブドウ糖がいっぱいの血液を全身に送り、筋肉はそれを使って戦うわけです。戦いとか狩猟が終わると、このストレスの反応がなくなって、血糖値が下がり、心臓の拍動はゆっくりとなる。
 ところが、いつも心配し不安になっていると、この反応が起こって血液のブドウ糖が常に高くなってしまう。血液の中のブドウ糖がいつも高いというのは、これは糖尿病ということではないですか。皆さん、糖尿病は太った人の病気だと思っているかもしれませんが、糖尿病の方はほとんどやせています。
 独協医大の先生が茨城県で60歳から79歳までの男女12万人の健康状態を調べました。そうしたら10年間に8,000人糖尿病の人がいた。一番多かったのはやせている人だったのです。つまり太っている、太ってないは関係ないのです。
 では血圧はどうかというと、私達は心臓が収縮すると、血液が外に出される。普通は心臓のすぐ側の血管が圧力を吸収して、そのあと収縮して圧力を先に送るようになっている。いつも心配で血圧が上がっていると、血管をずっと押していますから血管がだんだん硬くなって土管のようになってしまい、心臓が収縮すると、すぐにその圧力は先の方に伝わってしまう。もしも先の方に脳があれば脳出血、くも膜下出血、脳梗塞になる。心臓があれば心筋梗塞になる。
 現在、心筋梗塞の治療は非常に良くなっています。もし血管が詰まると、すぐにカテーテルで風船を入れて膨らませて、そこにステントといってトンネルを作ってしまう。そこに血が固まってくると今度はバイパスといって新しい血管をつなぐでしょう。例えば、そういうバイパスをつなぐと、単に生き延びるだけではなく、ほとんどの方が以前と同じ激職をこなすことが出来る。アメリカのクリントン元大統領は2本もバイパスが入っているのです。あるいはチェイニー前米国副大統領も2本入っていますが、世界中を飛び回っているでしょう。
 ところが脳梗塞、田中角栄さんや長嶋茂雄さんを挙げるまでもなく、皆さんご存知の方でも脳梗塞になるとほとんどの人が、まず第一線を引きます。すると現在は脳梗塞の方がはるかに怖いということになるでしょう。これもわれわれがストレスにうまく対処できない結果起こる。
 脳はどうか。例えば代々続いた事業が倒産してしまった。あるいは大切な息子さんが交通事故で死んだ。そんな時、お年寄りが急にボケたようになることがあるのではないですか。皆さんも嫌なことがあると、しばらく物覚えが悪くなるとか、精神が集中できないということがあるんじゃないですか。これが長く続くと脳細胞が死んでしまう。だから強度のストレスが非常に長く続いた人の脳は小さくなっている。
 このようにわれわれの心が平静でないとストレスがあった時に糖尿病になり、心筋梗塞、脳梗塞になり、あるいは認知症にもなるということです。しかし、われわれのストレスというのは、ほとんどすべての人に平等に来ているといってもいいです。だけど全員が病気になるわけではないのです。

病気は備えがあれば、相当防ぐことができる

 ストレスの中の何がいけないのか。こういう実験の話をすると分かり易い。
 金網の檻の中に犬を入れて、その金網に強い電流を時々流す。犬は痛いからキャンキャンいって飛び上がります。しばらく続けると犬は疲れ果てて、床にひれ伏してしまう。金網の檻の前に赤い電球を1個置いて、電球がついた時は電流を流し、つかない時には電流を流さないという法則を作っておくと、犬はこの法則をたちどころに覚えて、同じように電流を流してもなかなか疲れない。ところが、赤い電球がパッとついた時に電流を流す。時にはつかないときにも流すというように法則をでたらめにすると犬はすぐに疲れて床にひれ伏してしまうのです。
  こうすればある程度予防できるという事があれば同じようなストレスに対して心身を傷つけることはない。しかし、何がいつ起こるかわからないという不安がわれわれの心と体を傷つけるようになるのだということが分かったのです。
  例えば、突然、脳梗塞になるかもしれない。糖尿病になるかもしれない。不安でまた、糖尿病になってしまったりしますよね。でも心の平静を保てば、全部とは言わないけれども非常にその様な生活習慣病になる危険を少なくすることができるということを、皆さんが信じていただければ、ずいぶん楽になると思います。
  私の責任は、私が出来るだけ間違いないと思うようなことを皆さんに申し上げて、病気というのは地震のように突然来るものではないんだと。それに対して備えがあれば相当防ぐことが出来るんだということによって安心していただくということが、私の務めだと思っています。

「海馬」の働き

 人間の脳細胞はお母さんのお腹の中にいる非常に早い時期にはいくらでも増える。しかし妊娠の後期、まして生まれたら決して増えるものではないというのがかつての医学の常識で、われわれもそう教わりました。
 例えば、皆さんを見ていますと、皆さんの姿が私の目から入り視神経を通って頭の一番後ろの方に視覚野というスクリーンのようなところがあり、今映っているのです。では、この視神経がこのスクリーンにちゃんと繋(つな)がるのが生まれてから15日ぐらい。そうすると繋がるまではどんなに強い光を目に入れても赤ちゃんには見えない。
 耳はどうかというと耳から入った音が聴神経を通って耳の奥の方にある聴覚野に繋がるのが妊娠7カ月。私たちはお母さんのお腹に10カ月いますが、7カ月まではどんなに大きな音を聞かせても赤ちゃんには聴こえない。7カ月のあと赤ちゃんがいつも聞いているのはお母さんの鼓動なんです。
 今から15年くらい前にスウェーデンからアメリカの脳の研究所に留学していたエリクソンが偶然人間の脳細胞は60歳になっても70歳になっても、最近は90歳になっても、増えるということを見つけたんです。大発見です。
 皆さん、京都大学の山中先生がIPS細胞というものを見つけられたことをご存知だと思います。それは例えば私の皮膚の細胞を取って、その細胞に、ある刺激を与えると何にでもなる。目にも歯にも腸にも心臓にもなる。もともとわれわれは1個の受精卵からこうなっているのだから当たり前といえば、当たり前なんです。それを肝細胞と呼んでいる。
 脳の中に神経肝細胞という細胞があります。これは脳細胞の何にでもなります。これが丸い格好をしているのです。これが刺激されて増える。じゃ、皆さんも一番知りたい、一体脳の中のどこに肝細胞が一番あるのか。実は私たちの耳の奥の方に「海馬」という場所がある。これは、今から50年くらい前、何をするところか誰も知らなかった。
 1953年にアメリカのコネチカット州ハートフォードで28歳の青年が診察を受けました。先生が「あなたのテンカンは海馬にキズがあるから起こるので、海馬を取れば治る。しかし、われわれは海馬が脳の中で何をしているところか知らないのです。どうしますか」と聞きました。「テンカンは痙攣(けいれん)して意識を失って、口から泡を吹いて倒れる厳しい病気だから海馬を取ってください」ということになって、世界で最初の海馬摘出手術が行われました。
 どうなったか。この人は少しもおかしいようには見えない。まず話が出来る。字が読める、字が書ける。計算も出来る。ところが直ちに分かったのは、この人は新しいことが覚えられない。この人を病室からトイレに連れて行く。戻ってくると病室からトイレに行けない。ところが手術までのことは何でも知っている。そこで初めて人間の記憶には2種類あることが分かった。一つは短期の記憶です。
 短期の記憶は、例えば、たくさんの人にいろいろなけた数の数字を見せて10秒隠して、もう1回書かせると平均して7けたまで書ける。面白いのは例えば文字です。英語で言えばRとかT、こういう文字をでたらめに並べると、これは6つです。リバーなどの言葉にすると5つになってしまう。なにか箱があって小さなものならたくさん入るという感じがするんです。
 自分の家の電話番号を皆さん知っていますね。なぜ自分の家の電話番号を知っているかというと、これは長期の記憶になっているからなんです。短期の記憶を長期の記憶にする工場が海馬で、これを取ってしまったから、何一つ長期の記憶にならない。
 海馬は歳をとると非常に衰えやすい。固有名詞が出てこないから、「あそこのあの人に、あそこで会ったよ」なんってやっているのは海馬の衰えです。相撲を見るためにテーブルの上のリモコンを取ってくれといいたいのですが、テーブルもリモコンも出てこないから、「おい、あそこのあれを取れよ」と。奥さんは30年も一緒ですから「あそこのあれ」で分かってしまう。それで「ハイ」と渡すから、お年寄りが2人で話していると何を言っているのか分からない。これは皆、海馬のせいです。ところが、この海馬の細胞が一番増えている。

海馬の細胞を増やすには、体を動かすこと、一人にならないこと、趣味を持つこと

  そうなるとお医者さんも研究者もどうしたらもっと海馬の細胞を増やすことが出来るか。当然考えるわけです。それは主には3つです。
 第1は体を動かすこと。特に指を動かすことは非常にいいといわれています。それ以外には歩くことも非常にいい。そうしたらこの間、瀬戸内寂聴さんがテレビで「そんな事を言われてもピアニストでもぼける人はいる」と言っていました。
 医学というのは統計の問題で、あることをやったら10人中6人に良ければ、良かったということになっています。効かない人もいるのです。
 体に悪いことも、10人のうち9人に悪いということです。1人くらいはなんでもない人がいるのです。タバコは吸わない方がいいと思いますが、ものすごいヘビースモーカーでも長生きしている人はいます。映画監督の市川崑さんは口からタバコを離すことのないくらいのヘビースモーカーでしたが、92歳まで生きて、92歳の時に映画を作ったというんです。
 さて、海馬を増やすには、第2に刺激ある環境といって一人にならないことが重要です。昔から引きこもりはボケの始まりと言われているのです。
 実はサラリーマンは定年になるとほとんど外を歩かないんです。私のワイフは最近碁を習いに行って、女性の囲碁の会をやろうと連絡したりしています。電話をすると大体ご主人が出るんです。奥さんは外出している。ですから昼間のレストランなどは女の人ばかりです。アメリカなどでは夫婦一緒に旅行に行ったりしていますから、私はもっと年を取ったら男性も外に出たらいいのでないかと思います。
 第3は、どういう趣味を持っている人がボケないかということが、克明にアメリカでは研究されています。第1に一番効果があるというのはチェス。日本ですと囲碁・将棋ですね。第2はトランプ。向こうでは4人くらい集まってブリッジなんかをやります。第3はクロスワードパズル。頭を楽しく使うクイズです。それと読書です。

誰にもいい健康法はない。自分がいいと思ったらやるしかない。

 ここで皆さん、もう一度、すべての人にいい健康法はないという例を挙げさせていただきますと、例えば今60歳の人が100人、この人は全部チェスとかトランプをやる。もう100人はなんにも趣味がない。20年経ったらいろいろな趣味のある人の3割しかぼけていない。ところが何にも趣味のない方は7割がボケている。しかし何にもやらなかった人から一生懸命チェスをやってボケた人をみると「あいつは何なんだ。俺は何もしないけれど大丈夫だ」と。そんなこともあるんです。
 ですから皆さん、誰にもいい健康法はない。自分がいいと思ったらやるしかない。
 さて、そこで皆さんの中にも多くの方は例えば昔は良く眠れた。しかし最近は眠りが浅いだけではなくて、夜中に目が覚めて、起きてイライラしていることもある。こういう方がおられると思うので、気持ちが楽にならないというような方にも聞いていただきたいし、あるいは会社の方、お知り合いの方に「うつ」の方がおられる方にもお聞きいただきたいのです。
 われわれはいろいろな時にイライラし、面白くない、あるいは怒りが収まらない。それを抑えるためにはいろいろな方法があります。インドのヒンズー教ではインドのヘビの木と書いて、「インド蛇木」という植物の根をしゃぶらせるということをやりました。そうすると気持ちが治まることが分かりました。
 1930年代にインドの内科のお医者さんがインド蛇木の中には精神を安定させる物質が入っているという論文を出し、皆驚きました。世界中の研究者、製薬会社の人は何が入っているかを調べました。そうしたスイスの、今のノバルティス・ファーマという会社の研究者が、ついに構造を見つけてレセルピンとなり、イライラしている時に与えると気持ちが治まる。
 ところが、これは血圧を下げたのです。世の中には高血圧で悩む人が非常に多いからこれを製薬会社は高血圧の薬として売り出し、ものすごく良く効いたために盛んに使われたのですが、この薬を飲んでいる人の中から何もやりたくない、すべて面白くない、自分なんかダメなんだという気持ちを持ってしまってうつ病になったり、中には自殺者も出てきてしまったのです。
 当時、脳の科学がだんだん進歩してきたからレセルピンを動物に注射するとどういうことになるか調べた。そうしたら当時分かってきた脳内の神経伝達物質といわれるセロトニンという物質が脳の中にほとんどなくなっていたということが分かった。
 もう一つは、結核、不治の病といわれていましたが、ストレプトマイシンで治るようになった。ところがお年を召した方はご存知だと思いますが、ストレプトマイシンを使うと難聴、耳が聴こえなくなるという副作用があるわけです。
 それで化学的に合成した薬で結核を治そうということになって、その一つにイソニアジドという薬が出来た。これを使って結核を治すと皆ものすごく元気で、気分がハイになってしまった。何が起こっているのだと脳を調べたら、セロトニンが非常に高くなっていた。セロトニンが低くなるとうつ状態になる。セロトニンが高くなると元気になる。じゃあ、セロトニンが脳内で高くなるような薬を作ろうということで、今、うつ病の方が最初にもらう薬は脳内のセロトニンを増やす薬なんです。

うつ病というのは考え方の病

 ところが最近、薬が効かないと。それで、もしかしたらうつ病というのは考え方の病じゃないかと言われています。ものは考えようです。どう解釈するかが心を傷つけたり、われわれに自信を失わせたり、苦しめたりするんだという考え方が出てきたんです。これを認知療法というのです。
 例えばリストラされてうつ病になる人が多いのです。でもリストラされても給料は安いけれど自分に向いている仕事ができれば別にうつ病にならない。リストラされて自分は将来どうなるのだと。皆にばかにされるのじゃないか。子どもたちはどうなるんだという思いが、自分なんかなんでこんなにくだらない人間なんだと、自分を責めるようになるのです。
 このように自分を責めるような考え方を「歪(ゆが)められた考え方」というのです。歪められた考え方で、一番多いのは「白か黒か」。あることがうまくいけば自分は素晴らしい。うまくいかなければ自分はダメだという考え方で、日本人に非常に多いんです。
 第2は自分を責める。例えば他の人がうまくいっている仕事を何で自分は出来ないのだと。自分の子どもを一生懸命教育しているのに何で勉強が出来ないのだと。自分が遺伝的にダメなのか。子どもがダメなのか。というふうに、一方においては相手をうらんで、何かイジワルしたいという気持ちもある。もう一方においては皆うまくやっているのに何で自分はダメなんだというふうに自分を責める。この2つが非常に多いんです。
  私は、この考え方というのが非常に今の「うつ」の流行、蔓延(まんえん)に関係していると思っているのです。認知療法では、簡単に言うと同僚がうまくいっているのに自分はいつも失敗して上司に低く見られているらしいという時に、そうではないんだと。今は会社でうまくいっても、あいつは今に失敗するかもしれない。最後は「だから大丈夫だよ」とやりたいんだけれど、一つは日本人はそういうディベートで自分を説き伏せることが苦手な国民なんです。
  第3には、われわれの悩みはうんとあるから1回ごとにそれに対して大丈夫だとやるのは、もういくら時間があってもできないということで、認知療法というのもあんまり効果はないのではないかという人も多いんですね。
  それから世界中の統計を集めると再発しないで治ったというのは2割ぐらいしかないのではないかということになると、じゃあどうするのだということになります。

東洋的な考え方にストレス社会を生き延びるヒントがある

 私は、東洋的な、長い間、薬も治療法も何もないときに、それを切り抜けてきた考え方、そういうところにストレス社会を生き延びるヒントがあるのではないかと最近思っています。
 お釈迦様は、お悟りになった時に宇宙の法則の一つとして「諸行無常」といわれた。行というのは仏教ではモノというものを表す言葉です。モノには色があるから「色」(しき)とも言うんです。「色即是空」というのは「物事は本来空だ」ということです。モノには動きがあるから諸行無常というのですが、すべてのモノは一瞬といえども同じでないということです。
  これは現在の物理学でもわれわれは絶え間なく変わっている。一瞬といえども同じはないといわれている。
  デイル・カーネギーという作家が書いた「道は開ける」という大ベストセラーがあります。カーネギーが友人の言葉として、こういう例を挙げているのです。アメリカの高等学校は4年制ですが、高等学校の化学の講義の時、先生が皆を流し台に呼んで、皆が集まったところでいきなり流しにビンをぶつけた。ビンは粉々に壊れて、中のミルクは全部流れてしまった。
  先生は「お前たち、これを見ろ。お前たちがどんなに頑張ってもこのミルクの一滴も戻すことは出来ない。だから何か失敗してこういうことが起こったらもう今度はそういうことはしないと思って、忘れて新しいことをやるしかないんだ。これは一生よく覚えておきなさい」と言ったと書いている。その青年が「自分は高等学校4年の中でいろいろな事を学んだけれど、こんなに役に立ったことはない」と言っています。
 苦しんでいる人たちが、何で苦しんでいるかというと、「過去にあんなくだらないことをした自分が嫌だ。他の人はあんな失敗はしなかった」と。もともと自分はダメな人間だから、それが嫌だと言っているのです。
  お釈迦様は、そんなことはないんだと。過去というのは、もうお前じゃないんだ。過去にやったことの責任を取らせるといっても、もう存在しないのだから、今の自分と違うのだから考えても仕方ないということを言っているのです。われわれは絶え間なく別人になっている。私は、過去の自分は、今、関係ないのだと考えるべきだと思っている。
  人と比べることが、われわれを非常に苦しめていると私は思っているのです。「暮らしは分が大事です」というのを、自分のランクはこのぐらいだとして、それで良しとするんだと。ゴルフをやっても、ちょっと上の人がいていくら努力をしてもしょうがない時は、自分はここで良しとするんだと。
  そうすると、いろいろな時にいろいろなランクにあるわけです。大学に入れなかったときはこの辺のランクだけれど、今は商売をして楽になっている。来年は商工会議所の会頭になるかもしれないからこの辺だと。そのときにその様なランクにある人が、ここでこうだったということで苦しんでいたら永遠に幸せになれないわけです。
  私は、「暮らしは分が大事です」というのは、自分が常にランクは変わっているが、自分はこれでいいんだとする。そういう考え以外に幸せになる方法はないんだということを、お釈迦様は教えられたんじゃないかと思います。

嫌なことも5秒考えないようにすると、ほとんどの場合はなくなる

 お釈迦様は、私たちはいかに生きるべきかについて、4つの聖なる諦め、「四聖諦」を説かれた。第1は、「苦諦(くたい)」。この世の中に生きることは、苦しいんだと。例えば、生きていると借金をしたり、人と競争してたたかれたり、苦しいことがいっぱいあるんだと。そのうちにだんだん年を取る。膝が悪くなったり、血糖値が上がったり、病気になってくる。さらにどんな人も死ぬわけです。それ以外に、自分が何か得たいというものが得られない苦しさ、愛している人と別れなければならない苦しみ、嫌な人とも一緒にいなければならない苦しみ、心が苦しいという苦しさ。こうしたことからはどんな人間も逃れられないんだとお釈迦様は言っています。
  私は、自分だけが非常に苦労していると思っている人には、お釈迦様が絶対普遍の法則だと言っているように、この世の中に苦しくない人はいないんだということをまず、信じなければいけないと申し上げている。
 第2は、なんでそんな苦しいことになったかと。それは、集める諦め、「集諦(じったい)」というんです。お釈迦様は、われわれの心は不生不滅といって、宇宙の始まる前から宇宙が終わるまで続くとしていますから、われわれが宇宙の始まる前に心が出来た時に「無明」といって、根本的無知からいろいろなものを欲しがったからだと言っている。
  お釈迦様は欲しがるなとは言っていないんです。もしもあなたが大きく欲しがれば、必ず苦しみは大きいと。もしも苦しみに耐えられるのなら幾らでも欲しがりなさいと。もしあなたが苦しみに耐えられないなら、出来るだけ欲しがることを少なくしなさいと言っている。達磨大師も「求むるところあるは、皆苦なり」と言っています。
 第3は「滅諦(めったい)」、つまり苦しみをなくするのはどうしたらいいか。お釈迦様はものを思い出したり、考えたりするから苦しいんだと言っています。有名な大石内蔵助の先生の盤珪という方は、この世の中には憎いなんていう人はいない。あの人があの時、ああいうことをしたんだという記憶が憎いんだという気持ちを生むので、記憶さえなくしてしまえば憎いなんてないぞと。記憶こそ苦のもとなりと言っています。
  山田無文という方は、いいことも悪いことも全部思い出さないようにしましょうと言っている。私もいつも思うのですが、多くの人は、あの時、ああいうことをしやがってとか、俺は何でああいう失敗をしたのだろうとか、あの野郎、嫌な奴だと思い出すことで苦しんでいるわけです。
 仏教、禅では「念をつがない」、つまりAさんを思い出したとき、ふと思い出すのはしょうがないけれど、その時、あの野郎、あの時ああいうことをしてと。これは念を続けるというのです。ですから禅では、「念起こる。これ病なり。継がざるこれ薬なり」と言うのです。
 私は、嫌な人間のことを思い出すとき、ここが我慢のしどころだと思って5秒考えないようにすると、これは必ず消えるのです。お釈迦様は、われわれがいろいろな事を思う、妄想、煩悩はあぶくのようなもので、これは必ず消えるといっているんです。取り合うからいつまでも残るんだと言っている。
  嫌なことも5秒考えないようにすると、ほとんどの場合はなくなります。私は、念を継がないことは、すごく大事な精神安定法だと思っているのです。
  では、日常生活ではどうしたらいいかということです。これは最後の「道諦(どうたい)」、道の諦め。この中には、正しく修行をするとか座禅のようなことをしなさいとか、8つ書いてある。しかしその根底は、お釈迦様は「この世の中に心ほど大事なものはない。もしも何かがあなたの心を苦しめるなら、その様な教え、道徳、社会通念はすべて従わなくてよろしい。心が楽になるほど生きる上で大事なものはない」と仰っている。
  そうすると、じゃあ自分勝手に生きて、無差別殺人のようなことをしてもいいのかと。そういう短絡的なことではないのですね。ある時、ある段階の心の段階だと。時期がくれば「ああそうなんだ」と。お釈迦様の教えなのです。

「倩女離魂(せいじょりこん)」

 禅の公案の中に「倩女離魂(せいじょりこん)」という公案があります。昔、唐の時代に衡州(こうしゅう)という町に張鑑という方がおられた。その娘が倩女で非常にかわいい。王宙という従兄弟がいて、親は子供のころ仲がいい2人に将来結婚させてやると言っていた。ところが倩女がだんだん大きくなり、きれいになるとすっかりそんなことは忘れて、大金持ちと結婚させるということになった。王宙は「あなたなんですか。結婚させると言っていたじゃないか」と言うと張鑑が「お前、何を言うんだ。常識はずれもはなはだしい。親は娘を愛して、お前のような人間より、ちゃんとした家の、お金のあるいい息子と結婚させたいというのは当たり前だ」と相手にしない。
  そこで王宙はこんな町にいてもしょうがないと、揚子江の船着き場で荷物を積み込んで他の町に行こうと思っていると、カタカタと下駄の音が聞こえるからふっと後ろを見ると、倩女が追っかけてきた。「逃げてきました」と。「そうか」と、2人で船に乗り込んで別の町に行った。
 何年か経って一生懸命仕事をし、だんだん仕事もうまくいって、地位もできて、子どもも2人くらいできた。そうすると懐かしいのはふるさとです。あの時、確かに自分としては止むに止まれず倩女を連れて来てしまったが、お父さん、お母さんは悲しんでいるだろうと。ここでこんなに成功したというのを見てもらいたいから一度国に帰っておわびをしようと思って、戻って来て、船着き場に倩女をおいて、お父さんの家に行って、「お父さん、ご迷惑を掛けました。しかし、こんなに成功しました」と言うと張鑑は怪訝(けげん)な顔をして「お前は何を言うんだ。倩女は奥にいる。だけどお前たちがいなくなってから不思議な病気になって、ものも言わないし、笑いもしないし、抜け殻のようになってしまった」と。
  王宙は「そんなばかなことはありません。今船き着き場に行って倩女を呼んできますから」と言ったら、初めてその倩女が立ち上がってにっこり笑って後をつけてきて本当の倩女と会って、スーっと二人が一緒になってしまった。
  一体どちらの倩女が本物かというのが禅の公案なんですが、これは両方とも本当の倩女なんです。この意味するところは、われわれが夢とか理想とか希望を失うと抜け殻になってしまうのだということだと思います。
  私はなぜうつ病が多いかということに対して、今の世の中は閉塞(へいそく)感があって将来に希望がないと抜け殻のようになってしまうのだと。それが一番主な話なのですが、第2は、人間というのは、そのときの自分がやりたいということをやれば抜け殻にならないで生きていけるのだと思います。しかし、だからと言って親不孝、道徳に反するのではなくて、それで成功してもう一回そういう姿を親に見せることが出来るんだというのが、この公案の骨子であるわけです。

「責めず、比べず、取り合わず」

 私は自分の人生観として3つ、一つは自分のこと、人のこと、それを責めず。あいつがあんなことをした。自分はなんでこんなにくだらない人間だと思っても、それで自分を責めない。第2は、どんな人間のことを聞いたり、ふと思ったりしても比べない。第3は、取り合わず。つまり、Aさん、Bさんのことが思い浮かんでも、もしそれについて手出しをして、あの野郎となったら永遠に消えないです。それを5秒間我慢する。そうすると必ず消えるんです。不思議なことに。それはわれわれの煩悩というのはあぶくみたいなもの。これは必ず消えるとお釈迦様は言っている。
  私は「責めず、比べず、取り合わず」、これを自分の座右銘にしています。もしもあなたが自分はくだらない人間だと思うなら、これは必ず比べているのです。あの野郎は憎いと責めて、そもそもそういうことを思い出した瞬間に、それは取り合っているのです。必ず、あなたの苦しみは、この3つのことから起こっている。この3つのことさえ守ることが出来れば、あなたは「うつ」とか苦しみから必ず逃れることはできると思っています。

 
< 略 歴 >

高田 明和(たかだ・あきかず)
浜松医大名誉教授。1935年静岡市清水区生まれ。1961年慶応大医学部卒。1966年慶応大医学部大学院修了、医学博士。米国ニューヨーク州立ロズエル・パーク記念研究所に留学。1972年にニューヨーク州立大助教授。1975年浜松医大第二生理学教授、2001年浜松医大退官、名誉教授。2003年昭和女子大客員教授、現在に至る。第15回国際線溶学会会長、「砂糖を科学する会」代表など歴任。著書に「脳の若さを保つ心のメカニズム」(角川文庫)、「言霊力人生を変える言葉のパワー」(春秋社)など多数。



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